周りに言われて気づくこと
いつの間にか夏帆をからかうのに夢中になってしまっていた晴海がはっと気がついたときには、ロトと真由が何らかを話しているところだった。その光景に、一瞬で晴海の血の気が引く。
いや、別にいいのだ。ロトが真由と単に話している分には。そういう無難な対応を晴海はしてほしかった訳であるのだから。だが、話している内容が果たしてどんなものであるのか。どうしても晴海とロトをカップル扱いして楽しみたいこの友人に、わざわざネタの提供をすることなど愚の骨頂であるわけで。
普通に晴海の家に居候になっているだけだ、くらいならば問題などないが、万が一何か余計なこと――例えば、晴海の作る食事はおいしい、だとか。初日にロトが言っていた言葉が意味することはそのときは笑顔に魅せられて気がつかなかったものの後から考えてみれば、晴海が初日以降ロトを家から出していないことを考慮すればつまるところ晴海の作る食事がおいしい、とそういうわけであり――を口にされていようものなら、果たしてどのように曲解されることか考えるだに恐ろしく、晴海はぶるりと体を震わせた。
ぞ、とする晴海に、ロトと話していた真由が振り返り、にこりと笑顔を見せる。満面の笑みと称されるはずのそれは、しかし晴海にはなんだかとんでもなく不吉なものに見えてしまう。単に晴海の心の持ちようの問題なのか、それとも。
何か余計なことは言っていまいな、と視線でロトに問えば、わざとらしく目線をふいと逸らされた。ちょっと待て、一体何を言ったのか。更なる詰問をしようと晴海が腰を浮かせるが、ロトも数日とはいえ伊達に四六時中晴海と一緒にいるわけではない。徹底して晴海と視線を合わせようとしない。
流石にこの状況で問いを口に出すことなどできやしない。そんなことを口にすれば、言われて何かまずいことでもあるの、と余計に真由を喜ばせるだけだ。その言葉を聞いてにやにやする真由の顔が目に浮かぶ気さえする。であるからして、視線を合わせないというロトの行為は、今の晴海からの回避策としては非常に正しいものであるといえた。
その上、
「悪いけど、ちょっと」
言いながらロトがソファから立ち上がってしまう。一体何かとロトを見つめる四つの視線をその身に受けながら、すたすたとロトはリビングのドアを開く。そのままロトが進んでいく方向にどうやらロトがトイレへと逃げるらしいことを知り、晴海は舌打ちをしたい気分になった。これでは追いかけるという選択肢を取ることができないではないか。
尚且つ、この場に残り真由が聞き知った話から晴海とロトをからかうネタを手に入れたとばかりにんまり笑って情報共有をしようとしている三人組からの質問攻めも、晴海一人が対象となることだろう。そこまでロトが読んでの行動だったかは分からないが、すぐ傍に差し迫る危機として、晴海にはそれが見えていた。
そうしてロトが席を外し部屋から姿を消した瞬間、晴海の予想通りに先程までロトに向かっていた三組の目は晴海へと標的を変えた。
「いやぁ、毎日晴海が面倒見てくれるからすごい助かってる、とか言ってたわよ彼。気分は新婚さん?」
にやにやしながら真由が先手を打ってくる。う、と言葉を詰まらせた晴海に畳みかけるように、続く第二、第三の攻撃の矛が向けられる。
「亮人さんは本当に晴海に感謝してるから出来ることはしてあげたい、とまで言ったらしいよ! 愛されてるぅ!」
「俺のことをよく分かっている、とか言ってたらしいよ。ないちゃん頭いいものなぁ」
ほら見ろ、と晴海は思った。あの朴念仁ときたら一体何を口にしているのか。そんな言い方をされては、なんだか晴海が献身的にロトに尽くしているようではないか。断じてそんなことはなく、晴海はただ行き場のないロトの面倒を見ている下宿のおばちゃんのような役割のはずだ。
頬を引き攣らせる晴海に、とどめの一言とばかりに真由が言葉を投げつけてくる。その顔は完全に面白がっている顔だ。本当のところロトと晴海の間にはそんな色っぽい感情だとかそういったものは何もないのが分かっているのだと、ありありと書かれている。
「なんでもしてくれるっていうんだからさ、体で払え、とか言っちゃったらどう?」
何をだ何を! そう叫び出したいのを何とか我慢して、晴海は努めて冷静な声で否定した。こういうのは熱くなって我を忘れたらそこで負けだ。
「普通に恋愛対象外よあいつは」
思った以上に真剣な声が出て晴海はしまった、と思ったが、口から出てしまったものはもう遅い。その言葉に、真由が目を丸くした。晴海とロトの間に何もないことは分かっているだろうに、その返しはそれほど予想外だっただろうか、と首を傾げる晴海に、はぁ、と真由が溜め息をついた。他の二人と揃って、表情は呆れかえったそれだ。
「何よ、普通にイケメンじゃん。本当に対象外なわけ?」
訝しげな声で問いかけてくる真由に、夏帆が続く。
「あんなイケメンと少女漫画的な展開本当にないのぉ?」
その言葉に、晴海はきょとんとした。二人の言うイケメンというのが一瞬誰のことを指しているのか分からなかったが、話の流れからしてロトのことだと気がついて、晴海は首を傾げる。晴海はロトに対して全くそんな印象など持っていなかったのだ。
「そうだっけ?」
何しろ初対面の場所が場所だ。自宅の物置だったし、異世界から押し付けられたと表現するのが最も適切な間柄。ここ数日だってロトの非常識さにああこう口煩く説教などしていたが、そんな折に人の顔を改めて見直したりなどしない。
そんなものだから、今まで晴海にはロトは単なるアジア系の顔立ちをした異世界出身の居候の印象しかなかった。この世界に晴海しか頼る相手がいないから手を貸している、そんな相手だ。




