すれ違う
読みに来てくださってありがとうございます。
すみません、遅くなりました。更に短めです。
よろしくお願いいたします。
疱瘡……別名、天然痘。この秋津島には、文明の先進国である漢の国との交流が始まった後に確認されるようになった病気だ。漢の国からの使節団の一人が秋津島では未知の、そして漢の国の使節団に帯同していた医師が確認して顔を青くして倒れてしまったこの病気に罹患して死亡した後、瞬く間に広まっていった。
高熱と嘔吐が続き、それが引いたところで顔や手足に猛烈な痛みと熱を感じる発疹が浮かぶ。そのまま死んでしまう者が非常に多いが、生き延びた者も発疹の痕が陥没して瘢痕となり、いわゆる「剥きたて卵肌」とは程遠いものとなる。
疱瘡から生き延びた、生命力の強い人だと敢えて誇示するような人も称賛する人も少ない。気にしないと言う人もあれば不気味に思う人もいて、美醜を気にする人は深刻な悩みを抱えることになる。
疱瘡によって人生が変わってしまった人は相当数いるだろう。もしそんな人たちまで沙羅の妖力で治すことができるようになったなら、どれほど多くの人が救われるだろうか。
そう思うと、沙羅は試したことのない「病による傷痕の修復」を何とか成功させたいと思う。
「考えておいた方がいいことがある」
これから檜扇の姉が来ると言う日、黒松は「本家の人間である自分がいた方が、問題が起きた時に収束させられるだろうから」という理由でお社に来てくれた。姉たちの来訪を待つ間に、黒松がそう言いだした。
「考えておいた方がいいって、何を?」
「沙羅がこの治療に成功すれば、多くの人に感謝されるだろう。だが同時に、治療前の状態で甘い汁を吸った者たちには恨まれるだろうし、その力を取り込もうとする者も必ず出る。もっと言えば、王家に取り込まれる可能性だってある」
「王家って、お社の巫になれば神祇官の所属になって、それは陛下の庇護を受けることと同じだって言っていたのとは違うの?」
「王家が沙羅を、王族専用の巫にしてしまう可能性があるってことだよ」
王家など一部の人間のためにその力を使わせることを目的に、特別な巫を王族専用として宮殿に住まわせることがよくあるらしい。
優れた巫が王家の傍にあれば、王家は安心だろう。だが、多くの人々を救うべくその力を貸し与えたもうた神は、果たしてそれを是とするだろうか。沙羅にはそうは思えなかった。
「王家がその気になったら、もう逃れられないだろう。王家に否と答えれば反逆の罪を着せられる。死刑にしないかわりに奴婢(奴隷)に落とされ、結局王家に仕えることになるだけだ」
「え……それって、逃げ場はないということですか?」
「そう考えてもらって構わない。そうなる可能性を考えた上で、治せたとしても治せなかったとするのも一つの手だ」
「黒松様……できることをできないことにするということですか?」
「ああ、そうだ。王家から穏便に距離を取ろうとするなら、治せなかったことにする方がいいだろう」
「でも、それでは他の人も同じように治せなくなります」
「その通り。だからこそ、自由を奪われて一握りの人のためだけに沙羅の力を使うことが許せるのか、できるのに治せないものがある代わりに自由があり、広く様々な人々の治療をすることができる環境に居続けるか。巫の役割のことは別としても、どちらが沙羅自身の心に適うことなのか、きちんと考えるべきだ」
黒松は極めて冷静に話してくれた。感情論ではなかったことが、沙羅にはよかったのかもしれない。沙羅自身も冷静になれる。黒松という人物が誠実な人であることを改めて感じ、沙羅はこういう人たちと出会えたことに、心の中で感謝した。
「私は、黒松様がお示しになった二択以外を取りたいと思います」
「どうするんだ?」
「今日、檜扇さんの姉の方の痕が消せなかった場合は、問題ありませんよね。もし消せると分かったなら、やはり私は治して差し上げたい。秘密にしてほしいと言っても、その姉の方が突然外に出るようになればすぐに調べる人は出るでしょう。もし王家が私を召し上げようとしたならば、私はここを出ていこうと思います」
「待ってくれ、それは」
「そもそも私は、どうしても褒賞を渡したいという黒松様のお言葉があったからこそこちらのお社にお世話になりました。私に巫という仕事を与えてくださったことにも本当に感謝しています。ですが、私は元々、山奥で一人生きていくつもりだったのです。私を必要としてくださるのはうれしいことですが、そもそも存在を知られていなかったのです。ならば、私がいなくなれば元の状態に戻るだけ」
「そんなことを言うな!」
「もう一つあります」
沙羅は静かに黒松を制した。
「王族が私に治してほしいのなら、私の自由を認めるように要求します」
「か弱い女性が近衛たちに力づくで連れていかれたら」
「そんなことはあり得ません。私の力は、おそらく黒松様が思うよりも強いものですよ。それに、修復の力は自分にも使えます。傷つけられても即座に治して」
「ダメだ!」
黒松が唐突に立ち上がった。
「傷つけられることを当然のことにしないでくれ!」
「黒松様?」
沙羅ははっとした。黒松が狼狽えている。
「黒松様を傷つけるつもりはありませんでした。ごめんなさい。私のいた里では強くなければ生きていけませんでした。弱いことは悪だったんです。だから、引きこもりではあったけれども、生き残れるだけの強さはあるんです」
「そういうことじゃない、そういうことじゃないんだよ!」
黒松が何にいら立っているのか、沙羅にはわからない。
「沙羅、君はどうして自分自身のことを大切にしないんだ?」
沙羅の心に、その言葉は深く深く突き刺さった。
「そんなの、決まっているじゃありませんか。私自身が大切な存在ではないからです」
沙羅は微笑んで言った。黒松からどんなふうに見えるのかなど、全く考えていなかった。
「だから、大丈夫です」
「すまない、少し頭を冷やしてくる」
黒松は沙羅のその表情と言葉に頭を振り、そう言うと走って鳥居から出ていってしまった。
「もうじき、檜扇さんの姉の方が見えるのに」
沙羅にはまだ、黒松が何を言いたかったのかわからないままだ。
読んでくださってありがとうございました。
明日は診察です。
いいね・評価・ブックマークしていただけるとうれしいです!




