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流刑のロト  作者: 野山日夏
日本編(春休み)
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20/34

職業:無職

 三人もその晴海の反応に、今まで一度たりとも晴海が相手をそういう対象として見ていないらしいということに気がついたようだ。一目見て分かるものを一体どうして気がつかないのか、と夏帆の顔にありありと書かれているのを、晴海は少し苦い思いで見つめた。年がら年中恋愛妄想モードの夏帆とは違うのだから、そんな表情を向けないでほしいものである。

「よく思い出してみなさいよ」

 真由からの指摘に、晴海は改めてロトの容貌を思い出してみた。そうして思い浮かんだ顔立ちに、なるほどと思う。

 ロトは、その顔を構成するパーツとその配置のバランスがいい。それに黒曜石の瞳は切れ長と表現するに相応しい形状をしているし、漆黒の髪は特に整えた訳でもないのにロトの顔立ちによく似合っている。その顔立ちも、浮かぶのは無表情ながらもそれが余計にその容貌の端正さを引き立てているというか。

 つまり晴海は気がつかなかったのだが、ロトはよく見ればそこそこの美形だった訳である。芸能人にこそなれやしないだろうが、一人で街を歩いていれば女性から声をかけられそうだ。

 初日以来ロトは家から出ていないし、初日も晴海がロトと腕を組んだりしていたのでそんなことはなかったのだが、今度試してみようか、などとちらりと頭の片隅で思う。晴海からすれば逆なんだとかナンパだとかというのは体験したこともなく、見かけたこともないからどこか都市伝説のような印象があるのだ。

「ないちゃん、何にやにやしてるの?」

 ロトにわらわら群がる女性とか見たら面白いかもしれない、なんてところまで考えたところで、呆れたような杏奈の言葉にう、と言葉に詰まって晴海は縮こまった。完全に三人の存在を忘れていた。ロトのことを思い出せ、という流れでにやけていれば果たしてどんな反応が返ってくるかは火を見るより明らかである。にやにやとし始めた真由をはじめとする三人に、晴海ははぁ、と溜め息をついた。

 もういい、と晴海は思った。こういう風にからかわれるのも全てロトのせいだ。もう一日雑誌没収の刑に処すことにする。ロトが聞けば理不尽だと主張するだろう結論を下したところで、晴海はあれ? と首を傾げた。

 先程トイレに行ってから、未だロトはこの場に戻ってきていない。一体いつまでロトはトイレにいるのか。もしかすると紙が切れて困っていたりするのだろうか。だとすると晴海の助けがいるかもしれない。

 思って廊下へと続く扉を開けた晴海は、目に入った光景をなかったことにしてぱたんと扉を閉じた。

 いやいや、待て、待つんだ。今のは完全に何かを見間違えただけで、まさかそんなことはあるはずがない。

 心の中でまるで呪文か何かのようにそう唱えると、少し晴海の心に平穏が戻ってくる。うん、先程の光景は正しく見間違いに過ぎない、と重ねて暗示までかけて再度扉を開いた晴海は、しかし変わり映えしない光景を見ることとなった。

 廊下が後から後から溢れてくる水で冠水している。一体何をどうしたらこうなるのかは分からないが、誰の仕業か晴海とて容易く予想がつく。トイレにいてそんな凶行に及べた人物は一人しかいないし、この人知を超えた事態も魔法によるものであるならば、簡単に説明がついた。

 ただ、非常識なこと――言動を含め魔法を行使することすら――晴海はするな、とロトに言明していたはずなのだが。

「ちょっとロト!」

 晴海は怒鳴り声と共にトイレへと殴りこんだ。



 トイレ騒動から、暫く。客人そっちのけの騒ぎになったが、何とか晴海とロトは疲れ切った顔でリビングに戻ってきていた。

 結局のところ何があったのかといえば、ロトはただ単にトイレが詰まり、どうしようもなかったので魔法で流そうとしただけだという。だが、いつまでも流れないものだから出力をあげたらあのざまだったのだと主張するロトに頭痛を覚えながら、水を魔法で消してもらい、ついでに掃除がてらトイレの詰まりも解消したというわけだ。

 どこかぐったりした様子の二人に、客である三人は笑いを浮かべているが、トイレが詰まったといえばそれ以上追及はしないでくれた。実際事実であるのだし嘘は言っていない。先程のやりとりに何か彼女達にとっても楽しいものを見つけ出した故の生温かい笑みが地味に心に痛いが、それに対して文句を言うだけ元気すらも最早晴海には残されていなかった。出かけてもいないのに精神的にも肉体的にも疲れ切った気がする一日である。

 ちょっと疲れたので、申し訳ないが帰ってほしい旨を伝えれば、三人も余りにも疲れ切った晴海達の姿に憐れみを覚えたのか諾々と従ってくれた。流石に見送りまではいいだろう、とソファに沈み込んでいるロトは連れずに、晴海一人が玄関に立つ。

 そうして玄関を出ようとしたところで、そういえば、と杏奈が声をあげた。

「亮人さんは今何してるの?」

 思い出したように杏奈から投げかけられたその問いかけに、晴海とロトは揃って固まった。名乗っている亮人の年齢からすれば、もう二十歳を過ぎているのだから社会人であっても何も可笑しくない。可笑しくはないのだが、如何せんつい数日前にこの世界にやってきたばかりのロトは今のところ全く何もしていない。

 しかしそれもどうなのか。否、一応自分探しの旅から帰ってきたばかりということになっているのだから問題はないのだが、余り外聞はよくないというか。

 ひとまず三人を追い返した後で何か考えよう、と思いながら晴海は今は帰ってきたばかりだから、とだけ言ってさっさと玄関から三人を追い出して扉を閉めた。ちょっと、などと文句が聞こえるが綺麗に無視をして、チェーンをかければはい終了。ぱんぱんと手を打って、晴海はリビングに戻った。

 精神的に女子三人を相対して疲れたのはロトも同じらしい。トイレ騒ぎもあってかなり疲れ切った表情をしているロトに、今日のロトは思えばよく頑張ってくれたものだと思う気持ちが湧いてくる。わざわざ晴海の友人の相手をしてくれたし、あまり言ってほしくないものも口に出されていたが、別にロトに悪意があったわけでもあるまい。それを考えれば一々怒っていた晴海の心は何と狭量なことか。

 少しばかりの申し訳なさを覚えながら、仕事の話は明日にしよう、と思った。労いも込めて夕飯は美味しそうなものを作ろうか。まだ何を作っていなかったか、と記憶を辿りながら、台所へと向かう。折角美味しいと言ってくれているのだから、それなりのものを作らなければなるまい。ふんふんと鼻歌交じりに晴海は冷蔵庫から具材を取り出していく。晴海の機嫌はかなり戻ってきていた。

 とはいえロトに対して同情をしたところで、勿論雑誌は明日まで没収なのは決して覆らない事実なのだが。魔法を使ったことは目を瞑るのだから、そのくらいの意趣返しくらいは許してほしいものだ。

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