328 混戦
【視点:コール】
……しぶとすぎるだろ。
二発目の雷撃――俺の最大火力を叩き込んだはずだ。
それでもなお、巨人はゆっくりと起き上がる。
まるで「まだ足りない」とでも言いたげに。
「コール!!」
声に振り向く。
すり鉢状の斜面を、土煙を蹴散らしながら駆け下りてくる影。
ジュリアだ。
「兄貴ったらさ! 誰もいないとこで無駄に安全運転とか、意味わかんないんだけど!」
文句を吐きながら、両手で膝に手をついて肩で息をする。
……いや、全力疾走してきたお前の問題だろ。
「で、あれが例の“大物”ってやつね」
ジュリアは巨体を見上げる。
「……もしかして、あれ?」
「ジュリア遅いニャ! 帰ったらボノラッテおごるニャ!」
「なにその微妙すぎる罰ゲーム!?」
ラスクの理不尽な要求に、即ツッコミ。
この戦場に似つかわしくない温度差。
悪くない。むしろ、ちょっと落ち着く。
「それで……あそこで副隊長と楽しそうにやってるのが、例のカルアさんね」
ジュリアの視線の先。
血のワイヤーを舞わせるカルアと、重力を操るルールの姿があった。
気になったのは、そこじゃない。
「……知ってるのか?」
「有名よ、あの人。帝国の特認機動隊の副隊長でしょ?」
さらっと返ってきた答えに、少し驚く。
「『裏切りのルール』って二つ名まであるくらいだし」
裏切り?
「昔、帝国の要人を裏切ったって罪で、長いこと監獄送りだったの」
「……へぇ」
思わず、口元が緩む。
「いい奴じゃないか」
「……あんた、やっぱりそういうの好きよね」
ジト目。容赦ゼロ。
「そのツナグって子も、ずっと連れ回してるし」
「違うっての。あいつは俺たちよりずっと――」
「危ないっす!!」
トビーの叫びが、空気を裂いた。
見上げる。
巨人が、丸太のような腕を振り上げていた。
来る!
俺は即座に腰を落とす。
ジュリアは、動かない。
銀のロッドを、まっすぐに掲げる。
「――『ウィンド・ウォール』!!」
風が、壁になる。
振り下ろされた巨腕が、滑るように逸れた。
ドスゥンッ!!
地面が抉れ、土砂が爆ぜる。
「帝国の魔術、なめんなっての!」
そのままロッドを振り抜く。
風が刃となって飛ぶ。
ザシュッ!!
分厚い肉を抉り、巨体がよろめいた。
いい一撃だ。
その足元に。
ひょこっ、と。
グースが現れた。
……おい。
よりによって、今そこかよ!?
巨人の体が、後ろに傾く。
このまま倒れれば――潰れる。
「やばッ!」
ジュリアの声が跳ねた、その瞬間。
「――『反重力』」
凛とした声が、戦場を切り裂く。
ズンッ。
下から持ち上げるような不可視の力。
倒れかけた巨人の体が、不自然に浮き上がり――強引に姿勢を立て直した。
「あんたらさ。戦場で雑談とか、ちょっと気ぃ抜きすぎじゃない?」
背後からの、呆れた声。
振り返る。
ルールと、カルアだ。
「……そっちのお嬢さんは?」
カルアの声は冷たい。
言葉より先に、明確な『殺気』が届く。
思わず一歩下がる。
ジュリアは違った。
ずい、と前に出る。
「はじめまして、副隊長! 先日コール隊に入隊しました、新人のジュリアでーす!」
「……新人?」
カルアの片眉が、ピクリと上がる。
「へぇ。新人。……ずいぶん楽しそうね?」
「楽しくなきゃやってられませんから!」
即答。
なんだこの会話。
「あれ? みんなどうしたの?」
空気を読まない声。
ひょこっと顔を出すグース。
さっきまで死にかけてた男とは思えない。
……お前、本当にタイミングおかしいだろ。
心の中でツッコミを入れた、その瞬間。
風が――止まった。
ざわめきが消える。
戦場に、不自然な静寂が落ちた。
聞こえるのは。
ぐちゃり。
ぐちゃり、と。
