第15章 鉄壁のガード
オカンに牛乳を届けたおかげで、僕たちは少し遅れて店に着いた。そこは、店のみんなで打ち上げのときによく行く海鮮居酒屋だった。
駐車場には、すでに店長のハイエースが停まっている。もうみんな先に店内に入っているようだ。僕も車を停め、全員で店内に向かった。
店内はテーブル席が10席、カウンターには10人ほど座れるくらいの広さだ。奥の大きめの座敷席に、ZARDの姿が見えた。
(……やっぱり、めちゃくちゃかわいい……)
そう思いながらZARDの横に座ろうと目論んだが、なぜかZARDの右横には店長、左横にはD子。ZARDの周りは、要人警護並みの「鉄壁の守備体系」で固められていた……。
(ZARDの横……座りたかった……!!)
そう思いながら、ぞろぞろと5人で座敷へ向かう。
とりあえず、できるだけZARDに近い席に座ろうと思っていた、そのとき。先に座った美咲が僕の腕を引っ張った。そして、自分の横の空いている席を、手でパンパン!と叩き、「ここに座れ」という無言の合図を送ってきた。
(まぁ……ええけどさ……)
結局、ZARDから一番遠い角の席になってしまった。しかも、一番近いお誕生日席にはねえやん……。もう最悪やん。
(この巨乳しか取り柄がない奴……!!)
絶対に口には出せない暴言を心の中で叫びながらも、諦めて座るしかなかった。
ふと見ると、なぜか美咲の右手はずっと僕の服の端をぎゅっと握っていた。
(……なんか……こいつ、かわいいな……)
そんなことを思いながらも、みんなの会話は大盛り上がりで弾んでいく。話のテーマは、古巣のお店での思い出話が多かった。その中でも、特に全員が爆笑したのが「あの万引き犯」の話だった。
あれは、ねえやんが気づいたというか、正直、店にいた全員が一目でわかった事件だった。だが、あまりに衝撃的すぎて誰も声をかけられず、最終的に、その万引き犯が店を出たところでねえやんが捕まえたのだ。
犯人は、一見ごく普通の40歳くらいの細身の男性で、店内に入ってきたときは上下ジャージ姿で商品を物色していた。一通り見たあと、数着の服を試着し始めた。
しばらくして試着室から出てきた姿が――今で言うサルエルパンツを穿き、上はビッグシルエットシャツを着ているのだが、上下パンパンに膨らんでいるのだ!
「中に何枚着とんねん!」とツッコミたくなるくらいの着ぶくれ状態で、試着室からそのまま外へ歩いて行った。
ねえやんが「あかんあかん! あいつ頭いっとるで!」と言いながら後を追いかけ、続いて岡下も飛び出した。それを見ていた店長も出ていき、最終的には店長と岡下に両腕を抱えられながら連れ戻され、そのままバックヤードへ連行された。
盗んだ商品は、ジーンズ1着、カーゴパンツ1着、人気商品のTシャツ5着、ロングTシャツ3着……。帽子やアクセサリー類も含めたら、総額6万円ほどだったらしい。
そんな思い出話をしていると、ねえやんが、
「あいつ、マジでヤバかったで! 自分が着てきたジャージ、めちゃくちゃ綺麗に畳んで試着室の中に置いてあったからな!」
と言い放ち、全員が大爆笑となった。
みんなの楽しそうな顔を見ていると、(この時間がずっと続いてくれたらな……)としみじみ思っていた。
……特に、ZARDが可愛すぎる!
これってコンパみたいに「席替えしようや!」とか言ったら、みんな引くかな……。あ〜、ZARDの横がいい……。
ずっとZARDの横を眺めていると、服の端を引っ張る手にグッと力がこもった。
美咲が、僕をじっと見つめている……。
ZARDを見ているのがバレたらしい。
(いやでも! こんな近くに本物そっくりのZARDがおったら、男なら絶対そうなるって!)
さっき店のオーナーが来て軽く挨拶していったのだが、そのオーナーすら、
「店長! 新しいバイトの子? 坂井泉水に似てるよね! いい子入ったね〜」
と声をかけてきたくらいなのだ。
当然、アルバイトでも何でもないのだが……それくらいのレベルなのだ!
なんとかZARDに絡む方法はないのか?
美咲さえいなければ……くっ……喋りたい!
ZARDと喋りたい!
岡下……あんな近くでZARDと絡みやがって!!
