↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここにいても、いいですか?  作者: 香田紗季


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/34

妖狐5

読みに来てくださってありがとうございます。

二段階認証は設定済みだったのですが、認証コードが制限時間内に届かず、やり直しを繰り返していたらこんな時間になってしまいました。

よろしくお願いいたします。

 いつの間に、鬼族の里に戻っていたのだろう。


 沙羅が気づいた時、その身は鬼族の里にある、あの湖のほとりにあった。夕日が、広い湖面の向こうに沈もうとしている。きらきらとオレンジ色に光る湖面を見て、その美しさを沙羅は恍惚としながら堪能した。


 夕日が沈めば、きらきらは消えてしまう。残念に思っていると、東の空の低い場所に大きな月が見える。満月か、その前後と思われる大きな月。


 この月が天高く昇れば、湖水は月の光を浴びて、穏やかながらもきらきらと輝くはず。


 沙羅は近くの岩場に腰を下ろし、月が昇るのを待った。風が心地よい。里でこんなにゆったりとした気分でいられたことなど、今まであっただろうか?


 一瞬強い風が吹いて、飛ばされてきた小石か何かが簪に当たった。あっと思った時には簪が抜け、沙羅の黒い髪が風にたなびいた。外に出る時、鬼族の女は必ず髪を結い上げる。垂髪の状態は、家の中にいる時だけだ。


 だが、はしたないと思わなかった。それが自然なことだとさえ思えた。黒い髪が風に揺れる。なんだか随分気分がいい。


 ふと気配を感じて目をやると、誰かが近づいてくるのが見えた。里にいた時の沙羅だったら、すぐに身を隠したはずだ。だが沙羅は髪をなびかせたまま、その者がやって来るのを待った。


 まだ登り切らぬ月の光は弱く、近づかねば誰かわからない。分からないはずなのに、それが誰か、沙羅にはわかった。特徴のあるその静かな歩き方は……


「お頭」


 近づいてきた者は沙羅の声に、沙羅の十歩手前で足を止めた。二つ呼吸をしてから、その者は沙羅から三歩の距離にまで来た。月の光を背にしているので、昏くて顔は見えない。だが、間違いなくお頭だと分かった。


 母が亡くなった時、ほとんどの鬼族の者は、父がお頭であってさえ、「これで角無しがいなくなった、せいせいした」とばかりに、その葬儀を軽んじた。父が亡くなった時には、これで沙羅をいじめても恐れる者などないとばかりに、角無しの沙羅をいじめにかかった。


 助けてくれたのは、小さな頃から沙羅が一生懸命に鬼らしくあろうと努力している姿を見て来た近所の人たちと、今のお頭の家族だけだった。いじめられっ子から守ってくれる王子様を好きにならない女の子など、この世にいるはずもない。


 沙羅はずっと、今のお頭を慕い続けて来た。お頭になった以上、角無しの自分にお声がかかることなどないと分かっていても、「思うことは心の中の自由だから」と秘めて来た。伽羅が「私、お頭が好きなんだ!」と明るく告げた時にはひどく動揺したが、「でも、沙羅もお頭のことが好きでしょう? 知っているわよ?」と言われた時には、伽羅とだけはお頭への思いを互いに共有できると、なんだかうれしい気持ちになったものだ。


 伽羅は、沙羅の思いを、他の誰にも漏らさなかった。二人はこっそりとお頭を愛であった。二人っきりの秘密のようで、沙羅はますます伽羅の存在に重きを置くようになっていった。


