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ここにいても、いいですか?  作者: 香田紗季


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誤解、いろいろ

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 あちこちの里を回って早蕨と一緒にお社に戻った頃には、沙羅はさすがに疲労を感じていた。


「それにしても、沙羅さんはすごいですね。あの5人の治療が終わった後にも、重傷者をどんどん治しちゃうんですから!」


 血に触れたために、沙羅はお社の本殿に入る前に湯殿に送り込まれた。鬼や妖怪の血をすぐに洗い流さねば体に不調をきたす黒鉄隊とは違い、けが人の治療のためにその身についた血だ。きちんと洗い流せば問題はない。節分を過ぎたとはいえ、まだまだ寒い。今日も特別に湯が沸かされ、その湯で体のあちこちに付着した血を洗った。服も洗いたかったが、血は一定以上の温度のお湯で固まってしまう。だから、洗えない。早蕨によれば、洗濯専門の通いの下女がいるので、そのまま洗濯に出せばいいと教えてくれた。


 体に血が付いていないことを確認するため、早蕨にも湯殿に入ってもらっている。思いもよらない場所に血が少しだけついていることもあり、早蕨は丁寧に沙羅の体に血が残っていないか確認してくれた。


 確認しながら、あれこれと話をした。今日の仕事の内容に話が及ぶと、沙羅は、早蕨が黒鉄隊以外の人間で沙羅が人を「修復」したところを見た最初の人間だと思い当たった。


「怪我が見る間に元通りになるの、初めて見ました。顔に傷が残ってしまっていたお嬢さんが、これで人並みに嫁げるって大泣きしていたじゃないですか。本当に良かったと思いましたよ」


 人間界では、体に傷がある女性は「市場価値が下がる」らしい。生きていれば怪我もするし、料理をすれば火傷もする。それなのに、傷痕があるだけで蔑む。それはまるで、沙羅が鬼族の里で「角無し」と呼ばれ蔑まれていたことと同じだ。


 そんな理不尽なこと、と思うが、鬼族の里にいる間は、それがおかしな考えだとは思っていなかった。


 それが常識だと思わされてきたからだろう。角無しの母と自分は、あるべきものがない、欠けた存在なのだという言葉を信じ込み、蔑まれることを当然と思い込んでいた沙羅には、抵抗するなんて考えたこともなかった。


 少し見方と見る角度を変えるだけで、世界はこんなに変わるのだ。沙羅は今、自分の背がまっすぐに伸びていることに気付いている。里にいた時はあんなに猫背だったのに、そして部屋に閉じこもってばかりいたのに、自分から外に出ていくなんて、我ながら随分変わったものだと思う。


「それに、沙羅さん、馬に乗る姿がかっこよすぎます! この服でもかっこいいけれど、水干なら中性的な美少年って感じになりそうだし、狩衣なんか着ていたら美貌の貴公子に見えそうです」

「そう?」


 どことなく母に似ている黒松を思い出した。実力もあるのだろうが、若くして兵部の一隊の隊長に任ぜられているのだ。実家はそれなりの貴族の出なのだろう。


 もし、母と黒松に何らかの血縁があったとすれば、沙羅にもその血が流れていることになる。早蕨は妄想モードに入っているが、男装したら似ていることに違和感を持たれ、沙羅の存在そのものに疑念を持たれるきっかけになるかもしれない。


 うん、男装は絶対しない。


 沙羅はそう思いながら、早蕨に手伝ってもらって、新しい巫の服を身に着けた。早蕨は沙羅が身を清め終わって、今日の報告ができる状態になったことを、巫女婆に伝えに行った。


 ほっと息をついて一人で部屋に戻る直前、巫に声を掛けられた。


「あの、少しお話が」

「はい」


 それは檜扇だった。檜扇に導かれるまま奥の殿舎についていくと、突然、檜扇がくるりと振り返った。先程までの儚げな表情は一変し、昏い目をしている。


「あなた、黒松様の推薦でこのお社に来たって、本当?」

「ちょうど黒鉄隊の皆さんが怪我をなさっているところに居合わせたのでお助けしただけです。兵部からの褒賞をどうしても渡したいけれど、女性の私が黒鉄隊の隊舎に滞在できないために、こちらで預かっていただくことになっていました」

「でもあなた、巫になったじゃない!」

「そこは成り行きで」

「成り行きなんかで巫になれるもんですか! さてはあなた、弱っている黒松様に恩を着せて近づき、いずれは黒松様の奥方になろうとしているのね?!」

「違います! 私のようなおかしな者を娶ろうとする人なんて、いるわけありません!」

「その顔でそういうことを言うの?」

「その顔?」

「自覚無しなの? 周りの人から美人だって言われて育ってきたんでしょう?」

「いいえ」


 沙羅は檜扇の目をじっと見返した。


「醜くて見られぬ容姿だから、絶対に表に出るなと里に人には言われ続けました。どうしても外に行かなければならない時は外に出ましたが、できる限り家の中でおとなしくしていましたよ」

