第14章 二日目の着信
あの夜、美咲から「考えとく!」という返事をもらってから、二日が過ぎた。
まだ考えているんだろうか……。
なんかこういうの、遊ばれているようであまり好きではない。
今日は仕事も休みで、特に何の用事もない。自分の部屋でゴロゴロしていると、携帯電話がけたたましく鳴った。
(ひょっとして……美咲!?)
慌てて携帯電話の画面を見た。
画面には「巨乳ねえやん」と表示されていた。
……がっかりだ。
無視して出なかった。
数分後、また着信が鳴った。
今度は非通知だった。
(絶対ねえやんやんこれ……。取らん方がええな)
そう思い、再びスルーした。
さらに数分後、また携帯が鳴った。
(またかよ……)
と思いながら画面を見る。
そこには「美咲」と表示されていた。
(え! マジ!? え〜〜、どうしよ!?)
(取らなあかんわな)
そう思い、焦って電話に出た。
「もしもし!」
緊張のあまり、ちょっと声が裏返ってしまった。
携帯から聞こえてきた第一声は――。
「ちょっと! あんた! なんでわたしの電話は無視して、美咲ちゃんの電話やったら出るねん! おい!」
ん?
美咲ではない。
これは、ねえやんだ!
え? なんで?
「ど、どういうこと……?」
やっと出た言葉がこれだった。
「なんやねん、その情けない声! シャキッとせんかい!」
怒号が響く。
(えー、なんで? なんでなん?)
と思いながらも、
「ねえやん……?」
と聞いてみた。
「せや! わたしや!(笑)」
電話の向こう側から、複数の笑い声が聞こえてくる。
どういうこと?
もしかして、ねえやんと美咲って仲いいの?
「え? でもこれ美咲の携帯やん! どういうこと?」
すると、ねえやんは、
「どないもこないもあるかい! なんでわたしの電話無視すんねん!」
「いや……めんどくさいなって思って……」
ねえやんには正直が一番だ。
「誰が面倒くさいねん! 月まで蹴り上げたろか!」
もう……なんなん、この人……。
そう思いながらも、思い切って聞いてみた。
「まさか……人質? 人質取ったん? ねえやん?」
すると、電話の向こうから、
「助けて〜〜!」
と、岡下の情けない声が聞こえた。
うん、お前はどうでもええねん。
美咲は?
しばらくして、今度は「助けて〜!」と声がした。
「え? 今のさくらちゃん?」
「誰がさくらちゃんやねん! おう!」
また、ねえやんが出た。
もういい。状況は分かった。
みんな、あっこにおんねんな!
「いまから行く」
ねえやんは「覚悟して来いよ」と言って電話を切った。
(えーーー、なんなんあの人たち。頭おかしいんちゃうの?)
そう思いながら、古巣の店へ向かうことにした。
家から店までは車で10分ほどの距離だったので、慌てることもなく、ゆっくり準備をして家を出ようとした。
そのとき、オカンに呼び止められた。
「あんた、ちょっと牛乳買って来て!」
「え? いつ帰るかわからんで」
「ええんよ! 牛乳買って来て!」
「わーった! 買ってくるわ、待っとけ」
そう言って家を出た。
(なんで今、牛乳やねん……)
と思いながら、店に向かった。
店の駐車場に入ると、見慣れた車が停まっていた。
美咲の車だった。
そして、もう一台。
どこかで見たような車……京都ナンバー?
(え! ちょっと待って……)
駐車場の入口で車を止めた。
もしかして、ZARD?
と、美咲?
え?
とりあえず、牛乳を買いに行こう!
そう思い、駐車場でUターンをしようとした。
そのとき、駐車場の出口で岡下が誠王立ちして立ちはだかった。
パワーウィンドウを開け、
「おい! 岡! どけ! ちょっと買い物頼まれてて、行かなあかんねん! すぐ戻ってくるから! どけ! とりあえずどけ!」
と言っているところに、美咲が車に寄ってきた。
「おひさー!」
満面の笑みで話しかけてきた。
その笑顔が怖すぎた……。
「お、おぅ……。久しぶりって、まだ2日しか経ってないやん(笑)」
作り笑いをして言った。
すると美咲は、
「2日って言っても、いろ〜んな2日があるからね〜。タケにとっては短〜い2日でも、私にとっては長〜い2日やったかもしれんやん」
と、ニコニコしながら話している。
「いや……ちょっと買い物頼まれてて、それ買いに行かなあかんねん。それ買ったらまた戻ってくるわ! な!」
すると美咲は、
「その買い物、そんなに急ぐの? すぐ必要なん?」
と真顔になった。
「いや……すぐと言うか、牛乳やから……オカンが買ってこいって……」
「じゃ、あとから一緒に買いに行こ!」
笑顔に戻った美咲がいった。
だったが、なんか空気が違う。
そこに岡下が、
「はい! ここお客さんの邪魔やから! あっち止めて! 早く!」
と言ってきた。
(くそっ! 岡下、覚えとけ!)
