339 帝都陥落⑧ヒャッハー
【sideクラリス@宿泊ホテル】
「ツナグはシリルさんとアンちゃんを守って!」
「わかった! クラリスは?」
「私は大丈夫! 義兄さんが戻るまで、ここで防戦に徹するから!」
「……いい? なんかあったらすぐ言うんだよ。無理だと思ったら、すぐ逃げてね」
「うん。ありがと」
まるで親子みたいな会話だ。
見た目は私が母親で、ツナグが娘。
なのに中身は、完全に逆転している。
ツナグが心配性のお母さんで。
私が、無鉄砲な娘。
こんな状況なのに、ちょっとだけ笑いそうになった。
──でも。
今は、無理してでも踏ん張る時だよね。
一階のロビーは、完全に抜け殻どもに占拠されていた。
私たちは階段の上り口へ机や棚を積み上げ、即席のバリケードを築いている。
けれど、それも長くは持たない。
ミシッ、ミシッ……。
重みに耐えきれなくなった木材が、嫌な音を立て始めていた。
防戦と言っても、隊の前衛がごっそり抜けた状態だ。
頼みの綱は、私の『聖域防壁』とツナグの黒雷による浄化。
それに、ジンクスとゾルダのシールドバッシュだけ。
「ぐっ……!」
ジンクスが盾を押し込み、腐った腕を無理やり押し返す。
その隙間から、黒ずんだ指先がぬるりと伸び、ツナグの足首を掴もうとした。
「っ、うざい!」
バチィッ!!
黒雷が炸裂し、焼け焦げた肉の臭いが広がる。
それでも止まらない。
倒しても、倒しても。
濁流みたいに抜け殻どもが階段を埋め尽くしていく。
じりじりと。
確実に、押し込まれつつあった。
「隊長と連絡がついた! すぐ戻ってくるって!」
ホッジが駆け寄ってくる。
「それまでは耐えるしかないね……!」
彼は肩に掛けていた革ケースを乱暴に下ろし、中から長い筒に取っ手をつけたような無骨な武器を取り出した。
カルネオの街で、ドグア遺跡から溢れた魔獣を撃ち抜いた自慢の『魔銃』だ。
「こないだ、クラリスに聖水を作ってもらったろ?」
「王都を出る前に? あの樽一杯に作らされたやつ?」
思い出しただけで腕が痛い。
あの時は、いきなり大樽を持ってきた彼を張り倒そうかと思った。
「あれで仕込んだ特製の魔攻塗料が、こいつの弾には塗ってある」
こんな絶望的な状況だというのに。
ホッジは目を爛々と輝かせ、愛おしそうに銃身を撫でている。
義兄さん曰く、「あいつは魔道具オタク」だそうだ。
オタクって言葉の意味がわからず訊ねると、義兄さんはものすごく渋い顔をした。
『まあ、そうだな。愛好家? 凝り性? ……いや、偏執狂?』
『なんだか、褒めてないみたい』
『褒めてないよ! ただ、認めてはいるし、素直にスゲーとは思う』
あの時の義兄さんの言葉。
今なら、痛いほどよくわかる。
ホッジは嬉々として魔銃へゴツいパーツを組み込み、二股の台座を展開して階段へ据え付けた。
しかも、まだ足りないらしい。
「よしよしよし……回転機構オッケー、冷却ラインオッケー、弾帯接続オッケー……!」
なに、その危ない呪文みたいな確認。
彼は、よたよたと群がってくる抜け殻を盾で押し返していたジンクスとゾルダへ叫ぶ。
「二人とも! 今からこいつで一掃する! 一旦下がって!」
二人が慌ててバリケードの内側へ飛び込む。
その瞬間。
ホッジが、ゆっくりと引き金へ指をかけた。
なぜか、その一瞬だけ。
周囲の音が、すっと遠のいた気がした。
抜け殻どもの呻き声。
木材の軋み。
誰かの荒い呼吸。
全部が、止まる。
ホッジの口角が、ぐにゃりと吊り上がった。
「さてさて──」
彼は愛おしそうに銃身を撫でる。
「俺の愛銃が火を噴くぜ!」
黒い銃口が、目前まで迫った肉の壁へ向けられた。
ダダダダダダダダダダッ!!
