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ここにいても、いいですか?  作者: 香田紗季


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水の妖怪4

読みに来てくださってありがとうございます。

区切りの都合で、短めです。

よろしくお願いいたします。

 この世界の春の節分は、鬼族の里のある世界の秋の節分と重なり、暖気と冷気を交換する形で互いの季節を巡らせている。もしかしたら、夏の節分はルサールカのいる世界の秋の節分と重なり、あちらの世界から水を巡らせているのかもしれない。


 春の節分から温かくなるまでに時間差があるように、夏の節分からしばらくすると、雨の季節がやって来るのではないかと沙羅は考えた。


「その、『るさーるか』という妖怪は、話し合いに応じるだろうか?」

「やれるだけやってみます。河童という妖怪ともきちんと話をすべきでしょうね」

「河童とは毎年やりあっている。あいつらの対処法は、黒鉄隊なら全員知っている」

「ならば、交渉が決裂しても大丈夫ですね」


 母子の家を出た沙羅は、川の方向を見た。川が山の横腹の岩盤を深くえぐって大きく蛇行したあたりの水は、遠くから見ると深い緑色をしている。そのまま沙羅は川に近づいた。黒松が止めようとしたが、「待機してください」と沙羅は言った。


「交渉してみます。まずは接触しなければなりませんので、黒鉄隊の皆さんは一人だけ残して近からず遠からずという場所でお待ちください」

「一人残すのは?」

「交渉時には、何かを要求されることが多いでしょう? 連絡役が必要だと思うのです」

「ならば、自分が」


 名乗りを上げたのは、伊吹だった。


「副隊長に使いっ走りなどさせられません」

「構わない。お前の力を、傍で見てみたいから」

「それなら、私が」

「黒松様は指揮をとらねばなりません」


 ぐぬぬ、という音が聞こえてきそうな表情をした黒松は、だが沙羅に言われたとおりに下がった。


「沙羅のことを守ると約束しろ」

「黒松様らしくないですね。『任務を果たせ』ではなく『女性を守れ』というのは初めてなのでは?」

「何が言いたい?」

「いいです、今日の任務をまずは遂行しましょう」


 沙羅は伊吹と共に川岸に立った。透明度は高いはずだが流れが速いために荒く波立って水底は見えない。平瀬のあたりを見れば、「さらさら」という表現がぴったりと言えるほどの穏やかな流れとなって、小魚が泳いでいる様子さえ見える。


 さて、どうやって呼べばいいだろうか。


 沙羅は伊吹に「河童の好物は何か、御存知ですか?」と尋ねた。


「きゅうりだ」

「え?」


 思いがけないものの名前に、沙羅は思わず聞き直した。


「きゅうりだと、聞いている」

「あの、きゅうりですか?」

「おそらく同じものを想像しているはずだ」

「きゅうりですか……」


 沙羅は考えた。


(きゅうりかぁ。どこに行けば手に入るかな……って、時期的には少し早いけれど、さっきの里にきゅうりがあったじゃない!)


「伊吹様。里の人から、きゅうりを少し分けてもらえませんか?」

「……任務が夏で良かったな」

「河童が川にいるのは、春夏だけでしょう?」

「そうなのか?」

「秋冬は水が冷たいために、山に入ると聞いたことがありますが」

「好物のきゅうりは知らないのに、そんなことは知っているんだな」

「どうやら偏った知識しか持ち合わせていないようで」

「まったく、変わった奴だ」


 伊吹は隊員を一人呼ぶと、きゅうりを持ってくるようにと伝えた。呼ばれた隊員も「きゅうりですか」と何とも言えない微妙な表情をしながら、里人たちの方へと走っていった。


「で、どうするんだ?」

「河童は水の妖怪ですが、元は水神であったと言われています。元の水神に戻れば、河童は悪さをしなくなるかもしれません。ですから、まずはお供えをしてみようと」

「堕ちた水神なのか?」

「彼らに問題があったのか、信仰心が薄れたことで得られる力が弱まってしまったのか、そこは分かりません。河童もルサールカも、どうすれば人と共生できるのかを考えてみたいと思います」

「共生か。勝ち負けではないのか?」

「堕ちても神であったなら、河童を討伐することは神殺しになります」


 伊吹がはっとしたのを見て、沙羅は頷いた。


「神殺しは重い罪になるのでしょう? たとえ民を守るためとはいえ、黒鉄隊が神殺しになる必要はありませんし、それを強制するのもおかしい。もし上層部が今回の討伐対象は河童かもしれないと想定した上で討伐を命じたとすれば、黒鉄隊に神殺しの罪を着せ、神罰を受ける対象を黒鉄隊だけにさせようという意図を感じます」


 ばさり、と何かが落ちる音がした。振り返ると、先程の隊員が、竹笊ごときゅうりを落としていた。


「俺たちだけに、神罰を?」

「上層部が知っていればの話ですよ。少なくとも、伊吹様や黒松様は、河童が元は水神であったことを知りませんでした。もしかすると、上層部の方はそれを知らなかったのかもしれないでしょう? 推測は必要ですが、憶測だけで結論づけるのは早計です」

「はい……」


 隊員はきゅうりを拾い上げると、竹笊に入れて沙羅に差し出した。


「俺たちは、神殺しにはなりたくありません。どうか、巫様の力で河童たちを鎮めてください」

「最大限努力します」


 隊員を下げると、沙羅はきゅうりを一本手に取った。


「水神に物申す。供物奉らん」


 そう言ってから、淵の少し上流に向けてきゅうりを投げ込んだ。水の流れに従ってきゅうりが淵を通過しようとした時、すっときゅうりが沈んだ。隣から伊吹が息を飲む音が聞こえた。


「供物得たれば、御姿見えさせ給え」


 淵の水がぱっくりと割れた。中から、緑色の体に緑色の髪を持ち、頭に皿を戴いた大男と、同じような姿の小さな者たちがぞろぞろと姿を現した。


「河童だ……それもこんなにたくさん?」


 伊吹の声が、かすかに震えていた。


読んでくださってありがとうございました。

河童が私たちの知る河童の姿として定着するまでには様々な変遷があったわけですが、水の流れが制御できない恐ろしい物だった時代の水神は、ヤマタノオロチや竜神などの強力な神の姿をしていますが、堤防工事などの治水工事によって以前ほどの恐怖が亡くなったことで、水神を恐ろしく強力な神と考えなくなった結果、河童になったという考えもあるようです。

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