鬼門、開く(黒松視点)
読みに来てくださってありがとうございます。
ブックマークありがとうございます。
短めです。
よろしくお願いいたします。
夜の雪山は、体が凍りそうなほどに寒い。都の丑寅の方角にあるこの洞窟は得体の知れぬ異界につながり、毎年春の節分の日にはその異界から「鬼」がやって来る「鬼門」となっている。鬼はその強大な力で食べ物や衣類などを強奪し、その際人に手をかけ右こともある。この地に災いをもたらす存在であり、ここで仕留めねばならない。兵部には様々な隊があるが、黒松率いる「黒鉄隊」は、鬼や妖怪を討伐する専門部隊だ。黒松は部下たちがカタカタと震えているのは寒さのせいであって、鬼退治が怖いからだなんてこれっぽちも思っていない。
「そろそろ鬼が出てくる頃だ。出てきたらすぐにためらわずに撃て!」
「は!」
子の刻を過ぎて丑の刻にさしかかろうとした時、注連縄の張られた洞窟の入り口周辺の空間がぐにゃりと歪み始めた。鬼門が開いたのだ。
弓を持つものはいつでも矢をつがえるように矢をやなぐいから抜き取り、刀を持つものは柄に手を掛けていつでもその刀身を鞘から出せるように身構える。篝火と松明の爆ぜるパチパチという音だけが空間を支配する。
黒い歪みの向こうに、人影が見えた。
「鬼だ!」
先走った者が、黒松の指示も聞かずに矢を放った。矢は幾本も鬼に向かって飛んでいったが、揺らぐ空間の中で矢はまるで水の中に向かって射た時のように勢いを失い、地面に落ちるだけ。
この空間の揺らぎが続くうちは、こちらから攻撃しても攻撃が跳ね返されてしまうのだ。分かっていても、恐怖のあまりにこういう無駄なことをする部下が必ず出る。妖怪なら怖がらぬ隊員も、鬼となると力が入る。
「焦るな。揺らぎから出てきた所を狙え」
冷静な声が後ろから飛んだ。対妖鬼戦に特化した「黒鉄隊」の隊員であっても、年に一度の鬼退治には緊張が走る。隊長である黒松の声に隊員たちは落ち着きを取り戻し、静かに鬼を待ち受けた。
手に降り積もる雪に重みを感じてふと上を見上げると、べちゃ、と重い雪が落ちて来た。
いや、雪がみぞれに代わったのだ。都を出てくる時には、空は既に厚い雲に覆われていた。だから雪の覚悟はしていたが、みぞれとなると雪よりも着物をより早く湿らせるために、体温の低下が避けられない。
実にタイミングが悪いことに、雷まで鳴り始めた。刀を持つ者も、鉄の鏃を使った矢を持つ者も、みなそわそわとしている。落雷を恐れているのだ。
鬼が見えるようになってから洞窟の外に出てくるまでには、少し時間がある。姿が見えてからまだそれほど経っていない。近づく雷鳴に、鬼と雷とに注意力を割かれた隊員たちは、どこか浮ついたようにも見える。
まずい、と黒松は思った。雷が鳴っているときに刀は使いたくないが、このまま鬼を人里に向かわせるわけにもいかない。
鬼はいわば疫病神だ。物を奪い、その怪力で人や家畜を殺す。鬼たちは災厄でしかない。
早く来い。切り捨ててやる。
次の瞬間、昼間より明るい光と同時に雷音が響いた。雷が近くに落ちたようだ。浮足立つ隊員たちと馬を落ち着かせようとした時、太陽が大地に落ちて来たと思うような強烈な光と、鼓膜が破れるのではないかというほど轟音に包まれた。驚いた馬が後ろ立ちし、黒松は馬から落ちて、体がたたきつけられる。全てはゆっくりと見えた。地面に落ちて背中を打った黒松は、そのまま呼吸が止まったのを感じた。背をひどく打つと呼吸ができなくなる時があるが、その状態に陥ったようだ。こうなると、体は動かせず、声も出せない。息ができず、体が空気を求めて苦しみ始める。普通なら数秒程度で元に戻るのだが、なかなか戻らない。
これで、終わりか。
黒松は目を閉じた。
「もし、大丈夫ですか?」
空気が足りず、はっきり見えない。ただ、女と思われるものが慌てた様子でこちらに走ってくるのを見た。
どうして、こんな真夜中、それもこんな山の奥深くに、女が?
雪女であれば討伐対象なのだが。
息ができずに苦しみながらも、そんなことを黒松は考えていた。
読んでくださってありがとうございました。
明日は5000字超えます。
いいね・評価・ブックマークしていただけるとうれしいです!




