↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流刑のロト  作者: 野山日夏
異世界編
PR
34/34

汚名返上

ちょっと短め。

 まるきり無害だ。

 それがとある村で皇帝側の人間だと思われた女に対して、メイリオの出した結論だった。

 今メイリオらがいるのは、先日皇帝の強襲にあった村から、街道沿いに一日二日歩いた地点だ。例年この時期は伝統の祭りが行われることもあって宿場町の規模にしては随分と賑わうはずだが、今年はそんな気配など見せずにしん、と静まり返っている。当然ながら皇帝のせいだった。

小さな宿場街でもあるそこには、申し訳程度の宿がいくつか存在している。それぞれの宿が互いに潰しあわないようにか、コンセプトが違うようで、見た目が悪くとかく安い宿や、食事の質を謳う文句を貼りだしている宿、ここがドのつく田舎であることを鑑みれば随分と高値の宿も見受けられた。

 その中でメイリオが選んだのは、それなりにこざっぱりとした外観のもの。仕事柄どこへでも行くことのできるメイリオと違い、普通の女性であろう容疑者には素泊まりしかない安い宿など危険だろう。客が少ないとはいえ、若い女なのだから。

レジスタンスの一員として参考人引き取りに来た手前、まだ疑いの晴れ切っていない女を自由の身で連れ歩くことは流石に出来ない。だから簡単に拘束して連れてきた。彼女は確かにメイリオから逃げることもできないが、何かトラブルに巻き込まれたときにも逃げられないのだ。そしてそういった抵抗できない女を欲望のはけ口にしようというようなゲスはどこにでもいる。

出来るだけ女特有の危険などに巻き込まれないように気を使うのは、同じ女として当然のことだった。

メイリオが早々に女を連れて村を出たのは、あの村にいてはハルミと名乗った少女とまともな会話は難しいと判断したためである。一応向こうにいる間にも簡単に話を聞きはしたが、彼女が精神的に精神が落ちついていないためか、今一つ聞き出した内容は要領を得ていなかったのだ。

しどろもどろに話されて、話の内容はあっちへいったりこっちへいったり。全て聞いていれば話には一貫性があり信憑性に足ることが辛うじて判断できたが、話の全貌がどうにも掴めないのだ。

別に彼女に説明をする能力が欠けているだとか、本人は隠しているつもりだろうが、村人たちの悪意に当てられて緊張した彼女は随分と憔悴していたのだろう。言葉が分からずとも、悪意などは場の空気を介して簡単に伝播するのだ。言葉が分からないあの場でそういう風に扱われるのはさぞ気が滅入るだろう。

思ってからメイリオは首を振った。寧ろ言葉が分からなかっただけよかったか。言葉が分かっていたら、彼らがどんな尋問を行おうとしたかは分かったものではない。最悪何も知らないハルミを、事実を故意に隠していると判断して逆上し、メイリオが辿りついたときには生命もなかったかもしれない。それを思えば、今回の状況はまだ随分ましだったとそういうことだろう。

メイリオもほんの少しの間いただけであの村の雰囲気は多少不快に感じていたので、こうして早々にその場を離れる決意をしたというわけである。

尤も、皇帝の襲撃を受けた後で心がささくれだっている村人達からすれば怪し過ぎるよそ者に対して警戒するのは当然なので、徒に彼らを責めるつもりもまたメイリオにはなかったが。

そうやって心のすさんだ人々をメイリオはレジスタンス活動を始める前からたくさん見てきた。その人々はメイリオの家族や友人であったりもしたし、見ず知らずの人のこともあった。

いずれにせよ言えるのは、そういう状態の彼らを見ていると、疑心暗鬼に駆られずにいられない彼らが酷く口惜しいのだ。そんな人ではなくもっと心が優しい人間であるのに、その余裕を奪い去られてるのだから。そういう人々は大抵表情も厳しく、脅えやら怒りやらに塗りつぶされたそれらは、余り見たくないものばかりだ。

 そうして道中、いくつかこちらから質問をして、彼女の精神状態やその他、食事などの常識についても判断を重ねていった。出来るだけ彼女の精神に負担をかけないよう、かける言葉は比較的どうでもいいものを選んだ。

例えば、好きな食べ物は、だとか得意なことは、なんだとか。

こちらでは耳にしない料理の名前などを口にされて、折角かけた言語の翻訳の魔法がまるで役に立たないのを思い知る。とはいえ詳細に料理の説明をする様子から、彼女がでっちあげでその場限りの嘘をついたわけでもないのは知れて。そういうところからも最初の日からそうだろうとは思っていたけれども本当に彼女が異世界の人間なのだな、と改めて思い知ったりもした。

