326 反撃の狼煙
【視点:グリッド帝国、初代皇帝】
装甲車を砲台の脇へ乱暴に滑り込ませ、ドアを蹴破るように開けて地面へ飛び降りた──その瞬間だった。
ドゴォォォォンッ!!
腹の底を殴りつけるような重低音が、大気そのものを震わせる。
思わず振り返る。
遥か山腹──夜の帳を強引に引き裂くように、白き雷光が弾けていた。
一瞬、闇が昼に塗り替えられるほどの輝き。
「ふふっ……」
自然と、頬が緩む。
「やつら……始めたな」
胸の奥で、静かに火が灯る。
私はそのまま歩き出し、砲台の影で息を整えていた特認機動隊──ハリンツ部隊の元へ向かった。
「お前ら、よく踏ん張ったな。……だが」
わざと一拍、間を置く。
「まだ終わってないぞ」
その一言で、場の空気が一変した。
疲労に沈んでいた隊員たちの目が、一斉にこちらを向く。
「へ、陛下!? なんでこんなところに! 危ないですよ!」
大柄な男──ハリンツが、巨体を縮めるようにして慌てふためく。
私はそれを鼻で笑い飛ばした。
「何を言う。この程度で怯んでどうする。この先に控えているのは──『北海研究所』。本当の戦争はそこからだ」
空気がさらに張り詰める。
視線を横へ流すと、そこには不敵な笑みを浮かべる少女がいた。
「……そうだろう? ルール」
小柄な副隊長は、じろりと私を睨み返してきた。
「当然です。本番はこれからですよ」
「その割には、随分と消耗しているように見えるが?」
「ちょっと休憩してただけです。……手応えがなさすぎて、退屈してただけですよ」
強がりに似た不遜な言葉。
だが、その目は全く死んでいない。
「いい顔だ」
私は小さく笑い、再び戦場へと視線を投げた。
「あっちは、もう踊り始めているぞ」
──濃紺の隊服。
あの異国の部隊が、縦横無尽に巨人へと牙を剥いていた。
轟く雷鳴。
宙を舞う小さな影。
赤く染まる血の刃。
風が唸り、光が守り、命がぶつかり合う。
まるで戦場そのものが、彼らを中心に回っているかのようだ。
「チッ……!」
ルールが盛大な舌打ちを叩きつけた。
「おい! てめぇらァ! 休憩は終わりだ!」
迷いなく剣を引き抜く。
「あのバケモン、仕留めに行くぞ! 異国の連中に遅れをとるんじゃねぇ! 死んでも負けんな!!」
言い終わる前に、彼女はもう走り出していた。
その背を、ハリンツたちが地響きのような雄叫びを上げて追う。
「死ぬんじゃないぞ!」
私が声を投げると──。
「死ぬわけねーっすよ!!」
振り返りもせず、威勢のいい笑い声だけが返ってきた。
愛すべき私の子供たち。
願わくば、あの者たちへ栄光の道を。
私は心の底から、そう祈った。
▽▽▽
【視点:コール】
「あいつ……大きさは違いますが、『裏返り』ですよね」
ルクスの低い声が、戦場の喧騒に沈む。
「だろうな」
俺は短く答えた。
「あんな再生、まともな生き物のすることじゃない」
視界の先──。
巨人が、悲鳴のような咆哮を上げる。
千切れた肉片が、意思を持つように蠢き、ずるり、ずるりと本体へと引き寄せられていく。
崩れた輪郭が、歪みながら再構築される。
膨れ上がる。
さらに、さらに──肥大する。
……気持ち悪い、なんて言葉じゃ足りない。
生理的嫌悪が、喉の奥を掻きむしる。
「なにそれ? 初耳なんだけど」
カルアが眉をひそめる。
「“抜け殻”の発展型ニャ。切っても切っても、ベタベタくっついて元通りニャ」
「うわ、それ最悪じゃないっすか……」
ラスクの雑な説明でも、トビーには十分すぎたらしい。
顔が引きつっている。
「隊長」
ルクスが、まっすぐ俺を見る。