と一人で悶々としていた、そのときだった。ねえやんがふいに言った。
ねえやん:「そういえば、美咲ちゃん! こいつとどうなったん?」
「こいつ」とは僕のことだ。
美咲は戸惑うこともなく、即答した。
美咲:「付き合ってますよ!」
え? と思いつつ……(え、そうなん!?)となる僕。
興味津々のねえやんが、
「こいつと付き合ってんの!? 美咲ちゃんマジで!? どこがいいの? なんで付き合ってんの、こんな奴と!」
僕:(おい! 言いすぎやろ!)
すると美咲は淡々と、
美咲:「武人君が私に『付き合ってください』ってお願いしてきたから付き合いました」
それを聞いた全員が、
「おぉぉぉぉおおーーー!! ひゅーーーー!!」
と大歓声で冷やかしてきた。
(いや……そら確かに言ったけど! こんなみんなの前でハッキリ言わんでも……ZARDも見てるのに!)
これで、僕のZARDへの道は完全に断たれた。
すかさず岡下が笑いながら聞いてきた。
岡下:「マジで『付き合ってください!』って敬語で言ったんか!?」
僕がブチかます前に、美咲が笑いながら返した。
美咲:「うん! なぜか敬語(笑)」
すると、ZARDがまっすぐな目で言った。
ZARD:「じゃあ、お二人はお付き合いしたてたんですね! 美咲さん、ごめんなさい! スキー場ではあんなことして……ほんとそんな気ないんで! ごめんなさい!」
衝撃の一言が繰り出された……。
ショックというか……え、僕たちってまだ「返事待ち」の状態じゃなかったのか?
てか、そんな気ない!?
みんなは茶化すし、僕はもうどうしたらいいのか分からなくなってしまった。
そんな僕の混乱をよそに話は進み、美咲はZARDに対して、
美咲:「いえいえ! 全然気にしていないんで! タケもZARDのファンですから、嬉しかったと思います! ありがとうございました!」
と、大人な返事を返していた……。
そんなやり取りをボーッと聞いている僕の肩を、ねえやんがポンポンと優しく叩いた。
ねえやん:「なぁ〜、焦ってるのもお前、ビビってるのもお前、考えすぎてんのもお前だけやぞ〜(笑)」
そう言ってハイボールを豪快に飲み干した。とても気分がいいようだ。
(……今なら、巨乳触ってもいけるかな? ……あかん、美咲の前や)
必死に自分にブレーキをかけた。
美咲がねえやんに、
「ねえやんさんって年齢おいくつなんですか?」
と尋ねた。
……年齢聞くか? ふつう? まぁ、このメンツならありか。
ねえやんは「今年で33!」と自慢げに答えた。
すると女性陣から、
「わか〜い! え? 30代には見えないですよ! 綺麗だし!」
と声が上がった。
でた〜、なにこれ? こいつを持ち上げるな! 調子乗るから!
ねえやんは調子に乗ったのか、
「まじ? まだいけるかな? わたし?」
するとZARDが、
「全然! 25くらいでも通用しますよ!」
D子も、
「顔綺麗で整ってるもんね……うらやましいよ〜」
と続けた。
そりゃお前よりかはなっ!
ねえやんはどんどん調子に乗り出して、昔の武勇伝や最近の男は……みたいな話をしだした。
しょうもな……聞いてられない。というか、嫌になるほど聞いた。
そんな話がしばらく続き、ふと直樹を見ると、D子と楽しそうに会話が弾んでいる。
よかったと心から思った。
以前の自分なら、そんな風には思えなかったはずだが、この数日で自分の中で何かが変わった気がする。
……美咲の影響だろうか?
と考えていたところへ、店長が口を開いた。
店長:「じゃあ、今日カップル誕生ってこと? いつから?」
美咲:「2日前からです!」(即答)
店長:「いいね〜、若いって! これからだよね〜。まあさ、色々喧嘩したり問題も出てくるかもしれないけど……お互い最後まで信じ合うことも大切だけど、最後まで許し合うことも大切だよ。そしたら必ず上手く行くよ。二人ともお似合いだし。なんか嬉しいなあ〜、あの武人くんが真面目に彼女作るって。幸せにしてあげるんだよ、美咲さんのこと」
御年40を過ぎた店長(出身は東京)の話には、何か胸が熱くなるものを感じた。
お互い最後まで信じ合うことも大切だけど、最後まで許し合うこと……。
今の僕には、少し難しく感じられた。
すかさずねえやんが、
「店長! 別に結婚するわけじゃないんですよ!(笑)」
と突っ込み、ドッと笑いが起こった。
結婚か……僕もいつかするのかな……?
誰とするんやろ?
もしかして、ZARD……?
実らぬ妄想をしつつ、閉店の時間が近づき、解散となった――。