真横に落雷したかのような轟音が、ホテル全体を揺らした。
ホッジが構える筒の先から、凄まじい閃光が連続して迸る。
迫り来ていた抜け殻たちの体が、次々とひしゃげた。
被弾した瞬間、肉塊が破裂する。
黒ずんだ腕が宙を舞い、砕けた頭蓋が壁へ叩きつけられ、腐った血飛沫がロビーいっぱいに撒き散らされた。
吹き飛ばされた抜け殻どもが、後続を巻き込みながら階段を転がり落ちていく。
「うっひゃー!! 聖水パワースゲー!!」
ホッジが歓声を上げる。
歓声というか、もう完全に悪役の笑い声だ。
「前までは魔力で弾を飛ばしてたんだけどさ! 帝国の火薬を分けてもらって弾底に練り込んで、ちょこっと魔改造したんだ! おかげで連射が可能になったぜ!」
火薬? 魔改造?
あんた、それ一体いつやったの!?
間違いない。
──ホッジは、正真正銘の『オタク』だ!!
彼が構える魔銃の側面には、帯状に連なった鈍色の鉄塊──弾帯が接続されていた。
轟音が響くたび、金属のベルトがガシャガシャと機関部へ飲み込まれていく。
そのたびに、空になった薬莢がチャリンチャリンと床へ撒き散らされた。
鉄と火薬の臭い。耳を殴るような連射音。焼けた肉の臭気。
まるで、戦場そのものがこの狭いホテルへ圧縮されたみたいだった。
「ヒャッハー!! 全部まとめて浄化してやるぜェェッ!!」
ホッジは銃口を右へ左へ振り回しながら絶叫する。
ダダダダダダダダダダッ!!
怒涛の弾幕。
群がってきた抜け殻どもは文字通り挽肉へ変わり、みるみるうちに階段が死骸で埋まっていく。
肉片が降る。血飛沫が舞う。
それでもホッジは止まらない。
「ハハハハハ!! すっげぇ!! 帝国火薬ヤベェ!! 回転機構も完璧だ!!」
「そこ喜ぶとこなの!?」
ツナグが半泣きで叫ぶ。
でも、たしかに凄かった。
たった一人で。
たった一挺で。
押し潰されかけていた戦線を、無理やり押し返している。
一応これでも、幸福の精霊フェリシアと契約した『聖女』だ。
本来なら、こんな凄惨な光景は直視できなくて当然なんだと思う。
肉が裂ける音。砕けた骨。血の臭い。
全部が、あまりにも惨たらしい。
でも。
憎むべきなのは、彼らじゃない。
こんな姿になるまで弄び、踏みにじった奴らだ。
だから私は、無理やり心を切り替える。
これは戦争なんだ。
──あなたたちの恨みは、絶対に私たちが晴らしてみせる。
心の中でそう誓い、強く唇を噛んだ。
じわりと滲んだ血の味が、舌に広がる。
ガラガラガラ……カチッ。
不意に、連射音が止んだ。
耳を支配していた轟音が消え、辺りに妙な静寂が落ちる。
硝煙だけが、ゆらゆらと漂っていた。
私たちが呆然とする中、ホッジが満足げに息を吐く。
「……ホウ」
その直後だった。
ゴゴゴゴゴゴ……。
腹の底を擦るような重低音。
何か巨大なものが、街そのものを引きずっているような振動が床を揺らした。
「……今度は何?」
ホッジへ視線を向ける。
彼も「俺じゃない」と言いたげに、ふるふると首を横へ振った。
直後。
上階で外を警戒していたアネモネの絶叫が、通信越しに飛び込んできた。
『やばいやばいやばいやばいやぱいやぴゃい!!』
完全に壊れてる。
後半、何言ってるのかわからない。
嫌な予感が、背筋を走った。
私は奥の部屋へ駆け込み、勢いよく窓を開け放つ。
息を呑んだ。
窓の外。
帝都の夜景が、ゆっくりと"緑"に侵食されていた。
建物の隙間を縫うように、無数の根が蠢いている。
石畳を砕き。街灯をへし折り。
まるで巨大な生き物みたいに、街そのものを呑み込んでいた。
その中心にあったのは──。
──大樹!?
天を衝くほど巨大な木の幹が、目の前に聳え立っていた。
その傍ら。
悍ましいほど美しい少女が、静かにこちらを見上げている。
ぞくり、と背筋が粟立った。
少女は真っ赤な唇をぺろりと舐め、艶然と微笑んだ。
「みーつけた」




