妖狐1
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「それで、その巫は、大河童が水神の成れの果てであることを明かしただけでなく、河童の皿の水を取り去ることなく河童と相撲で勝ったと。またそれは面妖な女子じゃのう。鬼退治に行って鬼の代わりに拾ってきた女子と聞いておったが、随分と役に立ちそうではないか」
豪快に笑う国王を前に、兵部黒鉄隊隊長である黒松は神妙な顔で「は」としか言えない。
河童討伐に出向くはずが、殺したら神殺しになるから手を出すなと沙羅に言われた。「力自慢をしたら誰も勝てぬ」と言われた大河童と相撲で勝負することを望み、大河童の背に土をつけた。
それだけでも黒松は常識を覆されて受け止めるのに精いっぱいなのに、もう一人、異世界から流れて来たという「るさーるか」なる緑の髪の妖怪を懐柔してしまった。
河童たちは今や霧沢の里で人間の手伝いをするようになり、「るさーるか」の「かりんか」は巫候補として、黒鉄隊に隣接するお社に入り、秋津島の言葉を覚えているところだ。
「かりんか」という名が秋津島の人には呼びにくいということで、秋津島にある名前と照らし合わせて、「かりんか」に最も近い「花梨」と名乗るようになっている。
問題なのは、花梨が純粋な人間でも妖怪もなく、死霊・怨霊の類であるということだろう。それは腕力こそないものの、鬼と同類だと黒松は学んできた。伊吹たちと相談の上、花梨のことは異世界から流れ落ちた「人」ということにしてあるが、陰陽寮が調べ始めたらと思うと、黒松の心は穏やかではいられなかった。
「それで、黒松。鬼の代わりに拾った巫は、いつ連れて参るのか?」
「陛下の御前に出せるほどの礼法を、まだ身に着けておりませんので」
「堅いことを言うな。これまでは命じれば野猿のようなものでも連れて参ったではないか」
「ただの平民とも思えず、かといって貴族のことも分からないと申しますし、我らの知らぬことを知り、知っていることを知りません。都から離れたところにある、未だ陛下の支配下にない地域から来た者かもしれません」
「余計に興味が湧くではないか」
墓穴だったらしい。いつもなら得体の知れないものには嫌悪感しか表さない国王が興味を持ってしまうとは。黒松の予想とは違う道を進んでしまった。
「その、いずれ」
言葉を濁した黒松の耳に、聞き慣れぬ声が届いた。
「陛下、薬草茶の時間でございます」
「ああ、胡桃か。そこに置くように」
御簾の向こうに女性が現れ、何かを置くと去っていった。御簾ごしなので顔はよく見えないが、服装からすると中位の上の女房だろうと思われるが、その声にも名前にも憶えがなかった。
「新しい内侍でございますか?」
「胡桃か? あれは少し前に紅藤家から上がった者だ。薬司の所属で毒見をさせているが、なかなかよい女子でな」
「既にお手付きに?」
「悪いか?」
「お妃様方を怒らせない方がよろしいかと。紅藤家からは蘇芳姫だって入内しているでしょうに」
「あれはつまらん。人形でしかない。だが、胡桃は自分の思いを自分の言葉で語る。だから、人間を相手にしていると思える」
「ほどほどになさいませ」
「それよりも、例の巫を早う連れて参るのだぞ」
立ち去る前に、胡桃が置いていった薬草茶を一口飲むと、王は出て行った。ふぅと息を吐き、深く空気を吸い込んだ黒松は、空気中に異物を感じた。
まさか、茶に何か盛られているのか?
王には、毒を盛られた時の為に常々茶を飲む習慣がある。解毒作用に期待してのことだが、遠い漢の国からその種子を取り寄せて王家専用の畑で育てているが、まだ貴族にも行き渡らぬ量しか採取できずにいる。王のそば近くに侍ることもある黒松にとって、茶の香りは馴染みのあるものだが、その香りに何か違うものが含まれているのだ。
証拠もなく、王の飲食物を調べることなどできない。違和感を抱えたまま、黒松は黒鉄隊に戻ろうと宮中の渡り廊下を歩き始めた。
歩きながら、先程の匂いが気になってならなくなる。もう一度嗅いでその正体を確か得たいところだが、王の食事や飲み物には近づけない。
貴族であれば、車寄せから牛車に乗って宮中から退出するものだが、黒松は馬での参内が許されている。馬場から松風に乗ると、黒松は洛外にある黒鉄隊の隊舎に戻った。
「黒松様、お帰りなさいませ」
伊吹が出迎えた。
「伊吹が出迎えなんて、珍しいな」
「先ほどまで、桔梗様がいらっしゃいましたので」
「もしかして」
「はい、沙羅さんのことですよ。小藤家には、桔梗様の疱瘡の痘痕をどうやって消したのかと問い合わせが殺到して、困っているそうです」
想定されたことではあったが、思った以上に小藤家で対応もできず、困っているとのことだった。
「だから早々に顔を見せて回るなと釘を刺したのに」
「葵宮家との縁談が復活してあと三月で華燭だろう? 母君はうれしくて仕方がないのだろう」
ふと、先程の茶の香りのことが思い出された。沙羅が連れ出した花梨は、毒の判別ができると言っていた。どこかで胡桃の出す薬草茶を手に入れて花梨に見てもらい、何もないことを確認するべきだろうと思ったが、黒松にはその手段が思いつかなかった。
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