「沙羅」


 以前、伽羅を呼んだ時、お頭はこんな優しい声だった。


 その痛みがちくりと胸を刺す。


「伽羅は?」

「伽羅は、ここにはいない」

「お屋敷に置いてきたんですか?」

「一人の時間は、大切だろう?」

「そうですね」


 お頭が、沙羅の隣に立った。


「やはり俺はお前を手放すべきではなかった。だから、迎えに来た」

「お頭……」


 お頭の手が、沙羅の頬に触れた。


「ずっと、こうしてお前に触れたかった」


 冷えたその手がかすかに震えている。


「お頭でも緊張するのですか?」

「愛を乞う時は、誰だって同じじゃないかな?」


 お頭が沙羅の手を取り、立ち上がらせた。


「屋敷に帰ろう」


 手を引かれて歩く。夢のような時間に、沙羅の心臓が跳ねあがる。


 邸に着いた時、誰も出迎えに来なかった。


「どうして、誰もいないんですか?」

「ん? どうしてって、ここは俺と沙羅の家だからだよ」

「いいえ、ここにはお仕えする鬼たちと、母君と、伽羅がいるはずです」

「……」


 お頭が、困ったように微笑んでいる。


「いいや、この邸こそ、俺の屋敷だよ。沙羅と俺と二人で生活する家だ」


 頭の中に突然、沙羅、と懇願するように呼ぶ、お頭とは違う声が響いた。


 沙羅、沙羅、と何度も繰り返す。聞いたことがあるような気もするが、誰の声か想い出せない。


「そんな声、無視してしまえ」

「なぜ、私の頭に誰かの声が響くことに気付いたのですか?」

「……秘密だよ」


 かすかな違和感が生まれた。お頭は、秘密主義ではない。むしろあけっぴろげ過ぎて、「秘密を秘密にできない者は、お頭として不十分だ」と母君に叱られていたことを思いだした沙羅は、頭の中に響く声が少しずつ大きくなるのと同時に、違和感の小さなひびが少しずつ広がっていくように感じられた。


 沙羅、沙羅、気づいてくれ、失いたくないんだ!


「お頭」

「なんだ?」

「伽羅はどこに?」

「伽羅のことなんて、今はどうでもいいだろう? そんなことより、俺たちが心を通わせている、そのことを喜ぼうじゃないか」

「違う」


 空がパキリと音を立てた。ひびが入り、小さな欠片が地面に落ちた。


「お頭は、伽羅を大事にしてくれていた。伽羅を捨てて私を迎えに来るわけがない」


 パキリ、パキリ、と空が割れる。満月ほどの月は、よく見れば少しもその高さを変えていない。


 沙羅、沙羅、と沙羅を呼ぶ声。


 この声は……


「黒松様」


 バキリ、と大きな音がして、紺色の空の大きな欠片が湖に落ちた。


「この世界は、私の心の中なのでしょう?」


 バキリ、ドーン、と空の欠片が大地に落ちて、大きな音があちこちで空気を震わせる。世界が、壊れていく。


「どうして、お前の望む世界にとどまろうとしないんだ?」


 お頭が訝し気に沙羅を見た。


「これがお前の望む世界だろうに」

「かつて、私が望んだものであったことは否定しません。でも」


 沙羅はお頭の姿をしたモノに向かっていった。


「伽羅を大切にしてくれないお頭なんて、私の敬愛するお頭じゃない」


 空の欠片が、大きな音を立ててお頭の左腕に落ちた。後ろに飛びのいた沙羅は、土埃が収まった後、左腕が失われてもまるで痛みを感じない人形のように立つお頭を見つけた。


「幻影?」


 沙羅のつぶやきと同時に、お頭の体が爆発した。ひどい熱と風圧に、体が吹き飛ばされる。湖上にまで吹き飛ばされた沙羅は、そのまま湖の中に落ちた。暗い水の中では上下が分からない。


 幻影の中で死ぬのだろうか、それは嫌だ!


 そう思った瞬間、湖に月の欠片が落ちて来た。沈みゆく月の欠片を見て、湖面の方向を確認する。


 月が下。


 沙羅は無我夢中で沈む月の反対側に向かって泳いだ。もう息が持たないと思った時、手が空気に触れた。その手を、誰かが引っ張っている。引っ張り出されるようにして湖から飛び出した沙羅の手を、左右それぞれ、別の手がつかんでいる。


「帰りたいと願って! 強く、強く願って! 私たちはまだ、あなたが必要なのよ!」


 女性の声が聞こえる。


「沙羅、頼む、戻って来い!」

「私も待っています!」

「沙羅殿、しっかりしてくれ!」


 崩壊した幻影の世界は漆黒の闇に包まれており、行くべき方向性も見えない。だが、沙羅の両手は確かに、見えない誰かの手によって導かれている。


「私は、帰りたいの! 私を必要としてくれる人たちがいる場所に、私を帰して!」


 漆黒の世界が、一瞬にして光で満ち溢れた。


 両手を引かれるままに光の玉に向かっていこうとした時、目の端に幼子がいるのが見えた。


「どうしたの?」

「お家がわからない」


 なぜか、捨て置けなかった。


「一緒に来る?」

「うん」


 両手を取られている沙羅は、しゃがみこんだ。


「背中に乗れる?」

「うん」


 幼子を背に乗せると、沙羅は導かれるままに光の玉に向かって飛び、そして吸い込まれて行った。


読んでくださってありがとうございました。

いいね・評価・ブックマークしていただけるとうれしいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。