妖狐6
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沙羅が妖狐の幻術に嵌っていた間、周りの人たちはどうしていたか。
よろしくお願いいたします。
沙羅が目を見開いたまま、微動だにしなくなった。下敷きになっている妖狐が何とか這い出そうとしたが、その鼻先に押し付けられた葉に気付くと、叫び声をあげた。
「狐の分際で、狐の牡丹の効果を、よく知っているのだな」
革手袋を嵌めた手で「胡桃」と名乗っていた妖狐の鼻先に、狐の牡丹の葉を押し付けながら、黒松は静かに怒りを含ませた声で言った。
「陛下は最近口やのどが荒れ、内臓にも痛みがおありだった。下血されることもあり、内薬司でも病名を絞り込んでいるところだった。まさか、芹に似ていることを悪用して、狐の牡丹を摂取させるとは。お前は狐だ、その鼻は人間よりはるかに敏感だろう。葉の汁は、触れただけで激痛が起きて水膨れができるほどの毒がある。陛下がお前を信じ、痛みに耐えながら薬草茶と信じてお飲みになっていたのだ、お前にも振る舞わねばなあ」
内薬司の医師も、怒っている。
「隊長、ただいま到着しました!」
伊吹が駆け込んできた。
「妖狐だと聞きましたので、あの縄を持ってきています!」
「よし、縛れ!」
沙羅は焦点の合わぬ目のまま、相変わらず少しも動かない。陰陽寮から黒鉄隊に定期的に届けられる、妖力を吸収する縄で縛りあげると、妖狐はピクリとも動かなくなった。毒で弱められた体から更に妖力を吸い上げられ、息も絶え絶えに見える。
「沙羅さん、もう大丈夫よ」
早蕨が沙羅に声をかけても、沙羅は動かない。早蕨と花梨が沙羅を寝かせた。花梨は沙羅を調べたが、「毒、ない」とだけ言った。
「では、なぜ沙羅はこんな状態になっているんだ?」
「分かりません」
花梨と早蕨は、困り果てたように沙羅を見た。ほのかに微笑んでいるように見えるのは、気のせいか。
黒松は伊吹たちに妖狐を預けた。妖力を吸収する縄に縛られ、陰陽寮の者たちが用意した封じの檻に入れられて、黒鉄隊にある保管所へと運ばれていく。
「黒松様、やっぱりおかしいです。沙羅さん、心臓の音もかすかになっていて、まるで魂が体から離れようとしているみたいで……」
早蕨の言葉に、典薬寮の医師が沙羅の脈を取り、瞳孔を覗き込んだ。そして内薬司の医師に「すぐに陛下を診ていただけないだろうか」と言った。内薬司の医師でなければ王族の治療はできないからだ。
「脈が弱くなっておりますな。眠ったまま、まるで夢の中に籠っているような気配がします」
「瞳孔は?」
「開いておりますが、死者ほどではありません」
「沙羅殿と同じだな」
黒松は二人の医師に尋ねた。
「それは、陛下と沙羅は、あの妖狐によって同じ状態にさせられているということなのでしょうか?」
「妖狐の術については、黒鉄隊の方が情報を多く持っているだろう。われらは医師。呪術や妖術の類についてはよくわからない。狐の牡丹による肉体的な中毒症状があるのは陛下だけだが、魂を抜かれたように動かない点は全く同じだ。妖狐の術に掛けられたと思う方が自然ではないか」
「妖狐の術は、幻惑。夢の中に引きずり込んで、見えぬものを見せ、見たいものを見せる。それに溺れて夢の中に閉じこもり、食も水も取れなくなって息絶えるものもいる」
「黒松様! どうしたら術は解けるのですか?」
「ここは夢だと自分で気づき、ここから出たいと思わねばならない」
「でも、見たいものを見せてくれるってことは……」
「きっと、まさに夢見た理想の世界の中にいるだろうな」
「それでは、出たいなんて思えないじゃないですか? 夢だと気付いたって、それでもその中にいたいと思ってしまったら……」
「呼びかけよう。体はここにある。心臓が動いているならば、肉体と魂はいまだ切り離されていないはず」
「肉体を通して、魂に呼びかけるということですか?」
「ああ、そうだ」
花梨が左腕を取った。
「沙羅、起きる! 沙羅、起きる! 沙羅、起きる!」
涙を浮かべながら、花梨が何度も何度も沙羅を呼ぶ。
「沙羅、起きてくれ。沙羅、沙羅、気づいてくれ、失いたくないんだ!」
早蕨と三人、呼びかけ続ける。同じ部屋の中で、医師二人は国王の体から狐の牡丹の毒を取り除くため、部下たちに準備を命じている。特定の解毒剤がない毒であるために、一般的な毒素排出の手立てを取るようだ。
伊吹と数人の黒鉄隊が再び到着した。そして状況を知ると、伊吹も呼びかける手伝いをすると言って、沙羅の傍に来た。事情を話して無理やり連れて来た巫女婆が、沙羅に大声で言った。
「帰りたいと願って! 強く、強く願って! 私たちはまだ、あなたが必要なのよ!」
「沙羅、頼む、戻って来い!」
黒松が懇願した。
「私も、待っています!」
早蕨が大きな声で願った。
「沙羅殿、しっかりしてくれ!」
伊吹が吠えた。
花梨はただ、腕を握り締めて泣いている。
何度も、何度も、五人は沙羅を呼び続けた。
「沙羅! お前はここで、多くの人を助けるんじゃなかったのか!」
ピクリ、と指が動いた。
「今、指が」
五人は互いに顔を見合わせ、それから沙羅、沙羅、と呼び続けた。
見開いたままの目が、何かを探すようにし、そして震えるように息を深く吸い込んだ。光を失っていた瞳に光が戻り、瞬きをすると、五人の顔をじっと見た。
「私、帰って来たの?」
「ああ、帰って来たよ」
巫女婆が涙をぬぐった。
「お帰り、沙羅」
黒松は、つかんでいた沙羅の右腕をそっとさすりながら言った。
「ただいま、戻りました」
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