338 帝都陥落⑦操られる亡霊
ギュオンッ!!
「……悪くない」
キーを捻った瞬間、爆発じみた轟音が夜の空気を震わせた。
腹の底を直接殴りつけてくるような、暴力的な重低音。
皇帝から預かった装甲車。持ち主と同じく、凶暴で手に負えない鉄の獣だ。
ステアリングを握る両手に、骨まで痺れるアイドリングの振動が伝わってくる。
軽くアクセルを煽る。
ヴォンッ、ヴォオオオンッ!!
火薬が爆ぜたようなエキゾーストノートが、炎上する帝都へ響き渡った。
血が滾る。
男の脳みそを直接焼きにくるタイプの音だ。
「さて。派手にやらかすか」
ギアを叩き込む。
タイヤが石畳を削りながら悲鳴を上げ、装甲車は夜の街へ弾丸みたいに飛び出した。
「イェェェーイ!! なんなんすかこれぇぇ!!」
トビーが拳を突き上げて絶叫する。
ドゴッ!!
「あだぁっ!?」
勢い余ってフロントガラスに顔面から突っ込んだ。
「はしゃがないで!!」
即座にアリスの怒声が飛ぶ。
完全に保護者だ。
爆音を撒き散らしながら、装甲車は炎に染まる帝都を疾走する。
燃え上がる建物。
逃げ惑う人々。
石畳を覆う黒い煙。
まるで世界の終わりを、鋼鉄の塊で突っ切っているみたいだった。
「あれ!」
最初に異変へ気づいたのはアリスだった。
大通りが交差する十字路。
中央に、巨大な“肉の塊”が蠢いている。
無数の『抜け殻』たちが、何かに群がっていた。
「……装甲車か!?」
化け物どもの隙間から、鈍く光る鋼鉄のボディが見える。
フロントガラス越しに、運転席の顔まで確認できた。
「……グース!? ハリンツまで!?」
完全包囲。
四方八方を抜け殻に取りつかれ絶体絶命の状況。
それなのに、二人は満面の笑みでこっちに向かって手を振っていた。
しかも妙に可愛い感じで。
……なんなんだ、あの人たち。
「無視して通り過ぎよう」
真顔でアクセルを踏み込もうとした瞬間。
バシィンッ!!
後頭部に衝撃。
「気持ちはわかるけど助けなさい!!」
アリスが怒鳴る。
最近こいつ、完全に俺とトビーのお母ちゃんポジションになってないか?
「どうする?」
俺はトビーへ視線を向けた。
「エアカッター連打で吹っ飛ばすっす?」
「車もバラバラにならない?」
アリスが眉をひそめる。
「なるっす!」
「中の二人は?」
「なるっす!」
「却下」
即死判定だった。
「じゃあ隊長のビリビリで!」
「中の二人は?」
「……ビリビリ?」
「却下」
ひどい作戦会議だ。
ふと、前世の知識が頭をよぎった。
「……多分だけど、車内には影響ないはずだ」
アリスがジト目を向けてくる。
「ホントに?」
群がられている装甲車を見据える。
さすが皇帝の趣味だ。
前世で見た車とほぼ同じ、金属製の装甲で全体が覆われている。
外側へ雷を流せば、電気は表面を伝って地面へ逃げる。
中までは通らないはず。
たしか、ファラデーケージとかいうやつだ。
……たぶん。
そうこうしている間にも、抜け殻たちは車体へしがみつき、今にも横転させそうな勢いで揺さぶっている。
ガラスに押し付けられた無数の顔。
焦点の合わない濁った瞳が、獲物を喰らおうと不気味に揺れていた。
「一丁、試すか!」
俺は運転席のドアを蹴り開け、地面へ飛び降りる。
剣を石畳へ突き立てた。
「――《ヴォルト・クラッシュ改・サンダーロード》!!」
バチィィィィィンッ!!
莫大な雷撃が、大地を這う蒼い蛇みたいに駆け抜けた。
装甲車へ群がっていた抜け殻たちが、一斉に激しく痙攣する。
肉の焼ける臭い。青白い閃光。焦げた煙。
ドサ、ドサドサッ……!!
黒焦げになった化け物たちが、次々と崩れ落ちていく。
一部の個体は炭化しながらも、まだ車体へ手を伸ばそうとピクピク蠢いていた。
やがて露わになったフロントガラスの向こう。
グースとハリンツが、揃って目をまん丸にしている。
「乗れ! 早く!」
俺が後部ドアを開け放つと、二人は弾かれたように車を飛び出した。
焦げ臭い死体の山を蹴散らし、這うようにしてこっちの車内へ転がり込んでくる。
▽▽▽
「俺たちまで殺す気か!!」
ハッチが閉まるなり、グースが絶叫した。
「死んでないだろ? 車の中に雷撃は通らないんだよ」
「初耳なんだけど!?」
「……金属部分に触ってたら、まずかったかもしれんけど」
ボソッと小声で補足。
「なんて?」
グースの目が吊り上がった。
「うるさい! で、あんたらなんであんな事になってたのよ!」
アリスが怒鳴る。
「それだよそれ!」
グースが勢いよく顔を寄せる。
「近いわ!!」
バチンッ!!
小気味いい音を立ててはたかれた。理不尽極まりない。
「俺たち、シオンの聴取に来てたんだよ」
ハリンツが頭を掻きながら説明する。
「急に“軍部へ戻れ”って言われてさ。帝都が襲撃されるって」
「シオンが?」
「そう。抜け殻がいるから車で行った方がいいと助言までくれた」
「あいつ、どっち側なんだ……」
「二重スパイどころか三重スパイだろ、あれ」
意味がわからない。
「で、戻る途中で交差点に入った瞬間、四方八方から抜け殻が殺到したってわけ」腕を組み思い出すように語る。
「音立てなきゃやり過ごせると思ったんだけどな。真っ直ぐこっちへ来たんだよ。なんか……妙だった」
グースが眉をひそめる。
「意思があるっていうか……誰かに操られてるみたいな感じ?」
アリスが、小さく呟いた。
「……ドライアドね」
「サーシャか!」
アリスは静かに頷く。
「ドライアドは元々、精霊すら組織化して操る種族なの。抜け殻たちが妙に統率取れてる理由、多分それよ。ただ群れてるんじゃない。あれは明確な命令系統を持った『軍隊』だわ」
「つまり……操られてるのか」
「しかも、拠点を狙って動いてる可能性が高い。確実に包囲網を狭めてきてる」
空気が、一気に冷えた。
ただ暴れるだけの怪物じゃない。
指揮官がいる。
意思を持った軍隊として、この街を蹂躙している。
「……やばいな」
俺の呟きに、アリスが鋭く頷く。
「急ぎましょ! ホテルへ!」
「ああ!」
アクセルを踏み込む。
爆音を轟かせながら、装甲車は燃え盛る帝都の闇を再び駆け抜けた。
視線の先、ホテルのある方角。
黒煙の向こう側で、尋常ではないサイズの歪な大樹のシルエットが、夜空へ向かってゆっくりと伸びていくのが見えた。




