324 最強ドライブ
【視点:コール】
時間を、数時間ほど巻き戻す──。
「お客様。出発してよろしいでしょうか? なお、舌を噛む恐れがありますので、運転中のおしゃべりはお控えくださいませ」
ハンドルを握る皇帝陛下が、言い終わるや否やクスリと笑う。
……いや、その注意、自分で言うやつか?
助手席の俺は、ひどく嫌な予感がして、ドア上のアシストグリップを全力で握り込んだ。
後部座席では、ルクスとラスク、そしてツナグが、前世の軍用車両みたいなこの内装が珍しいのか、キャッキャとはしゃいで車内を見回している。
「では──発車いたしまーす!!」
ギュイイイイイイイイィィィンッ!!
次の瞬間、アクセルベタ踏み。
タイヤが激しく空転して悲鳴を上げ、分厚い車体が左右に暴れる。
そして溜め込んだ力を解き放つように、黒い鉄の塊が猛烈な勢いで前へと弾け飛んだ!
「ヒャッハー!!」
皇帝が気勢を上げる。
同時に、後部座席からは悲鳴が上がった。
──ヤバい! この人、ハンドル握ると性格変わるタイプだ!
いや、むしろこっちが本性か!?
後ろを振り返ると、おでこを押さえて涙目になっているラスクとルクス。さっきの急発進の衝撃で、どこかにぶつけたのだろう。
その間に挟まれたツナグが、「なに? 何が起きたの?」と目をまん丸に見開いて固まっている。
バックミラーを覗く。
この車の後ろから、もう一回り長いタイプの装甲車が土煙を上げて追従してきている。
運転席はグース、助手席にはジュリアの姿が見えた。
「コールよ! 乗り心地はどうだ?」
爆音の中、心底楽しそうに聞いてくる皇帝。
「マジで、ドキドキしてますよ!」
「だろ? ワクワクするよな!」
──ワクワクじゃねぇ! 命の危機にドキドキしてんだよ!!
「目的地までは距離もある。最短ルートで行くぞ!!」
そう言って、皇帝はこともあろうに道なき森の中へと車を突っ込ませた。
「あぶない!! 木、木、木ッ!」
真正面に巨大な木が迫る。
あわや激突!! と身構えた瞬間、車体はするりと鮮やかなハンドリングで木を躱していく。
「何か言ったか? キ、キ、キって」
──コイツ! 陛下じゃなきゃ一発殴ってるとこだ。
いや、それにしても。
ハンドリングが異常すぎる。呆れるほど器用に、笑いながら木々の隙間を縫って爆走しているのだ。
「実はなコール。前世ではF1レーサーだったんだ!」
「マジですか!?」
「なりたかった職業だがな!!」
「──ですよね!!」
はい、知ってた。
皇帝。完全に調子こいてます。
……けど。
今だけは、この無茶苦茶なスピードがありがたい。
(待ってろよ、みんな……)
俺は誰にともなく、心の中で強く呟いた。
車は止まらない。
悪路も、段差も、全部まとめて踏み潰して突き進む。
その後ろを土煙を上げながら、しっかりと追従してくるグースの車。
俺がバックミラー越しに後続車を気にしていることに気づき、皇帝はクスリと笑った。
「あの男もよくやる。私と違って、前世の知識があるわけでもないのにな」
嬉しそうにバックミラーへ目を遣る皇帝。
「それに、誰の影響か知らんが、『赤の諜報団』の団長の席を用意してやった時には、部下は自分で探すと言って、こっちが用意した人員リストを全部無視しやがった」
口では文句を言いながらも、目を細めて真っ直ぐ前を見つめる皇帝は、なんだかとても楽しそうだった。
「お前のところもなかなかの個性派揃いと聞くが、あいつの部下も負けず劣らずだ。今、戦場にいるハリンツ部隊……そう簡単にはやられやせんよ」
フン、と鼻を鳴らす。
「ハリンツ部隊も一筋縄ではいかない連中でな。中でも、あそこの副隊長は生意気でな。一時は牢獄に放り込んでいたのを、あいつらが引っ張り出してきたんだ。さぞや今頃、暴れまくってるだろうよ」
副隊長……か。
一瞬、脳裏にカルアの顔が浮かぶ。
ぐっと、歯を食いしばる。
そんな俺を見て、皇帝はニヤリと笑い──。
さらにアクセルを奥深くまで踏み抜いた。
グォォォォォンッ!!
