天狗1
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この秋津島の国には種々の妖怪が存在するが、大妖怪と呼ばれるものは河童、妖狐、鬼、そして天狗だ。
天狗というと、赤い顔、長い鼻、空飛ぶ翼を持ち、一本下駄をはいて歩くモノを思い浮かべる人が多いだろうが、あの長い鼻は、実は長い鳥のくちばしを人間が見間違えたものだと黒鉄隊では分析している。
天狗は人が変化したモノだと思っている人もいるが、あれは巨鳥が肉体以上の年数を生き延びて山の神に変化した後、何らかの事情で堕ちた姿だという説を、黒鉄隊では取っている。
一方、かつて漢の国では、天狗はその文字のとおり、「天に放たれた狗」であると考えられてきた。
曰く、月や太陽を追いかけ、その姿を食らうことで日食や月食が起きる。
曰く、流星は「天の犬」である天狗が空から地上に降りてきた姿である。
どこの国でも、天狗は人ではなく神に近い存在であり、その立ち位置は強力な力を宿す大河童と同じであると、黒鉄隊の書庫にある「妖怪一覧」には書かれている。
黒松は資料を閉じると、自室に戻った。妖狐が恐れ、陰陽寮の結界さえ突破するほどの妖力を持つ存在と言えば、天狗か鬼しか考えられない。
候補が二つありながらも天狗ではないかと黒松が考えたのは、狙った先が国王だったことだ。鬼は腕力の強さが重視される。だから、強い者に勝とうとする。
もし鬼が狙うのであれば、国王ではなく、人間なら近衛の大将、妖怪同士なら大河童になるはずだ。だが、天狗の場合は腕力よりも知略を重視する。肉体派の鬼と、頭脳派の天狗と言えばいいだろうか。
だが、もし天狗が相手なのだとしたら、一体天狗は何が目的なのだろうか。
国王がいなくなったら、松宮家に王位が転がってくる。だが、それを父も兄も望んでいない。松宮家の者が断絶しない限り、次の家……葵宮家に王位継承権は移動しない。葵宮家の者が王位を狙うのであれば、松宮家まで排除する必要があるということだ。
「では、誰だ? 誰が得をする?」
人間と戦うよりも、妖怪たちと戦う方が楽だ、と思った。上級の妖怪となれば、今回のようにその目的を熟慮しなければならないが、ほとんどの妖怪は、討伐するか追い払うか、そのどちらかで済む。
そう言えば、最近は妖怪がらみで面倒なことが多いな、と黒松は思った。沙羅が来てからだな、とも思った。
とりあえず、黒松は沙羅の見舞いに行くことにした。簪のことも聞きたかった。沙羅が本当のことを言ってくれる確証はなかったが、沙羅が何を知っていて、何を知らないのかを確認したいと思った。
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「天狗、ですか」
さんざん悩んだ挙句、沙羅は黒松の見舞いを受けることにした。最初に黒松から聞かされたのが、妖狐に王の暗殺を命じた黒幕が天狗である可能性だった。
鬼と天狗は、相性が悪い。犬猿の仲という表現があるが、まさにそれである。
「ですが、陛下を暗殺しても天狗には何の得も得られないのではないでしょうか?」
「そうなんだ。だから、天狗さえ動かす黒幕がいるのではないかと思うんだ」
「天狗が動くほどの黒幕ですか?」
「ああ。天狗は、人の争いを好むと聞く。ただ、あまり表にはこの100年ほどは姿を現したという記録がないんだ。だから、自分ではなく、力が一つ落ちる妖狐を使ったのではないかと考えている」
「天狗のことですが、私の里では『アマツキツネ』とも呼ばれておりました」
「狐? 狐だと?!」
「はい。黒松様の知る天狗とは少し違うものかもしれませんが、私の知る『アマツキツネ』は、妖狐の中でも長生きし、知略に長けたものが変化した姿だと言われています。鯉が滝登りすると龍になるという話と同じで、実際に妖狐が天狗になったのを見た者はいないのですが」
沙羅も黒松も、天狗と妖狐につながりがあったことにひっかかりを感じ始めた。
「天狗が妖狐に命じるのは、稀ではないのかもしれないな」
「一つの可能性ではありますが、現状では否定もできませんね」
「なあ、沙羅。もし天狗と戦うようなことになったとしたら……沙羅は私と一緒に戦ってくれるか?」
「黒鉄隊の皆さんを回復させるための巫として、いつも通りに」
「そうではないんだ」
黒松がもどかし気に言った。
「私と一緒に、戦ってほしいんだ」
「ですから、回復役として」
「そうではない。背を預けたいんだ」
沙羅は小さく「え」と声を漏らした。
「唯一無二の仲間として、共にその場で戦いたい」
「前線で戦えということでしたら、いかようにも」
「ああ、そうじゃないんだ!」
黒松はガシガシと喉のあたりを掻き、意を決した様子で告げた。
「公私ともに、常に沙羅の隣にありたいし、私の隣にいてほしいという意味だ」
「公私ともに……」
ようやく沙羅にも意味が理解できた。
「私は、里ではこれ以上醜い者はいないと言われています」
「ここでは、沙羅は美人だ」
「できることとできないことがあります」
「それは誰であろうと変わらぬことだ」
「里以外の場所での常識を、きちんと理解できていません」
「これから学べばいい」
「貴族は政略的な結婚をするのでしょう?」
「兄上たちならそうだろうが、三男の私は自由にしていいと言われている。むしろ、洛中の姫君たちでは、黒鉄隊の勤務は理解されない。私の仕事を理解してくれるものでなければならないし、一緒に仕事ができる人物でなければ離れ離れの時間が長くなるだけだ。理屈では、そう言うことだ」
「理屈……」
「感情論で言えば、沙羅が好きだ。沙羅といつでもどこでも一緒にいたい。沙羅となら、それが可能だ。沙羅が妖狐に妖術で夢の世界に引きずり込まれた時、このまま沙羅を失うのではないかと気が気ではなかった。こんなことになるくらいなら、もっと早くに君に求愛していればよかったと後悔した。沙羅が戻ってくれてすぐに伝えたかったが、沙羅が見舞いを許してくれた今、伝えた。沙羅が私を嫌いでないのなら、好きになってもらえるように、私に時間と機会を与えてもらえないだろうか」
「松宮の家は、この国で二番目に高貴なお家だと聞きました。得体の知れない私を傍に置くことは許されないかと」
「それなんだが」
黒松はまたこれで話が逸れるような気がしたが、今こそがチャンスだと思った。
「簪のことだ」
沙羅は袖の袂に入れた小袋に、無意識に触れた。
「偶然なんだが、その簪を見てしまった。それは『子持ち藤飛び蝶』の紋だよね」
「私は、知りません」
「君の里には、家紋はなかったのか?」
「ありませんでした」
「そうか。家紋は自分がどこの家の所属であるかを示す大切なもの。沙羅が持っていたその紋は、一家の家紋ではなく、ある人物が私的に使っていた紋なんだ」
「ある人物?」
「ああ。先王だよ」
読んでくださってありがとうございました。
天狗については諸説ありますが、ここはゆる設定で。
「子持ち藤飛び蝶」とてもユニークな家紋ですよ。もし「我が家の家紋だ!」という方がいらっしゃいましたら、どうぞお許しください。
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