「醜くて見られぬ容姿……」

「はい。双子の妹は美人だともてはやされましたが、私の存在は妹の価値を下げるから、存在そのものを隠した方がいいとまで言われました」

「……あなた、とんでもないところの姫様なの?」

「いいえ。両親が生きていたころは人並みに生きていましたが、8歳で両親を失ってからは、妹と二人で、私を見ても不快だという顔を見せない親切な人たちに助けられて生きてきました」

「……く、苦労したのね」

「そうかもしれません」


 檜扇は何やら考え込んでいるようだったが、しばらくすると一つ息を吐いた。


「確認するけれど、黒松様に言い寄ろうとしたわけではないのね?」

「天地神明に誓って、ありません」

「それならいいわ」


 沙羅には、どうして檜扇がそんなことを気にするのかわからない。だから、尋ねた。


「どうして私が黒松様の奥方になろうとしているなんて思ったんですか? そもそも私が黒松様にお会いしたのはおとといの夜が初めてで、まだ二度しかお目にかかっていないのですが」

「え? そうなの?」

「はい。里から出るように言われて、遠い所から歩いてきて、たまたま出くわしたんです」

「実はね、黒松様は私の実家から見て本家に当たる家の方なの。小さな頃から本家に行くたびに黒松様が私の面倒を見てくださって……黒松様は、私にとっては兄のような方。凛々しいお顔になっていくにつれて、黒松様の奥方になろうとする女が雨の前日の羽虫のように周囲に付きまとうようになって、黒松様が閉口なさっているのよ。だから、もしあなたも羽虫の一匹だったなら、駆除しなくてはと思ったの」


 なるほど、と沙羅は思った。黒松が自分の母親に似ていることばかりに目が行って、そもそも美しい顔をした男であることを忘れていた。


「確かにきれいなお顔ですが、顔がきれいだというだけで人を好きになるのは恐ろしくありませんか?」

「あら、そう?」

「だって、どんなに顔がよくても性格がいいとは限らないし、同じ価値観を共有できない相手とは一生一緒にいるのは無理ではないかしら」

「美しい顔の方がよくないの?」

「どうしても受け入れられないという容姿もあるかもしれませんが、若く美しい娘さんだって、いずれはしわくちゃのおばあさんになるんです。外見よりも中身の方が重要なのではないかしら?」

「それもそうね!」


 檜扇の表情は、いつの間にか若い娘のそれに変化し、再び何とも言えない表情になった。くるくるとよく動く表情だと、沙羅は感心してしまう。


「あの、人によってはすごく失礼なことを聞くのだけれど」

「はい、なんでしょうか」

「あなた、黒松様に興味がなさそうだけれど、実は男ってことはないわよね?」

「は?」


 さすがの沙羅も、檜扇の想定外の言葉に変な声が出た。


「私が女性であることは、湯殿で血を一緒に洗い流してくれた早蕨が証明してくれると思いますが」

「そ、そうよね、ごめんなさい」


 檜扇は顔を真っ赤にして、袖で自分の顔を隠した。


「ほら、あなた背も高いし、馬にも乗れるし、早蕨を馬に乗せる様子なんてちょっと王子様っぽかったから、何かの事情があって女装してるのかななんて話をみんなとしていたのよ」

「みんな?」

「他の巫や見習いたちよ」

「あ~」


 間の抜けた声が出た。帰って来た時、巫や見習いたちから、妙にそわそわ・わくわくした目で出迎えられたのはそういう理由だったのだと沙羅は理解し、額に右手を当ててうなだれた。


「あの、檜扇さん。お願いですから、私は女性だと皆さんに伝えていただけませんか?」

「わ、分かったわよ! いろいろ誤解してごめんなさいね!」


 顔を赤くしたまま、檜扇は逃げるように立ち去った。今日は晴れていたから、夕焼けが見える。とはいえ、檜扇と話をしている内にすっかり空は紺色に代わってしまい、山の稜線に薄い青と交じり合った橙色がほのかに見えるばかりである。


「沙羅さ~ん、巫女婆が呼んでますよ~!」


 早蕨が沙羅を探しに来てくれたようだ。


「今、行きますよ」


 明日の朝は冷えそうだなと思いながら、沙羅は早蕨と一緒に巫女婆の元へ向かった。


読んでくださってありがとうございました。

沙羅さんはちっちゃい可愛い女の子系ではなく、鬼の血も流れているので、大柄でしゃきっとした「男装の麗人」タイプ。今までの私の作品にはいなかった人物タイプになります。


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