337 帝都陥落⑥光の騎士
【視点:カルア】
「遅刻よ!! ジェフリー!!」
怒鳴った、その瞬間。
広場を貫く光の柱が、弾けた。
──【光の奔流】
白銀の波が、爆ぜるように広がる。
視界が、真っ白に塗り潰される。
音が消え、熱すらも奪い去る、圧倒的な"消滅"の力。
私たちを完全に包囲していた数百の抜け殻たちが、断末魔すら上げられず、光に触れた端から塵となって消えていく。
広域殲滅。
その一点において、王国軍に彼と並ぶ者はいない。
我が第10番隊の"主砲"。
舞い落ちる光の粒子の中。
巨大な白い翼をふわりと畳み、その男は降り立った。
ジェフリー・ド・モンフォール。
伯爵家の嫡男にして、絵画から抜け出してきたような金髪碧眼の美丈夫。
本来なら、私ではなく彼が副隊長であるべき存在。
現実は、私がこの自由人の泥被りをしている。性格が致命的に終わっているからだ。
それでも。
窮地に立たされた時、これほど頼りになる男は他にいない。
……いつの間に『白い翼で降臨』なんて無駄な演出まで身につけたのかは知らないけど。
「やあやあ。知らない間に、こんな美人まで入隊してたなんて」
軽い。軽すぎる。
「なんで教えてくれなかったのさ、カルア」
「あら、それって私のことかしら?」
ジュリアが艶めいた仕草で身を寄せる。
「君以外にいる? カルアもラスクも、僕には意地悪だからね」
さらりとジュリアの髪を撫でる。
この地獄のような戦場で、息をするようにナンパ。頭がおかしい。
「ジェフ! 女口説く暇があるなら、とっとと残りを片付けるニャ!!」
あのラスクが、珍しく本気で怒鳴った。
当然だ。
奥からはまだ、抜け殻が湧き出している。
ザリウスも、健在だ。
「……おい。あいつは道化か何かか?」
背後で、ルールが呆然とする。
「今の状況を、まったく理解していないようだが……」
無理もない。
絶体絶命の死地に現れた"最強の助っ人"が、ひたすら女を口説いているのだから。
私は小さくため息をつき、肩をすくめた。
「悪いけど、あれが通常運転なの。……でも安心して」
剣を構え直し、ザリウスを見据える。
「あいつ、仕事だけは絶対に外さないから」
▽▽▽
「相変わらず、無駄に派手な演出だけは変わらないようだな」
無視され続けた苛立ちを声に滲ませ、ザリウスが低く唸った。
ジェフは、ゆっくりと振り返る。
「おかしなもんだな」
鼻で嗤う。
「俺の知ってる眼帯野郎は、あの地底湖のほとりで、ぐしゃぐしゃになって死んだはずなんだが?」
視線が交差する。
氷のような声で、言い放つ。
「お前、人間やめたな?」
一瞬の沈黙。
ザリウスが、弾けるように哄笑した。
「人間? そんなもの、とうの昔に見限ってやったわ!」
そう笑う奴の周囲を漂っていた光の粒子が、触れた端から『掻き消えて』いく。
──まるで、負の力の権化のように
崩れた顔面。ひくつく赤黒い肉。
笑うその姿も、おぞましいほど歪で醜悪だった。
その異形から私を庇うように、すっとジェフが一歩前に出る。
「カルア」
信じられないほど低い声。
ぞくり、と背筋が冷える。
「今の俺たちじゃ──あれは無理だ」
「……は?」
思わず、声が裏返る。
この男が、"無理"と言った?
「皆を連れて逃げろ。それだけ考えろ」
「ふざけないで、ルクスが向こうで戦ってるのよ! 置いてなんて行けない!」
「大丈夫だ。一緒に来た仲間が援護に入って、すでに撤退に動いてる」
一緒に来た仲間?
ジュリアの他にも、誰か来ているのか?
「もう一度、ルミナス・クレセンドを撃つ。それが合図だ。すぐに撤収しろ」
「ちょっと待って! あなたは──」
振り返ったジェフは。
いつもの、軽薄な笑みを浮かべていた。
「もちろん、俺も逃げるさ」
……嘘だ。
その笑顔の奥にあるものを、私は知っている。
でも──それでも。
この男は、笑う。
全部を軽くしてしまうみたいに。
──だからこそ、今の私では、彼の足かせなんだ。
「……みんな、逃げるわよ」
悔しさを押し殺し、小声で告げる。
「何を──!」
ルールだけが反発し、前に出ようとした。
私は無言で彼女を見つめる。
『今は、耐えて』。
その想いだけを込めて。
ルールは唇を噛み、視線を落とした。
「さあ。もう逃げる算段はついたかな? ……もっとも」
ザリウスが、ひどく楽しそうに口角を吊り上げる。
「逃がす気など、毛頭ないがね」
「逃がさない、だと?」
ジェフは光の騎士の象徴たる武器『ルクスレイブ』を、天高く掲げた。
「誰に向かって言ってんだ、このバケモノが」
ふと、思い出したように問いかける。
「なあ。その化け物の体、奴から貰ったのか?」
ザリウスの眉が、ピクリと動く。
「奴だよ。化け物の親玉──エリオット」




