水の妖怪7
読みに来てくださってありがとうございます。
「水の妖怪」は今日で終わり。
よろしくお願いいたします。
黒鉄隊の隊員たちが、沙羅の勝利を信じきれぬという顔でいる一方で、大河童は小河童たちに命じてルサールカを連れて来た。
「緑の髪の女性なんているんだ……」
隊員たちがザワザワとする中、沙羅はやつれ果てたルサールカの前に立ち、その手を取った。
『初めまして』
びくりと体を震わせたルサールカは、やはり人間には理解できない言語で「誰?」と問うた。
『鬼族の里がある世界から生贄としてこの世界に送り込まれた鬼です』
鬼、という言葉に、ルサールカはカタカタと震え、沙羅にとられた手を引き抜こうとした。だが、沙羅の馬鹿力により、ルサールカには引きはがすことなどできない(名誉のために言っておくが、沙羅は力を一切込めておらず、そっと握っているだけのつもりである)。
『元の世界に戻れないということは、河童たちに教えられたのよね?』
ルサールカは小さくうなずいた。
『あなたは、元居た世界で幸せだった?』
ルサールカは首を横に振った。
『それでも戻りたいの?』
「ここがどこかわからないし、どうやって生きていけばいいかわからないから、この世界が怖い。でも、水の世界(元の世界)に戻れても、私には居場所がないから……」
『あなたも私と同じね』
「え?」
初めてルサールカが正面から沙羅の顔を見た。
『私は鬼族の里で、無能の者として蔑まれ、できるだけ人目につかないように生きて来たわ。あなたもそうなのでしょう?』
「どうしても、ルサールカとしてのお仕事が好きになれなかったの。それを怠け者だと決めつけられて、つらかった」
『私は鬼族の沙羅。あなたの名前は?』
「カリンカよ」
『ねえ、カリンカ。あなたが嫌だったお仕事って、なあに?』
ルサールカの仕事は、畑の中を走り回って若い農夫を見繕い、川に引き寄せて引きずり込むのだとカリンカは言った。
『何のために若い農夫を川に引きずり込むの?』
「ルサールカは、川辺の事故で死んだ若い女の死霊なの。生きている人間をできるだけたくさん自分と同じ目に遭わせると、元の輪廻に戻れる。早くにルサールカとなった者から順番に戻れるらしくて、みんな一生懸命に男たちを川に引きずり込んだわ。引きずり込む男の数が少なければ少ないほど、ルサールカとして生き続けることになるから、男を引きずり込めって説明されたわ」
なるほど、と沙羅は思った。未練を持ったまま死んだ若い娘が誰にも供養されず、うちに閉じ込められていた男たちへの恨みつらみだけが川底に溜まって生まれたのが、カリンカの世界のルサールカなのだろう。
『だけど、あなたは男たちの命を奪わなかった』
「嫌だったの。川の水の冷たさも、息ができないあの苦しさも知っているからこそ、もう誰もあんな思いをしてほしくないってそう思ったら、どうしても引きずり込めなかった」
『カリンカ。あなたは、自分よりも他人の苦しみや痛みに寄り添える人なのね』
カリンカが、初めて認められたわ、と言った。小さな涙一滴、その頬に筋をつけて落ちていった。
『元の世界ではできなかったこと、その程度の力と言われた能力はない?』
「あるわ。私、毒のある植物とそうでない植物を匂いで判別できるのよ。まだ人間として生きていた時は、キノコのように毒の有無が分かりにくい物を区別したり、本来なら毒は持っていないはずなのに、何らかの事情で体内に毒を貯めてしまった魚を廃棄したりしていたわ。そんなの、ルサールカになったら何の役にも立たないって言われたけれど、毒検知の能力はルサールカになってもしっかり残っているわ」
『素晴らしい能力ね。ルサールカって、地上でも暮らせるのでしょう? それなら、里の皆のために働くこともできるし、わたしのように巫になって人々を助けることもできるわよ。あなたが毒を検知して食べないようにしてくれれば、私がわざわざ修復して毒を消す必要だってなくなって楽ができるわ』
カリンカが大きく目を見開いた。
「私、ここで生きていけるの?」
『ええ。元の世界にわざわざ戻ってやりたくもない仕事をさせられるくらいなら、ここで自分の力を発揮しながら生きてみない?』
「私、やるわ!」
『いいわね! 応援するわよ。あ、ただ、私が鬼族であることはここの人間には秘密ね』
「どうして?」
『鬼はね、殺すべきもの。討伐対象だから』
カリンカは「わかった」と真剣な表情で言うと、後ろにいた河童たちを振り返った。
「あなたたちが私を人間から守ろうとしてくれたことに、感謝しているわ。でも私は、ただ守られて生きていくのは嫌。自分にできることを精一杯やって生きていきます」
大河童が頷いた。その口が「頑張れよ」と言っているように、沙羅には見えた。
読んでくださってありがとうございました。
明日からは「妖狐」です。
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