エンジンが咆哮する。
(頼む……間に合ってくれ!)
祈りを乗せて。
鉄の獣は夜の帳を切り裂き、戦場へと一直線に突き進んでいく。
▽▽▽
辺りはすっかり暗くなり、今はヘッドライトに照らされた前方の空間だけが、切り抜かれているように見える。
「そろそろだな」
皇帝がそう呟いた、その時だった。
ドズドゴォオオオオオオンッ!!
走る車の中に居ても、激しい揺れを感じるほどの凄まじい衝撃と爆音。
目の前の木々の隙間から、真っ赤に輝く爆炎が上がるのが見えた。
「もうおっ始まってるようだな」
皇帝の目が、獲物を見つけた獣のように光る。
木々がまばらになり、視界が開けたそこには……巨大なバケモノと、その足元で追い詰められている濃紺の隊服があった。
今まさに、目の前のデカブツが凶悪な腕を振り上げ、眼下の獲物をすり潰そうとしている。
万事休す。
そう思わせるほどの、ギリギリの死地。
あれは──カルア!?
「時間がない! このまま突っ込むぞ!!」
躊躇はない。
皇帝が迷うことなくアクセルをベタ踏みする。
すり鉢状にぽっかりと口を開けた大穴の縁から──車は跳んだ。
宙を裂き、そのままの勢いでバケモノの腕へと激突。
骨ごと粉砕し、反対側の斜面へと豪快に着地する。
皇帝が目一杯ハンドルを切り、ブレーキを乱暴に踏み込んだ。
ギャリィィィィィィィン!!
土煙を上げて車が止まる。
もはや、座席から体が飛び上がり宙に浮いていた俺は、車が完全に止まりきる前に横腹のドアを蹴り破り、一直線に飛び出していた。
「カルア! 大丈夫か!!」
手を伸ばす。
彼女が、その手を両手でしっかりと掴む。
逆光で見えなかった彼女の顔。
その大きな瞳が、俺を見てぐしゃりと歪む。
「遅いんだから……!」
込み上げるものを必死にこらえるような、震える声。
「バカコール……ッ!!」
俺は彼女の手を強く引き、そのまま胸の中へと抱き寄せた。
腕の中に収まる、華奢な体。
生きてる。
ちゃんと、ここにいる。
「おーい。感動の再会はいいが、その前にあれ片付けろ」
現実をぶち壊す、皇帝の無遠慮な一言。
俺はハッとして顔を上げる。
周りを見回すと、そこには見慣れた連中が揃っていた。
「来るなり、うちの隊長に何手出してんのよ」
呆れ顔のアリス。
「た、たいちょぉぉぉぉ~っ!!」
滝のように泣くトビー。
腰を抜かしたまま固まっているクラリス。
無表情で手を振るジンクス。
カルアの耳元からはホッジの絶叫。
『隊長キター! 隊長キター!!』
……ほんと、こいつらは。
苦笑しながら、カルアの肩を抱き寄せたままゆっくりと後ろを振り返る。
後方では──。
さっきの無茶苦茶なドライブのせいで、ラスクとルクス、それにツナグが車から這い出てきて、地面に突っ伏していた。
「げぇぇ……」
完全にダウンしている。
──しまらねぇ。
だけど、最高に頼もしい奴らだ。
「さ、片付けるぞ」
俺がそう言うと、腕の中の彼女は力強く、こくんと頷いた。




