採用通知のその後
家に帰って晴海はふぅ、と溜め息をついた。色々あって帰宅するや、晴海はどっと疲れを感じていた。
まずあの採用通知があってから、一応履歴書を出してほしい、などと言われた。働かせるにあたって従業員の住所を把握するにも便利だから、とのこと。なるほど、と納得して晴海はコンビニに買いに行き、店に戻ってロトがどんどん空欄に記入していくのを眺めていた次第である。
文字が読めるだけあって、ロトは異世界人のくせにきちんと日本語を書けている。字は綺麗とは言い難いが、一応何の文字か読める範囲内であるし、晴海の知る限り男子の字などは大概がこんな調子だ。特に問題もないだろう。
履歴書には写真添付欄もあったのだが、店長にそこはまぁいいや、と言ってもらえたのでそれから写真を撮りに行く羽目には陥らずに済んだ。店員が少ないから、というよりロト一人しかいないため流石に顔と名前が一致しないだとかそんな事態には陥らないだろうから、とわざわざ理由まで教えられ、晴海はそれを苦笑混じりに聞いていた。
因みに、晴海の存在に店長は少し顔を顰めたが、ロトが家が隣で、などと説明をすると手のひらを返したように対応は改善した。同じ趣味を持っているだとか共通の友人がいるだとか、そういう同族意識のようなものがあると、人は相手に心を許しやすいしその言葉を受け入れるものだというが、その言葉通り本当にそうなのだ、と店長を見ながら晴海はそれをひしひしと我が身を以て体験した。
その後はロトと店長とがああだこうだと来る日にちを決めたりなんだとしていたようだが、その辺りになると晴海もロトと店長との会話に気を配るのはやめていた。その辺に置いてあった映画雑誌に気を取られて、そちらをぺらぺらとめくって組まれている特集に目を通す。
どちらかといえばロトと違い写真よりも記事の方に興味のある晴海である。読むことに決めたのも、文字量の多い見開きのインタビューだ。名前と顔が一致しないその映画俳優は最近何らかの賞を取っていた気がする。それを受けてこの記事が組まれたのだろう。
彼が言ったとされているコメントが果たしてどこまで本当に言ったことなのだろう、だとかそういうことに疑問符を浮かべつつも、文字をいくつも読んでいく。そうすると見えてくるのは、芸能人であろうとも晴海などと同じ人間であることだ。
ついテレビ画面の向こうの人間ということで、彼らを晴海はどこか遠い世界の存在のように感じてしまう。だけれど、記事から透けて見える彼らは等身大だ。仕事に誇りを持ってそれに取り組む姿勢や、私生活での失敗。そういった他愛もないエピソードが、物語の中だけでない彼らを見せてくれる。それはちょうどロトが異世界の人間であろうとも、やはり普通の人間であるように。
視線をロトに戻す。店長と話をしている姿は、ごく普通だった。晴海が選んだ服を着て話しているロトを見て、誰もロトを異世界人だと思わない。ロトと店長が揃って笑顔を浮かべる。何か面白いことをどちらかが言ったのだろうか。笑う二人にそんなことを考えながら、そのまま二人の会話が終わるまで晴海はその様子をぼんやり眺めていたのだ。
今日のことを思い出しながら、晴海はソファに座り直す。目を伏せ深く息を吐いたところで、ふとすっかり頭の中から消えていたことが思い出され、思わず声を零すこととなった。
「あ、」
一体何を思いだしたというのか。あれである。ロトから離れるのを忘れてしまったことに晴海は思い至ったのだ。
わらわらとロトに群がる女子を見るのは非常に楽しかったろうに。間違いなく漫画か何かのようになるのだろう。想像するだけで笑えて来る。見損なってしまったのが、本当にもったいない。折角思いついた悪戯を失敗した子供のように晴海は顔を曇らせたが、しかし、すぐにまぁいいか、と思い直す。
今日は失敗してしまったが、別にこの繁華街に来るのはこれが最後という訳でもない。どころかこれからロトは何度も繁華街へと向かうことになるのだ。ということはこの先まだ見る機会はあるのだから、いずれそれを確認すればいいだろう。
そんなことを考えているうちに、そうだ、と思いつく。折角だから、ロトのバイトも決まったことだし、ロトの初給料などで食事をさせてもらうのもいいかもしれない。
そうだ、ロトに収入が出来るのだから、食費も入れてもらおう。雑誌代も自分で出してもらおうか。バイトをしているクラスメイトなどは、遊びに使う金が十分にあるのだと言っていたはずだ。ロトは別に外に友人がいる訳でもないのだから、その分の金を雑誌代や食費に回してもらっても何も困らないだろう。バイトをするとて、バイト代目当てではなく、単に時間を潰してもらうと同時に職業二ートからの脱却の為だけなのだし。
これからのことをつらつらと考えて、晴海はふふ、と笑いを漏らした。これから暫くも楽しいことが続くのだろう。そう思うと気分が弾んできてしまったのである。
「ふふ、ふ」
漏れてくる笑いを抑えることもせず、晴海は少しの間そこでただ笑っていた。