と思いながら、仕方なく車を停めた。
いつもより時間をかけて、丁寧に何回も切り返して、切り返して、時間を稼いだ。
だが、無駄な努力をしていることは、周りのみんなに見られている。
「くそっ!」
車の中で一言。
運転席のすぐ外には、岡下と美咲が待っている。
とりあえず降りようと思い、車を出た。
この店の向かいにはマクドナルドがある。よく利用していた場所だ。
そこのバイトの子とも仲良くなって何度か遊びに行ったが、まあ昔の話。今はいないだろうと思い、美咲に、
「マクド行かへん?」
と誘うと、食い気味に、
「いかへん」
と言われた。
こうなったら、僕はもう店に入ることしかできない。
(今! この瞬間! 大地震が起こってくれたら……!)
と天に願うも、願いは届かず。
美咲に腕にしがみつかれて、店へ強制連行された。
店に入ると、
「いらっしゃいませ〜!」
と、いろいろな人の声が聞こえた。
周りを見渡した……。
ZARDがいた!
Dの女も!
さくらちゃんも!
後方には、ごめんのポーズを決め込んでいる直樹がいた。
レジにはねえやんと、ニコニコ笑顔の店長もいた。
すかさず僕は店長のところへ行き、
「以前はお世話になっておりました」
となぜか挨拶をした。
店長は、
「久しぶりやね〜、元気してた? なんかにぎやかなことになってるね! 若いっていいね〜」
と言い、そっとバックヤードに下がっていった。
し、しまった……。
唯一の中立の人物が消えてしまった……!
全員が僕を見ている。
ねえやんと岡下はニヤニヤしている。
ZARDはニコニコと純粋な笑顔を浮かべている。やっぱり可愛かった。
Dは置いといて、さくらちゃんもお目目パッチリで相変わらず可愛かった。
問題は、美咲と直樹……。
美咲は笑顔なんだが、ちょっと顔が引きつっているかな……。
でも可愛い。
一番やばいのが直樹だった。
一人だけ離れて、僕に申し訳なさそうにしている。
(何があったのか……)
ここは名探偵としての腕が試される場面だ。
これだけのメンバーが一気に揃う。
まず、これは絶対に偶然ではない!
じゃあ、なに?
直樹の態度を見ると、ZARDを呼んだのは直樹のはず。
じゃあ、美咲は誰が呼んだ?
直樹?
いや、直樹が呼ぶわけない。
じゃあ誰?
ねえやん?
もし、ねえやんと美咲が連絡を取り合っていたら?
いや! でも、ねえやんはそんな回りくどいやり方はしない!
そんな計画を考えられる頭脳は持っていない。
じゃあ誰?
誰が一体、何の目的で?
最初から考えよう。
まず、電話が3回、4回とかかってきた……。
いや、この際、電話は関係ない。
この状況を打開することを考えなければ……。
しかし……僕、なんか悪いことしたか?
さっき、ねえやんに「覚悟して来いよ」と言われた。
ここまでの覚悟はしていなかったが……。
でも僕って、何も悪いことしてないやん!
そうや! してない!
ナンパも直樹がしたし、僕は一人でボードしてたし……。
あっ、でもZARDと幸せなソリのひとときを味わった……。
結婚したいと思った……。
でも!
そんなん言わなわからんし、ZARDが言うわけないし、直樹も言うわけがない……。
でも、最初の直樹のごめんのポーズ……。
あれは……言ったな。確実に言ったな。
問題は何を言ったか。何をどう表現して言ったかや。
ただ一緒にソリに乗った。
おう! それだけやん!
何も悪くない。
ソリの何が悪いねん。ええやん!
堂々としたらええねん!
ナンパしてません!
浮気してません!
何もしてません!
はい、これ大丈夫!
ってことで。
まず、自然に一番害のない奴から……さくらちゃんや!
