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ここにいても、いいですか?  作者: 香田紗季


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妖狐3

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 沙羅は、いつもの采女服ではなく、巫用の礼装を身にまとっている。黒松が隣に、そして後ろには花梨と早蕨がついている。


「こちらでしばらくお待ちください」


 案内役の侍従は、美しい屏風絵に囲まれた部屋に沙羅たちを入れると、下がっていった。


 ここは、宮中でも国王の許可がなければ立ち入ることさえできない、王族の私的な殿舎の一つらしい。沙羅が多くの人の目に触れることのないように、この殿舎に牛車で乗り付けることも許され、今も目だけ出してその顔の大半は薄布で覆った状態である。


 あの夜、黒松から思いもかけない気持ちを伝えられた沙羅は、「私は愛や恋を信じていない」とはっきり伝えた。


「醜いと言われて育った私には、他の方から愛を告げられるはずがないのです」

「沙羅は醜くなどない」

「美醜は文化により、その基準を大きく変えると聞きます。痩せていた方が好まれる時代もあれば、ふくよかであることが美であると認識される時代もありました。黒松様は私を醜くないと思ってくださったとしても、私自身がそうは思えないのです」


 頑なな心は、それだけ沙羅が故郷でつらい目に遭った証拠だろうと考えた黒松は、それ以上沙羅に言い寄りはしなかった。ただ、沙羅が自分にとって大切な愛すべき存在なのだ、と伝え続けるしかないと黒松は思っている。


 黒松を困らせないために、沙羅は国王との謁見を承知してくれた。黒松が気にする、怪しい薬草茶のことも、花梨と対応すると言ってくれた。


「陛下のおなりです。控えてください」


 侍従の言葉に、沙羅は手をついて低頭した。


「これが、例の巫か?」


 本来であれば王との対面は御簾越しとなるはずなのに、沙羅の指先のすぐ前に男物の袴が見え、声が上から降って来た。


「陛下はあちらに」

「よいではないか。それで、なぜこの巫は顔を隠しているのか? 我の御前では無礼ではないか?」

沙羅は誰の許しも得ずに頭を上げて国王を直視した。

「ぶ、無礼者!」


 侍従がそう言うと、周囲から護衛の近衛たちが飛び出して来た。


「これが目的ですか」


 沙羅は静かに言った。


「私とこの者たちを戦わせて、どちらが強いか確かめる。私が強ければ、王族専属の巫として召し上げる口実が一つ増える。そう言うことでございましょう」

「うん、やはり面白い女だ」


 王は近衛たちに「下がれ」と言って座り、脇息に手を掛けた。


「名を名乗れ」

「沙羅と申します」

「沙羅。お前はどうして王族専用の巫になりたくないのか説明できるか?」

「医師(くすし)に見返りを支払えるものは、医師に診てもらえばよいのです。私は、見返りを払えないことで失われる命を救いたい。多くの有能なものが、身分が低いという理由で捨て置かれ、その才能を埋もれさせています。全てを拾い上げることはできませんが、命を長らえることができれば、いずれその才能が開くこともあります。ですから私は、まず、見返りを支払えない者たちの命を支える存在でありたいのです」


 沙羅は覆面をしたまま、はっきりとそう言い切った。傍の侍従がおろおろしている。おそらく、こんなふうに国王にはっきりもの申す者などいないのだろう。あるいは、無礼打ちを恐れたか。


 国王は沙羅の話を聞くと、面白そうに笑った。


「して、沙羅。そなたの褒賞なのだが、そなたが顔を見せたら授けよう」


 沙羅が露骨にむっとしたのと、黒松が「陛下!」と声をあげたのは同時だった。


「話が違うではありませんか!」

「だが、我はこの女の顔を見てみたいのだ。本人は醜女(しこめ)だと言い張っているそうだが、本当かどうか確認したいではないか」


 黒松は、沙羅の顔を……その美しい顔を知っている。だからこそ、王には見せたくない。子どもがいない王には、正妃だけでなく、側室が次々に上がり、それ以外にもお手付きの女官たちがあまたいる。もちろん、妻たちから差し出された召人も。


「次は巫にまで食指を伸ばすおつもりか」

「そんなことはせぬよ。巫は乙女で亡くなる時に、その能と才を神にお返し申し上げるのであろう? せっかくいただいた権能をみすみすお返しするなど、もったいないではないか」