初めのうち成り立っていなかった会話は、けれど彼女が村から離れるごとに落ち着きを取り戻してか、ましなものへと変わっていく。段々彼女のする発言は要領を得たものとなっていったし、そうすればより彼女への理解が深まった。別に尋問だとかは問題にしている話ばかりをするわけではない。他の会話からだって、或る程度の情報を得ることくらいは出来るのだ。

だから。

返答の内容からも彼女が聡明で思考力はあるが、他人を謀るほどの能力がないこと――というよりは性格の問題だろうか――は知れた。

 だからメイリオは今日になって彼女の拘束を解き、そして詳しい事情を聴くこととしたのである。

 そして、随分と聞きやすくなった彼女の話を聞いて、メイリオが最初に口にしたのが――。



 「よく出来た小説みたいですね」

 晴海が春先にロトに出会ってから今までの話を語ったその内容を聞き終えて、メイリオはそう感想を零した。その手にはジョッキが握られている。

どちらかといえば男性的な容貌であるとはいえ、きりっとしてやり手の副官というイメージと、場末の酒場の酔っ払いのような酒の飲み方はどうもしっくりこないで、晴海の視線は度々メイリオの手元へと注いだが、メイリオ自身はどうもそれにも気づいていない様子だ。

「小説……」

 確かに中々波乱万丈な展開だと自分でも思いはすれど、流石にその言い方はどうなのだ、とメイリオを見れば、何がおかしいのか、とばかりに首を傾げられた。どうにも彼女は身も蓋もない言い方をするが、悪気はないようだ、と判断して晴海はそれ以上の抗議を諦めた。

 流石に晴海に対して悪感情しかない村人達に近いところで晴海に親身な態度を取るのは難しいから、と女――移動中に彼女はメイリオと名乗った――は言って、話を聞くにあたって村から少し離れた場所を選んでくれた結果が、村から少し――といってもこの世界の生活を鑑みた上での少しであって、インドア派の晴海にとってはとんでもなく遠く、先日知ったばかりの足が棒になるという言葉を再度身を持って知ることとなったのだが――歩いた先の宿場町の一角だ。

そこまでは拘束された状態で連れて行かれたが、まぁこの辺りの待遇は仕方がないものと晴海も諦めている。何しろとんでもなく怪しいのは、とにかく晴海の方なのだから。色々尋ねてきた彼女が詰問口調でなかったのが、せめてもの救いだ。

 例の村から一日二日離れたところにある街道沿いの宿場は、余り人気がなく晴海とメイリオなどという若い女性二人がたむろしているのにも関らず、酒癖の悪い観光客すら絡んでこない。そもそも今の時期には宿泊客すらいないようで、他の客の対応もなく暇な宿の主人が料理から何から随分とひいきにしてくれた。

 メイリオによれば、本来この街道は今の時期が一番人で溢れているらしい。街道沿いとはいえ、そう大きくもなければ、外れの方にある。それだけに長らく続く伝統の祭りが行われるこの時期こそが、この宿場町のかきいれ時なのだそうだ。

けれど現実に人はおらず、それは新たな皇帝の圧政の由縁らしい。晴海が理由を問えば、忌々しげながらにメイリオが話をしてくれた。

「こちらが祭りをすれば、そんなことに金を使うなら税を引き上げるなどと言われるでしょう。ですからどこも自粛してしまいます。観光客は観光客で、関所などでやはり皇帝の私兵などに見つかって無暗に金を巻き上げられる危険を承知しているからこそ、今の時期には出てこないのです!」

 話しているうちに興奮してきたのか、語調は一文字ごとに強まっていき、最後には声と共にどんとジョッキを振りおろすおまけつき。余程メイリオの中では、かつての皇帝の弟であった男への怒りが深いと見えた。

しんと静まり返った酒場に、空であってもそれなりに重量のあるガラスを振りおろすその音は大きく響いたが、これだけ大きな音を立てても主人はこの場に来なかった。誰の迷惑にもなっていないからだ。

「それはともかく、」

 だが、自身の立てた大きな音ではっと我に返ってか、先程の怒りの表情を直ぐに収めて、取り澄ましてメイリオは話を切り替えた。

「言葉が通じなかったところや人種の違いを見ても、異世界――少なくともこの近辺に暮らしている人間ではないというのは本当なのでしょう。一日二日観察すれば、その程度のことは分かります」

