336 帝都陥落⑤常習犯
【視点:コール】
「こっちはいい。あそこには黒色火薬と、徴収した『魔素の実』の保管所があるんだ」
「──は?」
一瞬、思考が止まる。
『魔素の実』。
ついこの間の出来事なのに、怒涛の展開に押し流されて、完全に頭から抜け落ちていた。
カレルの村で見た、あの違法植物。
魔力を無理やり膨れ上がらせる、危険極まりない劇薬。
帝都の貴族どもが、裏でこっそり回してる代物だ。
それだけじゃない。
――エクリプスの触媒。
(最悪のピースが揃ってやがる……)
背筋に、じわりと嫌な汗が滲む。
俺は通信機を引っ掴み、怒鳴った。
「ホッジ! 軍の基地がヤバい! そっちで動けるやつはいるか!?」
『隊長、それどころじゃないよ! 抜け殻たちがホテルに雪崩れ込んできてる! 今クラリスとジンクスが対応してるけど、数が……!』
「はぁ!? ホテルに抜け殻だと!?」
思わず声が裏返る。
「カルアたちは!?」
『通信機も持たずに飛び出した! ラスクとルクスも一緒! そのあとジュリアさんまで……たぶん軍施設の方!』
なんだこの最悪の噛み合い方は……。
アリスが忌々しげに舌打ちした。
「うちら、完全に狙われてるね。……まあ、シオンがいるなら当然か」
爪を噛むその横顔が妙に冷静で――逆に怖い。
「悪い。ホテルも襲撃されてる。俺たちは一旦戻る」
「仕方ないな」
皇帝は遠く、赤く染まる南の夜空を見つめた。
「主力を北海制圧に回した直後……そこを突いてきたか」
違う。
これは“作戦”なんて綺麗なもんじゃない。
――無差別攻撃。
気に入らないものを、片っ端から潰しにかかっている。
「うちの前衛がそっちに向かったらしい。間に合えば、好き勝手にはさせん」
そう言い残し、俺は踵を返した。
その背中に、声が飛ぶ。
「コール。コイツを使え」
振り返りざま。
放られた銀色を、反射で掴んだ。
装甲車のキー。
「死ぬなよ」
「冗談でしょ」
短く返す。
次の瞬間、俺たちは夜の街へ駆け出していた。
▽▽▽
【視点:カルア】
「……っ、しくじった」
走りながら耳元に触れ、舌打ちが漏れる。
ない。
通信機が、ない。
飲み会で外したまま――そのまま飛び出してきた。
最悪……!
「そっか、通信機がない! 戻りますか?」
並走するルクスも耳に手を当て顔をしかめる。
「仕方ない。とりあえず状況確認が先!」
「大丈夫ニャ! 叫べば聞こえるニャ!」
ラスクが前を走りながら、自信満々に親指を立てた。
……まあ、このメンツなら言葉は必要ない。
だけど。コールたちと繋がってないのは痛い。
嫌な予感が、じわじわと広がる。
その時。
視界の先に、城壁が浮かび上がった。
夜空を赤く染める、炎。
そして――人の波。
「なっ……」
押し寄せてくる。
ドレスを引き裂いて走る女。
半裸で絶叫する男。
歓楽街から逃げ出してきた客たちだ。
その流れを、無理やりかき分ける。
そして見えたのは――
「……正門、とはもう呼べないね」
瓦礫の山。
かつて門だったものの残骸。
その奥では、炎が渦を巻いている。
「これ、普通に燃えすぎじゃないですか……」
ルクスが引き気味に呟く。
「どうします?」
「……突入。慎重に」
「ですよね」
ラスクはもう、飛び込んでいた。
「ちょっとは待ちなさいよ!」
慌てて追う。
塀の中は――地獄だった。
爆発音。火柱。焼け焦げた臭い。
視界が、赤く揺れる。
なのに。
「……人が、いない?」
ルクスが呟く。
違和感。
さっきまでの人の流れが、嘘みたいに消えている。
「夜の軍施設って、こんなに人がいないの」
「違うニャ」
ラスクが鼻をひくつかせる。
「この匂い……」
指差した先。
燃え盛る官舎の、その向こう。
ぽっかりと空いた空間。
訓練用の広場だろう。
そこだけ――火がない。
まるで炎が避けているかのようだった。
赤黒い光に照らされ、無数の影がゆらゆらと揺れている。
「はぁ……またこれですか」
心底うんざりした顔。
ルーデリックで、嫌というほど見たあの悪夢。
……最悪。
引き返したい。正直、そう思う。
けど。「官舎に戻る」と帰っていったルールが心配だった。
「行くよ」
剣を抜く。
躊躇は、一瞬だけ。
次の瞬間には踏み込んでいた。
――炎の向こう側へ。
▽▽▽
両端を官舎に挟まれた広場。
その奥は、本来なら高い塀で閉ざされていたのだろう。
――だが今は違う。
中央が、無残に崩れ落ちている。
その奥の闇から。
ずるり、ずるりと。
抜け殻たちが這い出してくる。
まるで――奴らの巣穴にでもつながっているみたいに。
「……っ」
迎え撃つのは、深紅の軍服を纏った兵士たち。
だが明らかに押されている。
数が、違いすぎるのだ。
「ルクス! 彼らの援護を!」
「了解!」
ルクスは即座にバインドを展開しながら駆けて行く。
──ホント、ちょっと見ない間に逞しくなってる。
「カルア! こっちニャ!」
ラスクの声。
振り向くと――別の抜け殻の群れ。
その時。
聞き覚えのある声が響いた。
『跪け──【重力制圧】!!』
私とラスクはピタリと足を止める。
「……にゃ?」
何も、起きない。
嫌な予感。
「行くわよ!!」
声のした方へ飛び出す。
ラスクが、立ち塞がる抜け殻を張り飛ばしていく。
その先。膝をつき、震えるルールの姿があった。
すかさず腰のワイヤーに手を伸ばす。
──間に合え!