 沙羅は、国王に違和感を持った。真面目に考えていると思えばはぐらかし、ふざけているのかと思うようなことを真剣に語る。こんな人物が、果たして一国の王として機能しているのだろうか、と思ったその時だった。


「中座する。すぐに戻る故、しばし待て」


 国王は突然立ち上がると、そわそわしながら退室した。


「陛下はああいう御方なのですか?」


 早蕨が、小さな声で、恐る恐る黒松に尋ねた。


「以前はもっと落ち着きのある方だったのだが」

「なんだが、こう、崇め奉るような雰囲気も、威厳もなにもないというか……」

「口を慎め、早蕨。無礼打ちされるぞ」


 ひいっと小声で悲鳴を上げて、早蕨は黙った。


「花梨。何か気付きましたか?」

「体から、わずかながら毒の匂いがします」

「では、毒を摂取していることに間違いはない?」

「はい。もう少しはっきり嗅げると、特定できるのですが」


 黒松も小さくうなずいた。


 しばらく国王が戻ってくるのを待ったが、小一時間経っても戻らない。さすがに部屋に待機している侍従に確認してもらおうかと思った時、女官が一人、御簾越しに声をかけて来た。


「陛下は体調を崩されまして、お休みになっていらっしゃいます。褒賞の件はまた後日とのことです」


 そう言うと、こちらの返事も聞かずに立ち去ってしまった。見送る沙羅の袖を、花梨がそっと引いた。


「あの人から、いろんな毒の匂いがする」


 沙羅ははっとした。


「先程の方は、長くお勤めしていらっしゃるの?」

「ああ、胡桃様ですか」


 待機していた侍従が、ため息をついた。


「胡桃様?」

「先程の女官です。もう一月も、胡桃様以外の女性を傍に寄せません。同じくらいから、陛下は体調がよくないことが多くて。薬草茶を煎じるのが得意らしくて、胡桃様のことは信頼なさっているから、胡桃様が煎じる薬草茶をお飲みになっているのですが、好転する気配もなく、我々も心配しているのです」

「例えば、どんな風に体調がよくないのですか? 場合によっては、このまま御寝所に伺って、治療しますよ」


 治療、という言葉に、侍従が反応した。


「ああ、沙羅様は人の画や病気を治すんでしたよね。どうも最近、口の中が荒れて出血したり、お腹の調

子が悪かったりなさるんです。医師から出された薬を飲んでも全く効かなくて……沙羅様、何とか治せませんか?」


 沙羅は「診てみないとわからない」とはっきり告げた。


「ですが、今の陛下を診るなら、私よりも花梨の方が適任かと」

「沙羅」


 黒松が首を横に振った。花梨はまだ早いと言いたのだ。


「診るのは、花梨が適任。ですが、花梨はまだ思うように話せません。ですから、花梨の見立てを私が説明します。それでいいかしら?」

「はい、是非お願いいたします!」


 侍従は喜びながら王の所に行った。おそらく、確認を取るのだろう。


「それでいいのか、沙羅。花梨も巻き込むぞ」

「治すだけなら私だけでもいいでしょう。ですが、もし、毒であれば……毒を特定した上で、飲ませている者を抑えなければなりません」

「怪しいのは、胡桃と言う女官か」

「はい。ですが、女官ともなると、出自の怪しい者などいないのでは?」

「あれは紅藤家から推薦されて上がった者だが、紅藤家の分家で父の分からぬ子を産んだ姫がいたらしく、その姫の子ではないかという噂なのだ」


 父の分からぬ子、という言葉に、沙羅は反応した。忙しさにかまけて、母の形見の簪をまだ埋めていなかったことを思い出したのだ。


「胡桃という女官の簪を調べられるといいですね」

「その手があったか!」


 黒松もポンと手を打った。そう、家紋付きの簪は、父親が、自分の子であると認めた時に下賜するものだ。紅藤家は忠誠心の篤い者たちで、間違っても王家に叛意あるとは思えない。ならば、膿の父が何らかの形で胡桃に接触し、王に毒を飲ませている可能性もある。だから、家紋入りの簪があれば、背後に誰がいるかを探れるかもしれないのだ。


「問題は、そんなわかりやすくしてくれているか、ということだな」


 侍従が戻って来た。


「どうぞ、とのことです」


 沙羅たちは立ち上がった。毒の特定と、毒消しと、簪探し。やることはたくさんあるようだ。


「とにかく、褒賞をさっさといただいて、お社に帰りましょう」


読んでくださってありがとうございました。

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