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完結済『あの時のように』  作者: かわなかいっぱん


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第23章 横須賀の夜

横須賀に来てから、早くも約2ヶ月が過ぎようとしていた。

懸念していた仕事は思った以上に楽しく、最初の頃は心底うっとうしかったショウも、今ではすっかり僕の立派なパシリ(兼相棒)へと成長していた。

毎朝の出勤はふたりでバカな話をしながら歩き、仕事が終われば「どっちが長く残業できるか」で勝負した。慣れない頃は手こずっていたドアの取り付けも10日ほどで完全にマスターし、今ではラインを止めることなく、時間内に一人で2枚のドアを余裕で取り付けられるようになっていた。

ライン待ち(作業遅れによる一時停止)の時間は、格好の息抜きタイムだ。ショウが僕の持ち場まで遊びに来ることもあれば、すぐ近くにある板金や塗装のラインの奴らとも仲良くなり、「今回は何分止まるか」で缶コーヒーを賭けたりして楽しんだ。軽作業エリアにいる若い女の子たちにも、ライン待ちを利用して話しかけたりと、仕事はすこぶる順調だった。

そして……日勤の日の夜といえば、もちろん横須賀の街への繰り出しだ!

残業勝負よりも街へ遊びに行く頻度が増え、僕とショウは夜な夜な横須賀の女の子たちをナンパしまくった。その暴れっぷりは凄まじく、気づけば街で「夜な夜な関西人がナンパしまくっている」という噂まで流れるほどだった。当然、ナンパした女の子たちを寮に連れ帰り、泊まりで遊ぶこともしばしば。

(最近、寮に女の子の出入りが激しいな……)

食堂などでそんな噂が聞こえてくるたび、心の中でニヤリとした。

そうだ、僕たちが火付け役だ! みんな乱れろ! この寮を女の子でいっぱいにして、大パーティーをしてやる!

僕は心の中で、そんな野望を抱いていた。

だが、ナンパにはトラブルもつきものである。

ある夜、ショウが彼氏持ちの女の子をナンパしてしまい、4人で楽しく喋っていたところへ、金属バットを持った7人ほどの集団(たぶん激怒した彼氏とその仲間)が乱入してきたのだ。

「うわっ、ヤバい!! 逃げるぞ!!」

僕とショウは脱兎のごとく夜の街を疾走した。追っ手を撒くため、僕たちが飛び込んだのは、一際異彩を放つアメリカンなバーだった。

そこら一帯の店は、客のほとんどがガタイのいい外国人ばかり。しかも、米軍基地の兵士たちだ。

そして街の随所には、兵士たちよりもさらにデカいMP(憲兵)やSP(警備員)が街を監視していた。基地の人間が街で騒ぎを起こさないよう、軍側が巨漢のSPを配置しているのだ。それを知っていた僕たちは、あえてその「安全地帯」へと滑り込んだ。

案の定、追ってきた金属バット野郎たちは、店の前に立つ巨漢SPに鋭い目つきで睨まれ、一瞬で戦意を喪失してコソコソと去っていった。

(ふぅ……助かった……)

胸を撫で下ろしたものの、店の中に入って絶句した。

見渡す限り、ガタイのえげつない外国人だらけなのだ。探偵時代に戦った手強い相手とは、まるで桁が違う身体つきをしている。

(……とはいえ、格闘技をやっていた人間として、一度でええからあんな巨漢と手合わせしてみたいもんやな)

心の奥底で、格闘家としての血が少し騒いだものの、さすがにあのSP級のバケモノだけは勘弁だ。

とりあえず、何も頼まずに出て行くわけにもいかない雰囲気だった。店員が日本人だったのが救いだ。僕とショウは目を合わせ、奥のカウンター席へと向かった。

カウンターの中には、マスターらしき男性と、キレイ目な大人の女性がいた。ふたりとも40歳手前くらいだろうか。そのふたりが、外国人兵士4人とカウンター越しに楽しそうに話していた。