「やっぱり……ルーシャルの力が必要です」
「だな」
即答する。
『ルーシャル・コード』──命の循環か。
だが──。
精霊との“合わせ技”は、綱渡りだ。
一歩踏み外せば、その瞬間に全員が肉片になる。
その間にも、巨人は俺たちを無視するように、帝国軍の砲台陣地へと歩き始めた。
『隊長! 聞こえますか!?』
カルアが通信機を押しつけてくる。
「何が見える、ホッジ」
『奴がまた動き出しました! どうも、さっきぶつかった鉄の塊にご立腹みたいで!』
「……皇帝の車か」
『あれ、あとで見せてもらえます!?』
「生きてたらな」
『よっしゃあ!!』
……こいつ、本当に図太いな。
「ルクス」
俺は視線を戻す。
「発動まで、どれくらいだ」
「……わかりません」
ルクスは短く首を振る。
だが、顔を上げた彼女の瞳に、もう迷いはなかった。
「でも──必ず、やります」
ツナグが、その手をぎゅっと握る。
「ルクス。私の力も使って」
淡い光が、二人の間で脈打つ。
──いける。
こいつらなら、やれる。
俺は息を吐き、剣を正眼に構えた。
「守りは終わりだ」
低く、告げる。
「ここからは──殲滅だ」
空気が、凍りつく。
「全員、殲滅シークエンスに入る!」
皆の顔つきが変わる。
「ラスク、トビー! 高速交互連撃で再生を阻害しろ! 修復速度を上回れ! 一秒も止まるな!」
「了解っす!」
「やったるニャ!」
「アリス! 二人に多層障壁を固定! 衝撃減衰率、最大!」
「任せなさい!」
緑の魔力が幾重にも重なり、二人に張り付く。
「クラリス!光を! 視界確保! “三節周期”で回復を回せ! 魔力枯渇は俺が支える!」
「わかった!」
「ジンクス! 影で後衛をカバー。死角からの触手、全部叩き落とせ!」
無言の頷き。
──いい。
全員の動きが、噛み合っていく。
歯車が、完全に回り始めた。
「ねえ、私は?」
カルアが不満げに口を尖らせる。
「あれだけ血を使って、まだ動けるのか?」
そう言った──直後。
ドゴッ!!
肩に、容赦のない一撃。
「ブラッディ・カルアをなめんな!」
睨み返してくる。
「うわ、自分で言った!?」
「うるさい!」
トビーのツッコミを一蹴。
……元気ならいい。
「じゃあ、俺のフォローを頼む。リミッターは外す──叩き込むぞ」
「任せなさい。ちゃんと手綱を握ってあげる」
挑戦的な笑み。
「……頼む」
軽口を残し、前を見る。
巨人は完全に再生して、咆哮を轟かせていた。
なら──まとめて消し飛ばす。
「いくぞ」
俺は剣を地面に突き立て、目を閉じた。
──ドクン。
心臓が、やけに大きく鳴る。
「エレクトリック・スピリット……」
魔力を、大地へ流す。
脈動が広がる。
地面を伝い、世界と繋がる。
「親愛なる友よ──」
呼ぶ。
深く。
強く。
「──今こそ、力を貸せ!!」
その瞬間。
世界が、息を止めた。
黒雲が渦巻く。
空を侵食するように、覆い尽くしていく。
星が、ひとつ、またひとつと呑まれていく。
──静寂。
すべての音が消える。
その底から。
ゴォォォォォォ……!!
天の奥を擦る、低い雷鳴。
『その想い、確かに受け取ったよ』
胸の奥に、声が落ちる。
優しく。
だが、抗えないほどに強く。
『さあ、コール──見せてあげて』
……来た。
目を開く。
世界を、雷光に染めろ!
「──サンダーストライク・オーバードライブ!!」
叫ぶ。
同時に──世界が、弾けた。
ドォォォォォォォォンッ!!!
天を裂く閃光。
一直線に落ちる雷。
光が大地を焼き、空気を裂き、時間すら引きちぎる。
そのすべてが──巨人を、呑み込んだ。




