水の妖怪6
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大河童は、黒松たちには理解できない……小河童と沙羅だけが理解できる言葉で怒鳴った。
「神は人の信仰心の強さによって、その姿と力の大きさが決まる。鬼であればその程度知っておろうが!」
水神として祀られていた過去を持つからこそ、下位の神よりも格下の妖怪である河童になり果てた己を認められないのだろう。大河童の怒りに、小河童たちまで騒ぎ始めた。
「もちろんです。だからこそ、どうして信仰心が弱まったのか、思い当たるところがないか伺いたいのです」
「知るか、そんなもの!」
大河童の咆哮と同時に、小河童たちが沙羅めがけてとびかかって来た。
「沙羅、下がれ!」
黒松が前に出ようとしたのを、沙羅は手で制し、二歩前に出た。
沙羅は確かに弱い……鬼の中では。だが、人間と比べればその力は決して弱くない。むしろ強い。
最初に大きく飛び上がって沙羅を襲おうとした小河童の足をつかむと、沙羅はそのままその小河童を振り回して他の小河童たちを払いのけた。跳ね飛ばされた小河童たちを見て、後ろにいた小河童たちは慌てて立ち止まった。
「オマエ、強イ!」
「強イ!」
沙羅に振り回されていた小河童に、沙羅は『角無しとは言え、私が鬼族。勝てると思うのか?』と伝えた。
「思ワナイ! 思エナイ!」
小河童をそのまま手放すと、遠心力で大河童の前に飛んでいった。すっかり伸びてしまったしまった小河童を見た大河童は、まっすぐ沙羅に向かって歩いてきた。海割のように小河童たちが道を空けるのを、沙羅はじっと見つめた。黒松たちは背後にいるので、彼らがどんな表情をして見ているのか、沙羅にはわからない。
沙羅の前にやって来た大河童は、傍に落ちていた木の枝を拾って沙羅の前に突き出した。
話をするつもりはあるのね。
沙羅は枝を握った。
「決闘を申し込む」
『私が勝ったら、ルサールカをここに連れて来て話をさせてください。そして、人間に対して悪さをしないように、あなた様がしっかり見張ってください』
「よかろう。儂が勝ったなら、この里は儂に寄越せ」
『私にはその権限がありません。負けるわけにはいきませんね』
「河童に堕ちたとはいえ、神を侮るな」
河童との勝負となれば、相撲に決まっている。采女装束の袴は馬乗袴と同じタイプでよかった。
「巫殿、やめなさい! 河童の力を侮るな!」
伊吹が飛び出したのを、黒松が後ろからとどめた。黒鉄隊の皆も、すぐそばまで来ている。
「大丈夫です。皆さんに迷惑はかけません」
黒松が頷いた。信じている、と無音で口が動いた。沙羅も頷いた。
沙羅は前を向いた。手と手で繋がらねば、言葉もつながらない。目の前に来た大河童が何か言ったようだが、わからない。力比べになってしまったのは上策ではなかったが、河童に堕ちた神とルサールカを助けられるのであればどんな手段だって使ってやる、と沙羅は覚悟を決めた。
小河童がするすると前に進み出て、沙羅と大河童の間に入った。いつの間にか朴の木の大きな葉っぱを手にしている。行司のつもりらしい。すましたその顔が憎めない。
小河童が、朴の木の葉っぱを持って腰を落とした。大河童も片手を地面に付く。沙羅も同様に手を付く用意をした。
「***********!」
小河童が何か言いながら朴の木の葉を振り上げると、大河童が攻め込んできた。全身で大河童を受け止めると、大河童が驚いたような顔をした。鬼族の女とはいえ、体格も人間とそれほど変わらず、何より能力が低いことを示す角無しなのである。止められるとは思わなかかったのだろう、一瞬ひるんだのを、沙羅は見逃さなかった。
がっぷりと組んだ姿から大河童の体を思い切り傾けると、一気に回転させてその背を地面に押し付けた。
一瞬、周囲がしんと静まり、次いで「おおーッ!」という雄叫びが上がった。河童の頭の皿にあった水は、体を斜めにした時にすっかりこぼれてしまっている。大河童はひっくり返った亀のように身動きも取れず、天を仰いでいる。
『私の勝ちよね?』
行司役の小河童にそっと触れて確認すると、小河童は一瞬びくりとし、次いで朴の木の葉を沙羅に向けて「勝者、沙羅!」と叫んだ。
『お約束を、果たしてくださいませ』
ひっくり返ったままの大河童の肩に手を置き、沙羅はそう告げた。
「お前、本当に角無しか?」
『ええ。鬼族と人間の間に生まれた子ですから』
「そうか、能力は鬼でありながら姿が人間だからこそ、お前は人間の中に紛れ、能力を隠して生きているのだな」
『はい。鬼族の里にいた時には、外出さえままならなかった私ですが、この世界に来たことで力を使えるようになりました』
「うらやましいのう」
大河童は天を仰いだまま、涙を浮かべた。
「かつては大竜神とまで言われた儂が、鬼族とはいえ、おなごに負けるとは」
『あなた様が女性を一段低く見ていることが女性たちに伝わってしまったから、進行が失われたのではありませんか』
「は?」
『女性は勘が鋭いのですよ。毎日必死になって家族を支えている妻よりも、ろくに働きもせずにぐうたらしている夫を優先したことはありませんか?』
「……ある」
『その妻は、どれほど偉大な竜神様であったとしても、信頼できないと思ったことでしょう。そして、母の思いは子に受け継がれます。代々積み重なった結果が、今の御姿なのではありませんか』
大河童は「そうだな」とつぶやいた。
「かつて、この川は大河だった。上流で稲作が始まり、水を引くために大きなため池が作られて水がそちらに流されるようになると、川としての規模が小さくなってしまった。儂は、それが許せなかった。川に来るのはおなごが多い。おなごを見下すことで鬱憤を晴らしていたのかもしれぬな」
『もう一度、信仰を集めるためには何をすればよいと思われますか』
大河童は仰向けのまま腕を組んだ。
「人を手伝う、のはどうだろうか」
『どんなふうに手伝うのですか?』
「お前には力が及ばなかったが、儂の力はそれなりに強い。力仕事ならできるだろう」
『よろしいのではないでしょうか。里の長に話を通しましょう。あなた様が神位を回復すれば、また人とも直接話せるようになるでしょう』
沙羅は大河童の腕を取って立ち上がらせた。
『では、もう一つのお約束。ルサールカをお連れください』
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