なぜか、その4人の米兵はカタコトの日本語で一生懸命喋っている。

ちょうどカウンターの端にふたり分の空き席があったので、僕たちはそこに腰を下ろした。4人の兵士たちは僕たちに気づく様子もなく、絶妙な距離感を保つことができた。

女性店員さんが「いらっしゃい」と、少し色っぽい声で声をかけてきた。

僕はモスコミュール、ショウはコーラを注文した。

「お前……なんでこんなところでコーラやねん! アホか!」

「いや……緊張してんスよ……」

小声で突っ込むと、ショウは挙動不審に周りをキョロキョロ見回していた。完全に不審者である。

女性店員さんがグラスを置きながら尋ねてきた。

「ここ初めて? 今日はどこから来たの?」

僕はとっさに軽口を叩いた。

「あ! 俺!? 俺は……その、大阪や! 大阪からわざわざお姉さんに会いに来たんや!」

店員さんは、くすっと可愛らしく笑った。

「それはどーも、わざわざありがと〜。大阪から来てくれたんや! 大阪のどこなん?」

返ってきたのは、見事な大阪弁だった。

「え!? ねえさん大阪の人なん!? マジで!? なんかめっちゃ嬉しいやん! こんなところで大阪弁で会話できるなんて思ってもみいへんかったわ〜!」

思わず素で声が大きくなってしまった。

一瞬で店内の視線が僕に突き刺さるのが分かった……。特に、すぐ隣にいた4人の米兵が、思いっきりこちらを凝視している。

すると、そのうちの一人が立ち上がり、僕のすぐ隣の席に移ってきた。

(うわ……ヤバい……!!)

心臓がバクバクと鳴り響く。もし襲いかかられた時のシミュレーションを、頭の中で高速回転させた。

(かかってきたら……まずは喉! 喉を突いて……!)

身構えていると、その巨大な外国人がニコッと笑って話しかけてきた。

「オ〜〜、オオサカネ〜! ドウモ〜! キテネ〜!」

よく分からない日本語だった。

すかさず店員さんが、外国人に向かって笑いながら言った。

「トニー! そこは『オオサカカラキテクレテアリガトウ』でしょ!」

すると、トニーと呼ばれた外国人は素直に「スイマセン……アリガトウ!」と言って、分厚い手を差し出してきた。

握手を交わすと、まるで熊の手のようにデカく、ゴツかった。

「この方、トニーって人。今、日本語を猛勉強中なの(笑)」

「あ! そうなんですか!?」

するとトニーが、一生懸命に言葉を紡いだ。

「オオサカ……スンジタ……アシタ……!」

(あぁ、昔大阪に住んでましたって言いたいんやな)

そう思った僕は答えた。

「……そうなん! じゃあ同じ大阪人やん!」

僕が言うと、トニーは店員のお姉さんをチラッと見た。「今の日本語、合ってる?」と確認するような顔をしながら、僕に向かって言った。

「オナジヨ! オナジヨ!」

まるで粗塩(アラシオか!)みたいなイントネーションだった。

それを見た残りの3人の米兵も「オオサカ!?」と大興奮で交ざってきた。もう訳が分からない。

見かねたマスターが間に入ってくれた。

「まず紹介するね。こちらがトニー、こっちがマイク、モーガン、ジョー」

一人ずつ順番に紹介してくれた。

僕も名乗ろうとしたその時、横からショウが割り込んできた。

「僕はショウで、この人はタケですよ!」

お前が言うんかい、このコーラ野郎!

マスターの話によると、この4人は米軍の特殊部隊の隊員らしく、今後の任務の関係で、今まさに日本語を猛勉強中なのだという。毎日のようにこのバーに通っては、マスターやお姉さんから日本語を教わっているらしい。

事情が分かれば、一気に安心感が広がった。みんなめちゃくちゃ気さくでいい奴らだ。

ただ、マスター曰く、「こういう賑やかなバーじゃ教えるにも限界があってね……」と少し困り顔だった。

その瞬間、僕の脳内で電雷が走った。

頭をフル回転させ、一つの欲望にたどり着いたのだ。

(こいつらを利用すれば……もしかして、本物の純正アメリカ金髪美女とお近づきになれるんちゃうか……!?)

僕は意を決して言い放った。

「日本語やったら教えたるで! なんでも!……こいつが!」

バッとショウの背中を突き出した。

マスターとお姉さんは驚いて、「え?ほんとにいいの?」「大丈夫?」と僕と顔を見合わせる。

「大丈夫です! こいつ、教えるのめちゃくちゃ上手いんで余裕です!」とショウを前に突き出しら僕

ショウが「え? ちょ!」と焦っていたが、鋭い目線で黙らせた。

マスターからその申し出を聞いたトニー、マイク、モーガン、ジョーの4人はテンションMAX!

「アリガトゴザイマス!」「アリガトゴザイマス!」と、僕をまるで神様か何かのように拝んできた。

僕はマスターにそっと小声で声をかけた。

「……マスター、代わりにアメリカの女の子紹介してくれるよう、聞いてみてくれませんか?」

マスターは苦笑いしながら、4人に英語で伝えてくれた。

どうだ……!? 返事は!?