 その言葉に晴海は少しだけ胸がちくりと痛むのを感じた。当たり前だが、村からここまで移動したのは、晴海を村人たちの目から離すという目的もあったが、メイリオ自身が晴海のことを観察するという目的もあったのだろう。想像はしていたけれど、改めて口にされると少しばかり傷つく。

まぁそうして、晴海はどうやらメイリオのお眼鏡に適ったらしいから、構わないのだけれど。

「そんな人間があの村に辿りつくのなら、本当に魔術に巻き込まれたと考えられます」

 メイリオの言葉に、晴海はほっと一息ついた。村人達に敵意を向けられていたこと、そして己の話がどれだけ荒唐無稽かが分かっていただけに、信じてもらえることが出来たことには本当にほっとしたのだ。晴海の緊張が和らいだのを目で見て分かったのだろう、メイリオの方も少しばかり表情を緩ませた。

「ありがとうございます」

 感謝を述べれば、いいえ、と頭を横に振ることでメイリオは気にするな、という意思表示を晴海にしてくれた。それに晴海がますます感謝をすれば、ふっと相手の表情が引き締まった。その様子を目にし、これから何か大切な話でもするのか、と身構える晴海に、果たしてメイリオは、

「ところで提案が一つあるのですが」

 そう切り出した。

「提案、ですか」

 尋ねれば、こくりとメイリオは頷きを一つ返してくれる。

「貴女の話を聞けば、貴女もまた皇帝とは真っ向からぶつかる主張を持つ。貴女の望みは私達とは反しません。ですからここは一つ、協力を仰ぎたいのです」

「協力……」

「ええ、協力です。貴女は皇帝の剣である男を救いたい。私達は皇帝の剣がいなくなるとありがたい。ここに利害の一致があります」

 私達、と口にすることからもメイリオが何らかの組織に所属していることは晴海にも分かったが、それがどんなものかは聞いていない。ここまでの道中でメイリオとした話といえば、この宿場町の繁忙期などのことと、それから晴海のことだけだ。

 晴海はこの世界のことを何も知らない。そうでなくともリスクがある上で、果たしてメイリオについてしまっていいものか、おいそれと判断するのは自殺行為だろう。彼女の怒りようからしても、まさか彼女の所属団体が皇帝の側につくことにはならないだろうが、だからといって皇帝を廃して新たに成り変わろうとしている団体でないなどという保証もないのだ。

クーデターというのは得てしてそういうものだ。初めは巧みに人心に取り入り、けれど結局大きな形は変わらないまま。寧ろ状況が悪化することもままある。元がよかったとは決して言わないが、歴史上の例をいくつか思い起こせば、ここで簡単に言葉を返すのも躊躇われた。

 少しの警戒を滲ませて晴海が問うと、メイリオはそれを感じ取って緊張を和らげるように笑ってくれる。自分個人への視線にはとんでもなく鈍いが、その辺りには気が回るらしい。良くも悪くも仕事一辺倒な人間なのだろう。

「直ぐに返事を、とは求めません。私達への信用もないでしょうし、ここはまず私の兄にでも会ってほしいのです」

 いきなり協力関係を結ぶのではなく、彼女の兄と会い話を聞く。

 流石にそれも嫌だというのは躊躇われたし、本当に晴海がロトと再会するのに協力してくれるのならば、それはありがたい。一介の女子高生たる晴海には、そんな皇帝と戦うための能力一つ備わっていないのだから。

どうせフィクションのような展開になるのだったら、物語のヒロインのように武術の一つも身につけられたらよかったのに。まぁ晴海はきっとヒロインなどという役柄が似合わないから、そうならない方がいいのだけれど。ちらっと脳裏で妄想するくらいは自由だろう。

「分かりました」

そんなことを考えながら、晴海はメイリオに向かって了承の返事を返した。メイリオの方はなされた返答に満足そうに頷いて、ぐいと再度酒を食らった。豪快な仕草に、だからその動作はどうなのだろう、と突っ込む気力すら失せた晴海に、メイリオはジョッキを置いてきっぱりと言った。

「では我が兄、ハイナン・シンに連絡をしておきましょう。これから貴方を連れていく、と」

 メイリオの兄。それは一体どんな人物なのやら、と思いながら、晴海はこくりと頷いて目を伏せた。メイリオからの信頼も得られて、またあの村を離れてほっとしたせいか、随分と身体が重い。疲弊感が全身を満たしている。

「? ハルミ?」

 隣で心配そうに声をかけてくるメイリオに悪いな、と思いつつ、晴海は抗えない睡魔に身を委ねるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。