その喫茶店の店内は
店の内装は、外装と同じく少し古風な印象を受けたが、それでもかなりセンスがいい。晴海はあまり入りなれない落ちついた雰囲気の店に、少しの居心地の悪さを覚えながらも、晴海はきょろきょろと視線を彷徨わせる。
時間から察するに営業時間内のはずだが、さほど広くもない店内を一瞥してみても客は皆無だ。そんな気は薄々していたのだが、やはりこの店自体が人目に付きにくいらしい。果たしてこんな調子で経営は成り立っているのだろうか。
そうしていくつか並ぶ空っぽのテーブル席の一つで、ロトと男性が向かい合って座っていた。どうやら早速面接をしているようだった。他に店員の姿もなく、そのことから考えるとつまるところ男性は唯一の店員であると共に、店長でもあったらしい。ますます最悪の事態ではないか。店長であるということは、人事も何も全てがその男性の手に収まっているのだ。
その相手の第一印象があれだなんて。
晴海は今日一日を全て始めからやり直したくなった。その思考を何とか振り切って、晴海は二人の話へと意識を移すことにした。あまり広くない店内だとはいえ、それほど大声で話している訳ではない。どころか小さめの声だ。話は途切れ途切れにしか耳に入って来ず、それを聞くべく晴海は一歩近づいた。距離が近づくにつれ、はっきりと会話が聞こえてくる。
「履歴書は」
「持ってないです」
アルバイトにも履歴書なるものが必要なのか、と晴海はその店長の言葉に声を上げたくなった。就職に必要なのは知っていたが、バイトにも必要だったとは。やはりバイトの経験のない晴海では、そういう一般的な知識が足りなかったのだ。履歴書くらいならばコンビニにだって売っているはずだが、他にも何か、特に晴海では入手が困難そうなものを必要だと言われたらどうしよう、と晴海はどきどきして話に聞き耳を立てる。
「学歴は?」
「中学を卒業してから自分探しの旅をしてました」
ロトが晴海から言われたとおりの返答をする。高木亮人はそう言って中学卒業後に姿を消したのだから、つじつま合わせの為にもそれをひたすらロトには主張してもらうしかないのだ。それに店長がどんな顔をしたのかは分からないが、すぐには店長からの言葉が返されなかった。まぁ、それも当然かもしれない、と晴海は思う。
現代日本において高校に進学しない人間はいないことはないとはいえ、極々少人数だ。しかも、この地域は進学者が比較的多い地域でもある。そんな中で就職するでもなく自分探しの旅を数年のスケールでしているとなれば、こういう反応が返ってきてもおかしくないかもしれない。
とはいえ、その内容自体は実際に高木亮人が実行したことであり満更まるきりの嘘でもないので、どんな反応をされようともただひたすらロトには堂々としていてもらうしかなかった。
「特技は?」
ややあってから、店長が問いを再開する。世間話のひとつも挟みこまれない面接に、そもそもバイトの面接というのはこういうものなのか知らない晴海だが、怖いなぁ、などと思う。自分が将来就職したりアルバイトをしたりするときにはこういう面接でなければいいのだが。
「ないです」
「一つも?」
信じられない、とばかりの男の言葉に、責めるような調子を感じ取ってしまい晴海は小さくなる。そこで不意に振り返ったロトと目線がかみ合う。流石のロトもこの辺りになると余り歓待されていないことに気がついたようだ。或いは元々多弁な方ではないロトであるからこの調子で色々尋問されるのが堪らなく苦手なのかもしれないが。どちらにしてもその顔には困っています、とありありと書かれていた。
この後どうしたらいいのか、と視線で問いかけ救いを求めてくるロトに、晴海は首を傾げることで返した。晴海だって何も貸せる手の持ち合わせはない。精々この場にいることくらいしか出来ることはない。
それでもせめてと思いロト頑張れ―、と口をパクパク動かして伝えつつ、拳を握ってぐっとしてみせたところ、そこまで気を使ったというのにロトにはがっかりした表情を見せられた。失礼な、と思いながらも晴海自身他人に同じことをされたらそれはそれで腹が立つ気がしたので何とかその怒りを収める。
「志望動機は?」
なおも店長は言葉を重ねる。どこかにさっさと終わらせようという様子が透けて見え、晴海はああ、これは残念ですが今回はうちとは縁がなかったということで、などと断られるパターンかな、と数分先の展開を予想した。
となれば、もう後はロトが頑張って面接をクリアできるかどうか、に目的をすり替えてしまって構わないだろう。そしてこの問いなら、一応自分からバイトをここでしたい、と言い出したロトだ。きちんと答えてくれることだろう。そんなことをつらつら晴海は考える。
しかして晴海の読み通り、その問いに幾分かほっとした面持ちを見せて、といっても晴海以外にはやはり無表情にしか見えないのかもしれないが、ロトは言葉を返した。
「外から見た店の雰囲気が気に入って」
だが、だからといってそのままそれを答えてしまうのはなしではなかろうか。
晴海は内心で突っ込みを入れたが、店長的には問題なかったらしい。ぱぁと明るくなる店長の表情に、晴海はおお、と感嘆する。その表情を要約するならばこの趣味を分かってくれる同志がここにいた、といったところだろうか。尤も、客入りが少ないのは、別に店長のセンスが悪いのではなく、単にビル街の中では店が目立たないというだけだと思うのだが。
店長ががしりとロトの腕を掴む。いきなりの動作に呆然としているロトのことなど放置で、店長は先程までのどこかロトを持て余していたような雰囲気など丸々払拭してしまっていて、きらきらとその表情に希望をはっきり宿して、
「よし、採用だ」
先程まで彼の脳内に浮かんでいただろう結論をさっさと投げ打って、まるきり正反対の採用通知を発した。