巨人の肉が蠢く音だけ。
……違う。
さっきまでの再生じゃない。
膨れている。内側から。
まるで――“別の何か”が、生まれようとしているみたいに。
「……下がれ」
低く、地を這うような声。
ルールの声音から、余裕も軽口も完全に消えていた。
「あれは――もう“別物”だ」
カルアも何も言わず、血のワイヤーをピンと張り詰める。
構えが変わる。
未知の敵を前にしたときの、顔だ。
獲物じゃない。“災害”を相手にする時の顔。
直後。
ズルリ、と。
焼け焦げた肉が、脱ぎ捨てられる。
重く、粘ついた音を立てながら、外殻が地面へと滑り落ちた。
中から現れたものは。
もう、“さっきまでの巨人”じゃなかった。
鋼を編み込んだような、異様な密度の赤黒い筋肉。
骨格が歪み、再構築される。
顔が、前へとせり出す。
裂けた口。沈んだ眼窩。
爬虫類めいた、冷たく狡猾な貌。
「進化……してる?」
思わず漏れた俺の声に。
『進化じゃないわ。環境に“適応”してるのよ!』
通信機越しに、アリスの声が鋭く突き刺さる。
ギチ、ギチ、と。
骨が軋む音を響かせながら、巨人がゆっくりと顔を上げた。
その視線は。
俺たちを、見ていない。
真っ直ぐに。もっと後ろ。
祈るように膝をつくルクスとツナグ。
その前に立ち、緑の防御結界を展開するアリス。
あそこを、見ている。
視線が、“吸い付いている”。
嫌な予感が、背中を走った。
精霊の気配に、反応してるのか……!?
「あいつらのとこに行かせるなッ!!」
俺は叫び、空気が弾ける。
トビーが後退しながら、鋭利な風刃を連射。
足元へ潜り込んだラスクが、渾身の爪を叩き込む。
ガィィィンッ!!
金属を叩いたような硬質な音。
ラスクの身体が弾かれ、宙を舞う。
「にゃあっ!? 肉が削げないニャ! あいつ、“学習”してるニャ!」
「なんなのよあいつ!」
ジュリアが叫びながら風撃を叩き込む。
効いていない。
まるで、そよ風でも浴びているかのように。
巨人は止まらない。
ただ一直線に。ゆっくりと。確実に。
ルクスたちへ向かって、歩き出す。
「足止めしろ! 関節を狙え!」
ルールの指示が飛ぶ。
真紅の隊服を纏ったハリンツ隊が一斉に群がる。
魔法、斬撃、連撃。
それでも、傷ひとつ、つかない。
鬱陶しそうに腕を振るうだけで、隊員たちが次々と弾き飛ばされる。
進む。
ただ、それだけのために。
「ふざけんな……!」
俺は歯を食いしばり、立ち上がる。
もう一発、雷を叩き込む。
踏み込んだ瞬間。
膝が、崩れた。
限界だった。
無様に地面に叩きつけられる。
くそ……動け……!
視線の先。
ルクスの結界まで、あと数歩。
なのに、遠い。届かない。
そのとき。
『精霊ドモ……ゼンブ、クウ』
空気が、震えた。
ぐにゃり、と巨人の口が歪む。
漏れ出す息に混じる、かすれた音。
言葉。
……しゃべった……?
背筋が、凍る。
ただの怪物じゃない。
“理解している”。狙っている。選んでいる。
圧倒的な絶望が、喉を締めつけた。
その瞬間。
『あー、あー。テステス。聞こえるかー?』
場違いなほど軽い声が、拡声魔法のノイズと共に戦場をぶった斬った。
『今からド派手なの一発いくぞー。巻き込まれても知らんからな。全員、そこどけ!』
は?
反射的に振り向く。
遥か後方の高台。
砲台の脇で腕を組み、ニヤリと笑う男。
帝国の皇帝。
最高に悪い顔だった。
「それ! 撃ち続けろ!」
「了解だーよ!」
号令と同時に。
火が、咲いた。
ドズドゴォォォォォンッ!!!
重低音が、空気を叩き潰す。
閃光が夜を裂き、世界を灼き払う。
オレンジ色の爆炎が、すべてを飲み込んだ。
怪物も。
絶望も。
まとめて、焼き尽くすように。