「おう! みんな揃ってどうしたん!? あれ? さくらちゃんやん! 久しぶり〜カラオケ以来ちゃう?」
見事な第一声だった。
さくらちゃんも、
「久しぶり〜! 店辞めて探偵してるって聞いてびっくりした!」
「そやねん。え? 誰に聞いたん?」
と言いながら、美咲を何気なく巻き込む……つもりだった。
だが、さくらちゃんは、
「由奈ちゃんに聞いたよ! 一緒に調査したって」
(おー、そうきたか……。話途切れるやん……)
じゃあ……次はZARDに……。
いや、まだや。
Dに行こう!
Dに行ってからZARDの方が、なんかいいような気がする。
D?
あっ、名前聞いてない……。
Dとも言えんし……。
名前、聞いとくんやった……。
よし、ZARDに行くか……。
「あれ? もしかしてイズミちゃん?」
と話しかけた。
「京子ですよ! またZARDと間違えた〜!」
そう言って、肩を叩いてきた。
(おいおい……これはやばい。この接触はファールやないか……)
と思いながら、美咲が視界に入るように目線を少しずらすと、ねえやんと何か話しながら、こっちを見ている。
「やっぱ、似てるよな〜! なあ! みんな! ZARDの坂井泉水にめっちゃ似てない? 似てるやろ?」
とみんなに問いかけるが、反応が薄い。
そらそうやろ……。
僕より早く来てるねんから、みんなもう見てるわな……。
たまらず、
「てか、なんなん……みんなどうしたんや!」
「なんかあったんか?」
と、ついにみんなに問いかけてしまった……。
こういう場合、一番してはいけない愚かな言動を……。
ねえやんが口を開いた。
「ボード楽しかった?」
「楽しかったよ! そら! なぁ直樹!」
直樹は何も言わない。
ねえやんがすかさず、
「やろうな! 京子ちゃんとも知り合えたしな。よかったな」
「おう、まあな。ZARDのファンやからそら嬉しいわ!」
(頼む〜誰か客来てくれ〜! なんでこの店、誰も客おらんねん!)
心の中で叫んだ。
「ナンパしたん?」
美咲が口を開いた。
「してないしてない! 俺は一人で滑ってて、飯食う時に直樹と合流してから、午後からはみんな初心者っていうから初心者コースで遊んどってん。なあ直樹! イズミちゃん……じゃなかった、京子ちゃんなぁ!」
京子ちゃんも、
「うん。タケさん途中でいなくなったから、みんなで探してたんよな?」
と、D子と話を合わせているが……なんか間違ってる。
途中じゃないから!
最初からいないから!
すると、ねえやんが、
「何して遊んだん? 雪だるまとか作ってたわけ?」
「いや、だから俺は一人で滑ってたって!」
すかさず、ねえやん。
「昼からの話や」
「あー昼からね。昼からはボード教えてあげたりしてたよね?」
とD子に視線を送った。
D子はうなずいた。
(こいつ、なかなかいい奴や!)
「他は何したん?」
と美咲。
「他は別に何したかな……」
そう言いながらZARDを一瞬見ると、笑いをこらえているように見えた……。
気のせいか?
そして、直樹がいない。
「何って、別に転がっても滑っても何してもええやん、そんなん。ねぇ」
と京子ちゃんに目線を送った。
明らかに笑っている……。
何かある……。
ねえやんが口を開いた。
「ソリ……したよな……?」
「そら、ソリぐらいするがな!」
「全員したわ!」
「ソリの何が悪いねん!」
と言った瞬間、悪寒が走った。
すると、ねえやんが何か四角いものを手にして僕に近づいてきた。
(それ以上来んな!)
心の中で叫んだ!
ねえやんは、
「ほれ」
と言って、僕にその四角いものを渡した。
渡されたのはデジカメだった。
これは直樹のやつ?
前に見たことがある。
一度、そのカメラで「ねえやんの風呂上がりのパンツにブラの写真撮ってきて」と頼んだときのものだった。
画面を見ると、ぞっとした。
僕が京子ちゃんに抱きつきながらソリに乗っているところ。
京子ちゃんが僕に抱きついてソリに乗っているところ。
疲れた二人で寝転びながら、じゃれ合っているところ……。
(直樹……あいつ、いつの間にこんなん撮ってんねん……)
てか、僕、めっちゃ幸せそうやん!
こんなん見たらあかんやん!
