職業捜索中
翌日、晴海とロトは再び繁華街にいた。ロトの職業を確保するにしても、二十を過ぎた高木亮人は中卒だ。今更高校に入る訳にも行かない訳ではないがそんな学費は出てこないし、そもそもにしてロトにもそんな知識はない。大学だとかそういうのも同上。かといって二―トは晴海的にはやめてほしいところ。
大体、一日中家にいられてみれば、晴海がいない間に家で何が起こるものか想像するだに恐ろしい。春休み中ならまだいいが、学校が始まれば日中空いた家にロト一人なのだ。家に帰ったら家が崩壊していただとか、そんなことすらもロトにかかればあり得そうな気がして、晴海はぶるりと身震いをした。
結局、アルバイトをしてもらうことにした。アルバイト先で何かしら引き起こす可能性も考えられたが、とりあえず家に被害がなければ晴海はそれでいい。ネットでバイトを探すだとか、バイト情報誌を見るだとか、そういう手もあったのだが、学校ももう数日中に始まる。出来ればすぐにでも採用してもらうには、店に直接行った方がいいだろう、ということで、店に貼ってあるバイト募集のチラシをチェックすることにしたのである。
家の近くで探すことも考えたが、大きな街の方が時給もいいだろう。別に高い給金が欲しい訳ではないが、どうせ同じことをするのなら少しでも、と思ってしまうし、募集の総数だって大きな街の方が当然人を必要としている可能性が高い。
それに、これはロトには伝えていないし本来の目的からも大分外れてしまうのだが、ロトにわらわら群がる女子というのをやはり見てみたかったのが大きかった。昨日想像したそれが現実に起こるのかどうか、タイミングを見計らって晴海はロトから離れてみるつもりだった。
コンビニ、レストランにショップ、カラオケ店。スーパーやデパートの店員やアイスクリームショップなんてものもある。目につく店は色々あるが、さてどれにしたものか。晴海がバイトをする訳ではないのだが、何となく自分のよく行く店や名を知っている店ばかりが目に付くのは仕方のないことだろう。
「ロトさん、なんかいい店ある?」
首を傾げて聞く晴海に、ロトは視線をきょろりと彷徨わせる。ロトの興味のあるのは写真だとか建造物だとかだ。そうするとピンと来るようなものはないかもしれない、などと晴海は想像したのだが、予想に反してロトの視線は一か所に留まっていた。
「?」
晴海もそちらに視線を向けてみれば、繁華街の中にあって言ってしまってはなんだが、どこか古臭い雰囲気の店が視界に入る。レンガを模した外装は敢えて本物の雰囲気を出そうとでもしているのか、少し欠けていたりして年代を感じさせる。息を潜めてその存在を故意に隠しているのでは、そんな印象さえ受けてしまう。
――周囲の建物の外装に比べるとどうしても見劣りしてしまい、ろくに見たこともない店がそこにあった。
「そこがいいの?」
晴海はロトに問いかける。晴海の感性に訴えてくるものは特にないのだが、ロトにはそうは映らなかったらしい。一体何がそこまでロトの興味を惹くのだろうか。現代風でもないその外装がロトに物珍しい訳もないだろうに。何を考えているのだろう、とその顔を見上げれば、少しの寂しさを表情に宿したロトが目に入る。
その表情に晴海はは、と気がついた。現代は恐らくロトに物珍しく映る建物に満ちている。実際ロトはそれらを眺めるのが好きなのだろう。だけれど、その一方でロトの視界にはその全てが異物のように映っていたのかもしれない、そんなときに漸く目についたその店に、郷愁やら色々なものを感じたのかもしれない。
やっぱり、元の世界と違うところにいるというのは寂しいのだろう。この世界に来たことを後悔している訳ではないようだったが、生まれ育った土地を離れるというのはやはりそれなりに思うところがあるのだ、と晴海は想像する。
それだったら、この店でロトが働くというのもいいかもしれないな、と思えた。晴海とて異存はあるはずがない。しかし、気になる点が一つ。
「ところでここ、何の店かしら」
店の目の前まで来てみたが、ぱっと見ても看板以外には何も、それこそバイト募集の張り紙すら出ていない状態だった。そもそもにしてまず、開店状態なのかだとか、人入りがあるのかどうかだとか、そういったことすら心配になる。
というか。
晴海は思う。今のようにチラシの一つすらないような場合であっても、中に入ってバイトをしたい旨を言えば雇ってくれるものなのだろうか。晴海自身が親から禁止されているが故バイトの一つもしたことがないので、今一つ勝手が分からない。首を傾げて考え込む晴海に、少なくとも店の種別については意外なところから返答がなされた。
「喫茶店」
聞き慣れてしまった声に晴海が振り返ると、ロトがそう答えたのが視界に入る。なるほど、この古風な見た目は喫茶店ならば落ちついた雰囲気となりえそうだ。だが、一体どうしてロトは分かったのだろうか、と晴海は疑問符を投げかける。
「なんで分かるの?」
その晴海の問いかけに、ロトは実に端的に答えた。
「書いてあるから」
ロトの指が向けられた先には店の看板。小洒落た字体で表された店名の左上に、小さな文字で喫茶、と書かれている。なるほど、と手をぽんと打ち合わせて納得しかけた晴海は、しかしふと聞き捨てならない内容がそこに含まれていたことに気がついた。
今ロトは看板に喫茶と書かれていたのだと言った。そしてロトの言うとおり、そう書いてある。だが、晴海はロトが来たその日、確かに文字はどうせ読めないに違いないと聞いていたような。だからこそ晴海は一冊いくらとする雑誌も、写真しか楽しめないならばとロトに何冊も買い与えたのだ。