放たれた血のワイヤーが、抜け殻の手足を幾重にも絡め取る。
その奥。震えながらぎゅっと目を瞑る赤毛の少女へ、私は大音声で叫んだ。
「戦場で目をつぶるな! 立ちなさい、ルール!」
▽▽▽
立ち上がったルールへ予備の剣を渡す。
前方で嗤う男へ、鋭い視線を向けた。
「……生きてたのね」
「ご無沙汰してます、カルアさん」
ザリウス。
死んだはずの男が嗤っていた。
「なんで来ちゃったんですか? 敵国でしょう? 放っておけば勝手に崩れてくれたのに」
「あいにく、その敵国と縁ができちゃってね」
「それはそれは」
芝居がかった仕草。
その目だけが、笑っていない。
「でもまあ――この際、あなた達もまとめて切り刻んであげましょう」
ラスクが背中合わせに立ち、小声で呟く。
「さすがにこの数はヤバいニャ。撤退した方がいいニャ」
いつの間にか抜け殻達に囲まれていた。
完全に。
後ろも、横も、全部。
しかも増えている。今この瞬間も。
ルクスたちの姿すら、もう見えない。
「最短で出られるルートは?」
背後のルールに問う。
「正門しかない」
即答。
「重力で抑えられない?」
「無理だ。全部消される」
「……は?」
「【術式解体】だ」
チッ! それでさっき……。
「逃げるつもりですか?」
ザリウスが笑う。
「逃げても帰る場所なんてありませんよ。今頃、ホテルの方もこいつらに食い散らかされてますから」
ホテルが!
「もしかして、援軍でも来ると期待してました? 無理無理。ここの軍隊は今、北海戦線に向けて展開中で不在です。残っているのは、そこの赤の諜報団ぐらいです。失敗しましたねー」
ルールを見やる。
「ムカつくが、奴の言う通りだ」
ルールが悔しそうに唇を噛み、頷いた。
「さ! そこどいてもらえます? 最初にそこにいる虫を退治しなくちゃいけないんでね。お二人はそのあと、じっくり相手してあげますから」
周囲を見る。
いつの間にか、完全に抜け殻の群れに包囲されている。
「カルア。私が隙を作る。その間に逃げてくれ」
悲壮な覚悟を秘めた声。
振り返ると、ルールがにっこりと笑っていた。
「来てくれただけで十分だ。感謝してる。お前ら、いい奴だな」
彼女は私の肩を掴み、一歩前に出る。
「こんなとこで死ぬんじゃない。なんとでもして生き残れ!」
彼女は微笑み──
「後は頼んだ」
言い残し、私たちを庇うように剣を構える。
──冗談じゃない。
私は剣を収め、両手にワイヤーを繰り出す。
「ラスク! ホテルに行って皆のバックアップを!」
「そりゃ無理ニャ。今はちょっと手が離せんからニャー」
ラスクは両手のブリザードタロンをガチガチと鳴らす。
「なに言ってんだ! 二人とも逃げろ!」
ルールが叫ぶが、ラスクは遮る。
「仕方ないニャ。仲間を残して逃げても、ろくなことにならないってわかってるからニャー」
「ま、そうね。あんな思いは二度とごめんだわ」
「お前ら……」
静観していたザリウスが、やれやれとため息をつく。
「もういいです。じゃあいっぺんに食われちゃってください」
その言葉を合図に、抜け殻たちが一斉に動き出す。
──が。
バンッ!!
空間が弾け、群れが吹き飛んだ。
「せんぱーい。ピンチっぽいですねー?」
場違いなほど軽い声。
「ジュリア!」
現れたジュリアはザリウスを見据え、
「こいつ、生きてたんだ」
と、心底嫌そうに顔をしかめた。
「あーそうそう、さっきそこで、パイセンの知り合い拾ったの」
──知り合い?
頭上が、真昼のように白く染まった。
次の瞬間。
轟音。
広場の中央に、極太の光の柱が突き刺さる。
巻き起こる衝撃波。
私たちに群がろうとしていた抜け殻たちが、光に触れた端から消し飛んでいく。
舞い散る光の粒子。
その中心へ、ゆっくりと影が舞い降りた。
背中に広がる、巨大な白い翼。
闇を切り払う、白銀の剣。
「やあやあ、遅れちゃったけど。主役は遅れてくるもんだろ?」
呆れるほど呑気な、聞き慣れた声。
張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。
息を大きく吸い込み――私は夜空へ向かって怒鳴りつけた。
「遅刻よ!! ジェフリー!!」




