332 帝都陥落①発火
ガンガンガンガンガンッ!!
──いや、ノックじゃない。これはもう攻城戦だ。
鼓膜を殴りつけるような連打音で、俺は強制的に現実へと引きずり戻された。
ここは帝国でも指折りの高級ホテル。
ふかふかのベッド、上質なシーツ、静寂──のはずだった。
昨晩、帝都に帰還してそのまま泥のように眠りについた記憶まではある。
今はどうだ。
安眠? そんなものは粉々に砕け散っている。
「開けろぉぉぉ!! コール!!」
ドゴォンッ!!
……扉を破る気か。
半分眠ったまま、毛布を頭から被った。
聞こえない。俺は聞いてない。ここは天国だ。
「コーーールぅ……ご近所迷惑ニャ……開けにゃしゃい……ヒック」
アウト。
ラスクだ。完全に出来上がってる。
「いるのは分かってんだ! さっさと開けろ!!」
ドスの効いた声。
……カルアかよ。お前その声どこで覚えた。
「コール! 頼む! 重いんだって!!」
ジュリア。唯一の常識人の悲鳴が混じる。
──ダメだ。放置すると扉が死ぬ。
「……ちっ」
観念してベッドから這い出し、ふらつく足で扉へ向かった。
カチャリとノブを回す。
ゴォンッ!!!
「ぐぉっ!!?」
開けた瞬間、振り下ろされた拳が脳天に直撃した。
視界が白く弾ける。
星が散る。
人生が走馬灯しかける。
膝から崩れ落ちる俺の前に──地獄がいた。
「ニャハハハ! 直撃ニャー!!」
ラスク。満面の笑み。完全に酔っぱらい。
しかも背中にはルクスを背負っている。
「もぉ、のんめぇませんよぉ〜……えへへぇ……」
ルクスは夢の国に片足突っ込んだまま、幸せそうに笑っていた。
「ご、ごめん! ごめんなさい! 重くて! ほんとにごめん!!」
ジュリアは半泣きで謝りながら、必死に背中の荷物を支えようとしている。
──荷物じゃない。
そこには、完全にスイッチの切れた破壊神が乗っていた。
カルア。目が据わってる。焦点が迷子。
ジュリアがよろけた拍子に、カルアの振り下ろした拳が加速して俺に突き刺さったらしい。
体重+勢い+カルアの怪力。
──死ぬわ。
視線を奥へやると、廊下の柱の陰。
クラリスが半分だけ顔を出し、両手を合わせて無言で「ごめんなさい」と口パクしていた。
逃げるな。
いや、それより──。
「誰だよ!! こんなになるまでカルアに飲ませたのは!!」
「「「「皇帝でーす」」」」
全員が見事にハモった。
……あの人、国を運営していい人種じゃないだろ。
「あとで文句言う……絶対言ってやる……」
ズキズキ痛む頭を押さえながら、俺はよろよろ立ち上がる。
「とにかく中に入れ。他の客に殺される」
その瞬間。
「うるちゃい……っ」
バチィィィンッ!!!
「ぐはぁっ!!?」
カルアの拳が二発目を叩き込んできた。
俺の意識は、そのまま深い闇へと沈んでいった。
▽▽▽
──どれくらい、経っただろうか。
部屋の中はすっかり静まり返っていた。
クラリスが一人一人に水を飲ませ、『ホーリーヒーリング』で酔いを抜いて回った結果──全員、戦死した兵士のように眠りこけている。
ベッドの上ではカルアがぐっすりと寝息を立てていた。
その頭を、クラリスが膝枕で優しく支えている。
「……らしくないよね」
ぽつりと、クラリスが呟いた。
「勧められたからって、あんなになるまで飲むなんて」
その指先は、静かにカルアの髪を撫でている。
「義兄さんがいなくなって……みんな、不安だったんだよ」
静かな声だった。
「カルアさんなんて、『十番隊がなくなったらコールが帰ってこれない』って……ずっと無茶してた」
胸の奥が、きしむ。
俺はベッドの横に腰を下ろした。
眠るカルアの顔は、さっきの鬼とは別人みたいに穏やかで──どこか、幼かった。
「……悪かった」
思わず、そんな言葉がこぼれる。
すると、寝ているはずのカルアの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
見られている気がして、俺は苦笑する。
「ふがいない兄貴で悪いな」
クラリスの頭に軽く手を置く。
「……バカアニキ」
そっぽを向きながらも、返ってきた声は柔らかかった。
仲間の寝息が重なる。
静かな夜。時計の針の音だけが、やけに大きく響いていた。
俺は小さく息を吐き出す。
──平和だ。
そう、思った。
グワンッッ!!!
世界を殴りつけるような爆音が、夜を貫いた。
空気が歪む。
ズンッ……!!
腹の底を這い上がるような重い衝撃が、遅れて押し寄せてきた。
「……なに、今の」
クラリスの手が、ぴたりと止まった。
俺は反射的に窓へ走り、カーテンを勢いよく引き開けた。
夜の帝都が、赤く染まっていた。
窓を押し開け、ベランダへ飛び出す。
焦げた匂いが、風に乗って流れ込んでくる。
遠く、南の夜空。
真っ暗なはずの空間を、猛々しい炎が焼き尽くしていた。
ただの火事じゃない。
ドンッ! ドンッ!
炎の中で、連続して爆発が起きている。
遅れて聞こえてくる悲鳴。
地上では人の流れが影のように逃げ惑い、建物の一部が崩れ落ちるのが見えた。
「なんだ……あれは……」
呆然と呟いた瞬間。
「コール!!」
隣のベランダ。
アリス、ツナグ、アネモネに、シリルも立っていた。
シリルの顔は血の気を失っている。
「あっちは……軍の施設です」
震える声。
「火薬庫が……あったはず……」
「事故か?」
俺が言った瞬間。
──ドォォォォンッ!!!
今までとは桁違いの爆発が、夜を引き裂いた。
衝撃波が空気を押し潰し、ガラスがビリビリと震える。
炎が、さらに広がる。
広がりすぎている。
これは偶然なんかじゃない。
そのとき。
アリスが、ゆっくりと別の方向へ視線を向けた。
「……違う」
地を這うような低い声。
「これ──"始まってる"」
彼女の視線の先。
軍施設とは逆方向、帝都の中心。
夜の闇を力任せに押し退けるように、もう一つの巨大な炎が立ち上がっていた。
黒煙を吐き出しながら燃え上がるそれは──帝都の象徴。
『シンバス城』。
誰の目にも明らかだった。
これは事故じゃない。
帝都が、燃えている。