するとモーガンが急に立ち上がり、豪快に叫んだ。

「カモーン!!」

(そこは英語なんや・・と思いながら)

残りの3人も立ち上がり、つられて僕たちも立ち上がった。

トニーがカウンターに2万円札をポンと置き、「イキマスヨ!」と僕たちを店の外へ連れ出した。

4人の後をついて歩いていると、途中で2人のモーガンよりデカいMP(憲兵)が現れ、何か揉めているようだった。

若い日本人を連れている4人を不審に思ったのだろう。だが、モーガンが何か説明すると、警備はすぐに道を開けた。

到着したのは、怪しげな白い建物だった。

入口には、これまた巨大な見張りが2人。モーガンの顔を見ると、何も言わずに地下へと続くドアを開けた。

階段を降りると、爆音が体に響いてきた。

——地下クラブだ!!

そして店内は、金髪美女だらけ!!

モーガンが笑顔で言った。

「ドノコデモイテクダサイ! タノシイヨ!」

見渡すと、そこはダンススタジオのような広さ(学校の教室くらい)で、壁沿いにはソファがびっしりと並んでいた。

男性客はごくわずかで、中には上半身裸で踊っている過激な金髪美女もいる。

(うおーーーーーっ!! ここは天国かーーーっ!!)

僕とショウは歓喜の声を上げた。

ここまで来れば、言葉の壁なんて関係ない。気に入った子がいたらソファを指差し、あとは密着していちゃいちゃするだけ!

中にはソファで思いっきりハメてる外国人カップルもいた。

どれだけの時間をそこで過ごしただろうか……。

酒を浴びるように飲みまくり、後半の記憶はほぼ飛んでいた。

……ふと目が覚めると、目の前のソファでショウが全裸でひっくり返っていた。

自分を見下ろすと、なぜかズボンは履いているのにパンツだけがない。どういう状況だ。

そして僕の両脇には、絶品の金髪巨乳美女が2人、これまた全裸ですやすやと眠っていた。

(……えーっと、金髪2人とショウと僕……他の奴らはどこ行った?)

とりあえずパンツを探して履き、ショウを叩き起こした。

「ショウ! お前なんか覚えてるか!?」

ショウは目をこすりながら、満面の笑みで答えた。

「覚えてますよ〜! めっちゃやりまくりましたね〜〜!! モーガン最高!」

「……あいつらはどこ行ったんや?」

「朝から訓練があるって言って帰りましたよ〜」

あかん、こいつまだ酒が残ってる。

「あ、でもちゃんとモーガンと連絡先交換しましたから大丈夫っす! あと『CQCも任せとけ!』って言ってましたよ!」

……CQC?

近接格闘術のCQCか!?

あ……思い出してきた。酔っ払った僕がモーガンに「CQC教えてくれ」って頼み込んだんだった。

「よしショウ、帰るぞ!」

全裸で眠る金髪美女たちにろくな挨拶もできないまま(連絡先はモーガン経由でなんとかなるだろうと開き直り)、僕たちは地下クラブを後にした。

それ以来、僕たちはモーガンたち4人と頻繁に会うようになった。

マクドナルドで日本語を教えたり、あの地下フロアで本格的なCQCの手ほどきを受けたり……実に濃密で刺激的な日々が続いた。

おかげで彼らの日本語はみるみる上達し、僕もCQCをかなりマスターすることができた。

……しかし、連日の遊びとトレーニングのせいで、仕事は毎日「定時ダッシュ」。

残業をしなくなったため、給料の額面が露骨に減ってきてしまっていた。

(……これはヤバい。そろそろ稼がんと……)

危機感を覚えた僕は、モーガンたちの日本語レッスンをショウに全投げし、しばらく仕事に専念することを決意したのだった。

——ショウよ……あとは任せたぞ。

心の中でそう呟きながら、僕は一人、静まり返った夜道を歩いていた。

現在の時刻は、午前3時30分。

春とはいえ、深夜の横須賀の空気はひんやりと冷たく、火照った身体を静かに冷ましていく。

街灯の下を歩く自分の影だけが、アスファルトの上に長く伸びていた。

静まり返った米軍基地のシルエット、遠くの港からかすかに聞こえる波の音。

さっきまでの狂騒が嘘のように、深夜の街はしんと静まり返っている。

大阪を飛び出し、こんな遠い街まで来て、昼は工場でラインに追われ、夜は外国人と酒を飲んで拳を交えている。

(僕……一体ここで何やってんのやろな……)

ふと、切ない静寂が胸の奥を締め付けた。

美咲はどうしているだろう。

直樹やねえやんたちは、今頃何しているだろうか。

堺の賑やかな夜の匂いが、無性に恋しくなった。

「……あかん、はよ帰って寝よ。明日も9時出勤や」

僕はポケットの中で煙草をギュッと握り締め、誰もいない冷たい夜道を、寮に向かって一人足早に歩き出した。



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