僕の後ろでは、京子ちゃんとD子がクスクス笑っている。
「さぁ〜これは楽しいわな! かわいい京子ちゃんと無駄に抱きついて」
と、ねえやん。
「いや! 無駄ではないです。必要最低限のことをさせていただいたまでです」
なぜか敬語になった。
そして、なぜか、みんな耐えきれなかったのか、一斉に大爆笑した。
これまで張りつめていた空気が、一気にやわらいだ。
「あ〜おもろかった」
そう言って、ねえやんはバックヤードに消えていった。
ほかのみんなも、それぞれ散っていき、僕と美咲だけがその場に残された。
僕は、
「なんなん? これ? どういう事?」
と聞いた。
美咲は笑いをこらえながら、
「ドッキリみたいなもん(笑)」
「いや……たまたまドッキリになったって感じ!」
美咲はめちゃくちゃ笑っている。
これまでにないくらいに笑っている。
「え? どういう事なんよ? おしえてや〜」
すると、直樹が登場してきた。
直樹は、
「すまん! 俺の脇があまかった」
「申し訳ない! まさかこうなるとは思わんかった」
と言った。
「だからどういう事なん?」
すると、直樹が説明を始めた。
「事の始まりは、俺がりょうちゃんと連絡をとってて」
「ちょ! りょうちゃんって誰?」
「D子」
「あ! りょうちゃんていうんや」
で?
「そんで、今日遊びに来るってなって、前日にそれをねえやんに言ったら『いいやん』て言われて、『どんな子?』て聞かれたからデジカメ見せて。じゃ、お前の画像も当然見て、そんときは『アホやなお前ら』『でもめちゃ楽しそうやな』『え? この子マジでZARDにしか見えへんねんけど』『すげえかわいいな』とか言って、それで終わってんけど」
「うん」
「今日、りょうちゃん来るとき、車持ってないから京子ちゃんに連れてきてもらうってなって、で、二人が来てん」
「うん、そんで?」
「で、ねえやんたちと話が盛り上がって、みんなで夜ごはん行こうってなってん」
「うん、そんで?」
そう言って、僕が続きを促したそのとき、話を聞いていた美咲が割って入ってきた。
「そこに私とさくらちゃんが遊びに来たっていうか、私が前に買ったネックレス、お揃いでつけようかってことで買いに来たねん」
「ほ〜」
「それでこのメンバーが揃ったと」
なるほど。
で、と美咲が言いかけたそのとき、僕が、
「ちょっとストップ」
と遮った。
「あとはわかる。ねえやんな。このトラップを考えたのは」
そう言うと、美咲は目をきょとんと開いて、
「違うよ。岡下さんやで」
と言った……。
(あの野郎……!)
「なんか、ビンタの恨みっていってたで」
と美咲が言った。
なんじゃそれ……。
もう、いつのビンタか覚えてない……。
おそらく、この前のやつやろ……。
そんなことを考えていると、美咲が、
「なんか今日、すっごい焦ってなかった?」
「いや別に」
「いや、焦ってたよ」
「いや……なんかこれだけ揃ってたら、そらびっくりもするやん!」すると美咲は何かを見通したかのように「いや……なんか別の意味で焦ってたやろ〜? 例えば、あの画像とか」痛いところを突かれた。その通りだった。
僕はソリ遊びだけは死守したかった。
ただのソリ遊びで通せるはずが……あんな証拠画像を突きつけられたら、どうしようもなくなる。
探偵としての力のなさを痛感した一日だった。
「この後、店終わってからみんなでご飯行くんやって! タケも行こうよ!」
まるで、今日さっきまでの出来事などなかったかのように話しかけてくる美咲……。
(こいつ……B型やな)
と思った。
この後、店長も含めて総勢9人でご飯を食べに行くことになった。
車は僕の車と店長のハイエースに分かれて、店を後にした。
僕の車には、美咲、ねえやん、岡下、さくらちゃんが乗り込んだ。
店に向かう途中、大切な用事を思い出した。
「あ〜俺、牛乳買って帰らなあかんかった。オカンから頼まれて……こんな時間になってしもたけど」
このとき、車内のみんながそろって、
「あれマジやったん!? 逃げる嘘じゃなかったん!?」
と口をそろえた。
「いやマジやで。だから牛乳買って一回家寄るわ」
みんな、ポカーンとしていた。
逃れるための嘘だと思っていたらしい。
車内には、
(あ〜なんか悪いことしたかな〜……)
という、申し訳なさそうな「ごめんね」の空気が流れていた。
コンビニで牛乳を買って、家に届けた。
みんなには車で待ってもらっていた。
そして、オカンに牛乳を渡した。
すると、オカンは、
「この牛乳ちゃうやん! もう……青のやつやん!」
「知らんがな!」
そう言いながら家を出て、車に向かった。
その頃、車内では、
「牛乳のお買い物、ほんまやったんやな……」
と、しんみり噂されていた。




