第13章 ZARDの余韻
ゲレンデでの夢のような熱い一日が終わり、僕らは「坂井泉水」こと京子ちゃんたちに別れを告げた。
連絡先はちゃっかり直樹がゲットしていたので、とりあえず一安心だった。
あとのDクラスの二人の連絡先は、正直どうでもよかった。
帰り道の運転は直樹に任せ、僕は助手席でサーフのオーディオにZARDのベストアルバムをセットし、大音量で聴きまくっていた。
「あ〜……でも京子ちゃん、マジで可愛かったな〜! あんな子、他に絶対おらんで! 見たことないわ!……なぁ、あの子彼氏おるんか聞いた?」
ハンドルを握る直樹に話しかけたが、返事がない。
無視だ。
「おい! なんやねん!」
……まだ無視。
「京都のどこ住んでるって? 仕事何してんのかな? なぁ、聞いてくれた!?」
三度目の問いかけも、完璧にスルーされた。
「なんやねんなお前!! なんで無視すんねん!!」
さすがにしびれを切らして怒鳴りつけると、直樹はフッと鼻で笑い、前を向いたまま冷静に言い放った。
「……昨日の夜、お前、みーにマジで告ったばっかりやのに、もう乗り換えか? ほんま笑えるね〜(笑)」
ムカッ!! ときた僕は、必死になって弁明した。
「ち、違うわ!! あれは……あまりにもZARDすぎたからテンション上がってしまって、ちょっとオーバーになってしまっただけやん! でもな、俺、頑張って自分から連絡先交換してへんで!?」
僕の必死の主張に対し、直樹はニヤニヤしながら容赦ない追撃を打ち込んできた。
「おうおう、それは知ってるで。でもお前の中ではな、『俺が京子ちゃんと連絡先交換してる』って知ってるから、安心して『さよなら、バイバイ〜』って手振ったんやろ?」
「ぐっ……!!」
痛いところを突かれすぎて、声が詰まった。
「い、いや! そんなことない!! 俺は何も聞いてない!!」
「嘘つけ! 俺が京子ちゃんとアポ取ったら、お前確実に来るやろ? え? どやねん? 言うてみぃ!」
ぐうの音も出なかった。
確かに、直樹から「京子ちゃんと2対2で飲むぞ」と誘われたら、行く可能性……というか、100%行ってしまう自信があった。
(……くそっ、見透かされとる……!)
心の中で冷や汗をかきながらも、僕は男のプライドをかけて言い張った。
「ないね!! それは絶対ない!!」
「じゃあお前、ZARDと美咲が崖にぶら下がっています。どちらか一人しか助けられません。どっちを助けますか?」
直樹が、バカバカしい究極の二択を突きつけてきた。
「なんやねん! その問題!! そんな状況絶対ないし、てかもうZARDやん! 相手ZARD本人になってるやん! 話変わってるやん! 京子ちゃんどこ行ってん! おかしいやん!!」
僕がツッコミを連発し、二人で車内で大爆笑した。
「俺がお前の立場なら、迷わずZARDやな」
直樹が真顔で言った。
「なんでやねん! ちょっとは迷えよ! てか京子どこ行ってん!!」
再び、車内に爆笑が巻き起こる。
そんなアホな会話を繰り広げながらも、本当に楽しくて最高の一日だった。
(……あ、でも昨日の夜の件、僕まだ何の解決もしてへんやん……)
ふと現実に戻り、頭を抱えて悩み込んだ僕を見て、直樹がハンドルを握りながら言った。
「まあ大丈夫やって! みーに振られたとしても、京子ちゃんが控えてるから。ちなみに彼氏おらんらしいで」
「……マジで!? マジで言ってんのかお前!!」
一瞬でテンションが跳ね上がる。
「うおぉぉ〜〜! 振られても構へん構へん! ナイスやぞ直樹! お前は最高や!!」
実は、直樹と僕は女の子の好みがまったく違っていた。
直樹はどちらかと言うと個性的というか、B専寄りのタイプで、僕と好みが被ることが絶対にないのだ。
今日の三人の中でも、直樹はDクラスの子に積極的にアタックしていた。
だからこそ、京子ちゃん(ZARD似)のルートが残っていることに、僕は大喜びしていたのだが――。
「……でもな」
直樹がふっと真面目なトーンに声を落とし、口を開いた。
「みー、ほんまに良い子やで。あんな良い子、他に絶対おらんと思うわ」
直樹の予想外の言葉に、僕は黙って耳を傾けた。
「昨日の夜、俺、公園の外で待ってたやろ? あん時な、みー車降りて俺のところに来てくれたんやんか。そん時な……タバコくれてん」
「え……?」
「お前と銘柄も違うのにや。あの公園の周り、近くにコンビニもないで? そやのに……俺が前にカラオケ行った時に吸ってたタバコの銘柄、覚えてくれててん。その時しか俺、みーに会ってないもん。きっと、俺らが公園に向かってる時に、買いにいって準備してくれてたんやと思う」
直樹は前を見つめたまま、静かに続けた。
「そんでな……タバコくれた時、なんて言ったと思う?」
「……なんて?」と僕が興味深く聞いた。
「『タケの事、よろしくやで。私の大事な人やし』って」
車内の空気が、一瞬で凍りついたように静まり返った。
「……俺、ほんま感動したわ。だから……お前には、みーと一緒になってほしいわ」
言葉が出なかった。
胸の奥が熱くなり、喉の奥がキュッと絞めつけられるようだった。
「考えとく!」と言って、悪戯っぽく笑いながら去っていった美咲。
『できれば』なんてダサい予防線を張った僕の告白に対して、彼女は車から降りた直後、僕の最高の親友に、そんな言葉を残してくれていたのだ。
ZARDの歌声が流れる車内で、僕は何も言うことができなかった。
ただただ、暗闇の中で見た美咲の優しい笑顔を思い出していた――。




