331 私だって女子だし!
「……まったく、わからんな」
ぽつりと漏れたルールの呟きに、クラリスが首を傾げる。
「何がわからないんですか?」
ことり、とグラスが置かれ、トクトクとエールが注がれる。
「お前たちの“組織”についてだ」
「組織ってニャ?」
ラスクが骨付き肉にかぶりついたまま首をかしげた。
「食べるか話すか、どっちかにしてください」
ルクスが即座に釘を刺す。
「それだよ、それ」
ルールは二人を交互に指差した。
「こんなんでも、こっちはこっちの上官だろ? その態度ってマズくないか?」
正論。だが──。
「『こんなん』って言われたニャ」
「言われましたね」
当人たちは顔を見合わせて、きょとん。
一ミリも響いていない。
「それにだ。そこの特級魔術師!」
ルールの指先がジュリアへ向く。
「なによ」
ジュリアは視線だけをよこし、手は止めない。カルアの脇の瓶へ勝手に腕を伸ばし、自分のグラスをなみなみと満たす。
「それだ、それ! 大大先輩で上官のこいつにその態度ってあるか!?」
思わず声が荒くなるルール。
すると。
「『こいつ』って失礼ね」
カルアがむっと頬を膨らませた。
「怒るとこ、そこなんだ!? ちっさ!」
ジュリアが腹を抱えて笑う。
──噛み合わない。
どこにも引っかからない、ぬかるみのような会話。
……なんなんだ、こいつら。
ルールの内心だけが、じわじわと疲弊していく。
「それはな、こいつらのリーダーが変わってるからだよ」
不意に。
よく通る声が、隣のテーブルから滑り込んできた。
全員が一斉に振り向く。
そこで楽しげに料理を頬張っていたのは、ひとりの壮麗な女性。
「「「「「皇帝!?」」」」」
「こらバカ! 大声上げるな!」
女性──皇帝は慌てて唇に人差し指を当て、大げさに「シーッ」とジェスチャーする。
「いやいや、何してるんですか!?」
ルールの目が見開かれる。
「食事だよ」
「食事って、ここで!?」
「だって『女子会する!』って、そこのネコ娘が出ていくのを見かけてね」
悪びれもせず、ラスクを指差す。
「いやいやいや、本当に何しに来てるんですか!?」
「私だって、女子だし」
ピタリ。
場が凍る。
意味の分からない沈黙。
そして──。
「「「「「えええええええええっ!?」」」」」
さっきよりデカい絶叫が、夜の食堂に響き渡った。
「それはニャい」
ラスク、容赦なし。
「ルール! こいつを不敬罪で逮捕しろ!」
「申し訳ありません、今はプライベートですので」
「フン、融通の利かん奴だ」
「融通で逮捕するニャ!」
混沌が加速する。もはや収拾はつかない。
「で、さっきの話。リーダーって、コール隊長のことですか?」
ルールが無理やり軌道修正する。
「ほう。興味あるか?」
皇帝が面白そうに口角を上げた。
「ま、無下にすると不敬罪で捕まりそうなので」
「お前なー」
呆れつつも、皇帝はどこか楽しそうだ。テーブルに割り込み、当然のように手酌でエールを注ぐ。
「実はな。こいつらのリーダーと私は同郷でな。向こうには規律ガチガチの組織もあれば、そうでないものもある。並列型組織、ってやつだな」
「並列型……なるほど。要するに、上官の威厳ゼロの『ただの仲良し集団』ってことですか」
「アハハハ! 違いねぇ!」
皇帝が膝を叩いて大笑いする。
なぜか、言われた当人のコール隊の奴らまで一緒に大笑いしている。
「笑い事じゃないですよ……。ってことは、コール隊長は帝国出身なんですか?」
ルールの問いに、皇帝はグラスを軽く揺らす。
「いやいや。帝国ができる、ずーっと前だよ」
「それって……王国を追われてきたって、前の?」
「ま、そんなところだ」
軽い口調。
──前世、か。
カルアは、静かにグラスを持ち直した。
「もしかして、陛下も……?」
カルアの呟きに、皇帝がわずかに目を見張る。
「なんだ。知っているのか」
「ええ。私だけじゃなくて、隊のみんな、知ってます。本人が話してくれましたから」
ほう、と皇帝が息を吐く。
一方で──。
「……?」
ルールは完全に置いていかれていた。
ジュリアも同様に、わずかに眉をひそめる。
その“知らない側”の反応が、妙に可笑しくて。
カルアはくすり、と笑う。
「コール隊の、機密情報です」
「なにそれ! 私、知らないんだけど!」
「あなたはコール隊じゃないからよ」
ぴしゃり。
カルアがそっぽを向く。
小さな火花が散った後。
ふいに、空気が変わった。
「ところで──お前ら。この先のこと、覚悟はできているのか?」
皇帝の声が、低く落ちる。
テーブルに腕を組み、全員を見渡す視線から、さっきまでの軽さが完全に消え去っていた。
「ええ。一応は」
カルアが静かに答える。
「本当に、王国に戻れなくなるかもしれないぞ」
その一言で。
さっきまでの喧騒が、嘘みたいに消えた。
静寂。
食堂のざわめきさえ、遠くに引いていく。
「抜けるなら、まだ間に合う。今ならまだ、王国に情報は流れていない」
皇帝はグラスを見つめたまま、言葉を落とす。
「望むなら、こちらに籍を用意してやってもいいが?」
それは破格の救いであり、同時に。
帝国最高権力者からの、選別だった。
ルールの表情が強張る。
だが。
カルアは、一瞬も迷わなかった。
「お気遣い、ありがとうございます」
まっすぐに、皇帝を見返して。
「でも、大丈夫です。軍団長には、『コールを連れ帰る』と……きちんと説明してありますから」
声は柔らかく、芯は強い。
帰る場所を、選ぶ覚悟。
その揺るぎない眼差しは──静かで、美しかった。




