334 帝都陥落③蘇る亡霊
「さわんないでッ!!」
背後でアリスが悲鳴を上げた。
さっきの雷撃で黒焦げになっても、奴らはまだ動く。脇を駆け抜ける俺たちへ、執拗に焼け焦げた腕を伸ばして掴みかかろうとしてきた。
「うわキッモ……! あらよ、ホイホイ、ハイ邪魔ァ!」
先頭を走るトビーが、器用に抜け殻たちの間をすり抜けていく。
──いや、訂正。
器用にすり抜けてなんかいない。斬る。斬る。斬る。一直線。
避ける気ゼロ。進路上の“全部”を細切れにして進んでいる。
どー見ても俺たち、正義の味方というより殺戮を楽しむ極悪トリオだ。
「トビー! 無駄な殺生はよしなさいよ!」
「え?」
一瞬、トビーの動きが止まる。
次の瞬間──。
「……やっぱ全部処分してあげて!!」
「どっちっすか!?」
慌てた修正に、トビーが不平を漏らしながらも剣を振るう。
「ツナグかルクスが一緒なら、昇天させてあげられたかもだけど……私じゃね」
走りながら、アリスは自分の両手をグッパグッパと動かして見つめた。
「……私じゃ、無理」
ぽつり、と落ちたその声がやけに小さい。
アリスは、大精霊サンフェリスの欠片から生まれた存在だ。
本来なら、癒やしも、浄化も、できるはずの“側”の存在。
現実は違う。
彼女の手は──救うより、壊すほうが得意だ。
「無理するな。そもそも、お前のせいじゃないだろ」
俺が言うと、アリスは少しだけ視線を上げた。
「……そうなんだけどね」
彼女は唇を噛み、じっと自分の手を見つめている。
普段は引きこもりで、ダボダボのパーカーを着込んでいる彼女。とてもじゃないが、陽気で健康的なサンフェリスの分体とは思えない。
それでもこうして、誰かを救えないことに本気で心を痛める姿を見ると、やっぱりあの大精霊の血(?)を引いてるんだなと思う。
俺がニヤついた顔で見ているのに気付いたらしい。
「なによ」
不機嫌そうな声と同時、みぞおちに鋭いパンチが飛んできた。
グフッ。
──再度、訂正。
慈愛の精霊サンフェリスとは似ても似つかない、ただの凶暴なヒッキーだ。
「二人してじゃれてないで、急ぐっすよー!」
前方のトビーから野次が飛ぶ。
「「ジャレてないから!!」」
戦場のど真ん中で、俺とアリスの声が見事にハモった。
▽▽▽
ドンッ!
鈍い音が響き、トビーが「いってー」と肩をさすりながら後ずさる。
見上げるほど巨大な、王城の正門前。
こいつ、何のためらいもなく分厚い鉄扉に肩からアタックしやがった。
──いや、何やってんだコイツ。
「……お前、そんなんで開くと思ったのか?」
「ワンチャンいけるかなって」
「ないわ」
俺が呆れて口ごもると、背後からアリスの冷たい声が降ってきた。
「ほら、じゃれてないで。そこにあるでしょ、監視水晶」
アリスが指さす門の上部。彫刻の隙間に、薄く輝く水晶が埋め込まれていた。
「見てるかな?」
「たぶんね」
俺は水晶に向かって大きく手を振り、声を張り上げる。
「コールでーす!」
すかさずトビーが横に並び、満面の笑みで手を振る。
「トビーでーす!」
俺とトビーは、期待を込めた視線でアリスを振り返った。
「…………」
完全な無言。冷ややかなゴミを見るような目。
さすがヒッキー。ノリが悪い。
「えーと、前の抜け殻は退治しましたよ! 開けてくださーい!」
気を取り直して水晶に呼びかける。
少しの間のあと。
ギギギ……と重々しい音を立てて、巨大な扉がわずかに動いた。
といっても、人ひとりがやっとすり抜けられる程度の隙間だけだ。
そこから顔を覗かせたのは、以前も見かけたことのある門番だった。
「どもどもー。心配になって見に来たんですよ」
「抜け殻は!?」
「ぜーんぶやっつけました! まだちょっと蠢いてますけどね」
ハァーーー。
深々と安堵の息を吐き出す門番。
だがそれも束の間、彼は急に顔を強張らせ、俺たちを鋭く睨みつけた。
「……もしかして、あなた方、あの女とグルですか?」
──女?
「あいつですよ! 王国のスパイ!」
「スパイ?」
首を傾げる俺の横で、アリスが小声で耳打ちしてくる。
「シオンよ。あの子の手引きで、あたしらあそこに行ったの」
「あいつ生きてたのか!?」
驚く俺をよそに、門番は血相を変えてまくし立てる。
「あいつが此処に火を放ったんです! 地下牢に入れておいたはずなのに!」
「地下牢? なんでシオンが」
「あの子、北海研究所と通じてたみたい」
アリスが呆れたように補足する。
間髪入れず、門番が怒鳴った。
「あの女の仕業だ! あの変な術を使う女! あいつがスパイを逃がしたんだ!」
──言ってる意味が分からん。
「変な術って?」
「そこですよ! あの女が手を振ると、城壁の周りの木が、まるで意思を持った生き物みたいに動き出したんだ!」
いや、木だって元々生き物なんだが……。とりあえず頷いておく。
それに、俺はそんなふざけた真似をする奴に、一人だけ心当たりがあった。
「サーシャ……か?」
門番はブンブンと首を振る。
「名前なんか知るか! とにかく、あの女がスパイを連れ出して、火を放っていったんだ!」
──何やってんだよ、シオン。
それが、オリビアへのはなむけだとでも思ったのか?
「誰それ? 木を操るって」
今度はアリスが首を傾げる番だ。俺が事情を説明しようとした、その時。
「コール!」
聞き覚えのある声。
慌てて門番が扉を広く開ける。中から飛び出してきたのは、つい昨日まで一緒に行動していた、この国の皇帝だった。
「ここはいい! すぐに軍本部へ向かってくれ!」
なんで!?




