第10章 彼女の想定
僕たちは関空を後にし、高速道路を降りて、ホテル街のある岸和田の方へと車を走らせた。
いつもの僕なら、ホテルに向かう車内ではテンションMAXで喋りまくり、「SかMか」を聞いたり、「おもちゃ使う?」なんてバカな会話を連発していたはずだった。
だが、今日は何かが違っていた。
僕の口数は劇的に減り、車内には妙な緊張感が漂っていた。
(……なんでや? なんでこんな緊張してんねん……)
ナンパで引っ掛けたような、一晩限りの女の子とは明らかに違う。
……そういえば、僕はナンパを始めた頃から、心に決めていた「一つのルール」があった。
『ナンパで簡単に引っかかるような女の子は、絶対に彼女にはしない』
だからこそ、ナンパで知り合った女の子に友達を紹介してもらい、その中から本命の彼女を探そうと決めていたのだ。
そして今、隣にいる美咲は、まさにそのパターンだった。由奈ちゃんたちとの出会いを経て紹介された、本命候補そのものだったのだ。
車内の無言に耐えきれなくなった僕は、思わず口を開いた。
「え〜っとですね……」
ちょうど車は、とあるボーリング場の横を通りかかろうとしていた。
そう、以前、あの金属バットを持って追い掛け回した、あの伝説のボーリング場だ!
「あのさ! ここな、昔俺……」
僕は必死になって、当時の出来事を事細かに語って見せた。場を和ませようと必死だった。
「ふ〜ん……そうなんや」
だが、美咲の反応は薄く、空気は依然として重いままだった。
すると突然、美咲が僕の方を向いて言った。
「……私のこと、どう思ってる?」
(……!!? 返事次第では一発アウトのやつやん!!)
冷や汗が吹き出しそうになった。
直感的に「質問には質問で返す」という逃避策を選んだ。
「さ、みーこそ、俺のことどう思ってんの?」
我ながら完璧な切り返しだと思った。
だが、美咲は一枚上手だった。
「私のことはいいねん。」
まさかの『自分は棚に上げて詰め寄る作戦』で対抗してきた。
(うわ……どうしよう……!)
「なんとも思ってない」なんて言えるはずもない。かといって、今ここで「好き」なんて言ったら軽そうに見える。
だからといって、「都合のいい女」なんて雰囲気を出したら、その場で殺されかねない……。
僕は思い切って言った。
「いやいや!『いいねん』はないやろ! みーの気持ちかて大切やん! 俺なんかよりずっと大切やん!」
必死に質問攻めで引き伸ばし、なんとか決定的な回答を避け続けた。
そうこうしているうちに、車は一軒の、ごく普通のラブホテルへと到着した。
ここまで来ると、美咲の方も腹をくくったようだった。
コンビニの袋を片手に下げ、僕よりも先に車から降りて、僕が降りてくるのを堂々と待っていたほどだ。
選んだのはAタイプの部屋だった。
ジャグジー付きのお風呂にはテレビがあり、部屋には50インチの大型テレビが鎮座していた。
ベッドの枕元には、僕がよく使う大人のおもちゃと、あとゴムも置かれていた。
とりあえず、手前のソファーに二人並んで腰掛けた。
すると美咲はすぐに立ち上がり、電気ポットが置かれているカウンターへ向かって、何かを探し始めた。
しばらく見ていると、美咲は温かい紅茶を淹れて、僕の前に置いてくれた。
(……待てよ?)
ふと、コンビニの袋が目に入った。
車に乗ってきた時、美咲は大量のお菓子とジュース、そしてタバコ1カートンを買ってきていた。
(……まさか、これを見越して……あんなに買ってたんか……!?)
脳内で、一気にパズルのピースがはまっていった。
今日はお母さんに嘘をついて、門限なしのコースを選択。大量のお菓子とジュースを買い込み、僕へのタバコ1カートンまで準備していた……。
カートンは関係ないか。
(全部……全部最初から美咲の予想範囲内やったんか……!!?)
あまりの事実に頭が混乱し始めていた、その時だった。
美咲が僕の隣に座り、無言で僕の肩にちょこんと頭を乗せてきた。
そして、耳元で静かに囁いた。
「……シャワー、浴びてきていい?」




