尋問開始
況して晴海の友人というのだから、今日のロトの態度はもしかすると晴海の今後の友人づきあいにも影響してしまうかもしれない。井戸端会議を適当にいなすのとはわけが違うのだ。こんな得体の知れない男を置いてくれている晴海に、ロトは非常に感謝しているのだ。そのくらいの気は使ってしかるべきだと分かっている。
だが、そこでやはり疑問にぶち当たる。満足に他者とのコミュニケーションが取れないロトは、具体的に一体どうしたらいいというのか。
そんな思いから出た言葉は、しかし晴海には反抗のように思われたらしい。
『……。今日が終わるまで雑誌は没収ね』
『は!?』
その言葉と共に問答無用で雑誌を取りあげられ、現在に至るわけである。要するに何が何だか分からない間に流されていたともいえる。
「本当に男の人と住んでるんだ」
晴海の友人の一人、こちらは随分と大人びた雰囲気の少女の言葉に、ロトはは、と我に返る。完全に意識がよそへと飛んでいた。とはいえ、余り長い時間だった訳ではないようだ。ぼうっとつっ立ったままあと少し時間が経っていれば、またもや晴海に足を踏まれていたことだろう。いいタイミングで我に返ったものだ、とロトは密やかに胸を撫で下ろした。
「居候置いてるだけだって」
はっきりと晴海が否定の言葉を投げかけるが、友人達はそれを耳に入れることなくおじゃましまーす、と廊下にあがってしまう。その後を追って晴海も姿を消し、玄関にはロトだけが取り残される。
なんというか、女子の勢いというものについていけない。そんなものに触れ合う機会などなかったロトだ。そのせいもあるのか、結局口の一つも開けずに彼女達はロトをその場に置き去りにしてしまった訳だ。そもそもにして彼女達はロトと話しに来たのだと晴海に聞かされた気がしたのだが、どうしてその問題のロトだけがこの場に残されるのか。全く以てロトには理解できないことばかりだった。
とはいえ、彼女らの目的はロトなのだし、晴海に非常識なことはするなと言われている。恐らくロトを訪ねてきた客人を待たせるのもまた日常識に該当することだろう。
ならば早く追わなければならない。人質ならぬ物質に取られている雑誌を解放してもらうためにも。
そう判断してロトは彼女達を追った。
リビングに行くと、既にそこで四人の少女達がカップを手に談笑していた。ロトの居場所であるソファは余すところなく使用されており、少し寂しい気がする。一体何が寂しいのだか己の感情に鈍いロトは今一つ分からないながらも、和気藹々と話し込む晴海らの傍へと寄った。
もうリビングにロトの分の席は残されていないので、ダイニングから椅子を一つ手にするのは忘れない。そして晴海の横の少し空いた空間に椅子を下ろし、そのままそこに腰を下ろす。
「ロ、亮人さん」
晴海がロトの名を呼ぶと、他の少女達もロトに視線を向ける。事情を詳しく知らない三人の手前、晴海はロトを亮人と呼称した。先程玄関でも散々視線を向けてきたくせにこの場でも引き続き彼女達がそのまま興味深げにロトをじろじろと見てくるので、ロトは妙に居心地が悪くなった。
別に注目されるのが気まずいのではない。そもそも、元の世界でロトは城内城下問わず他者から憎しみを向けられてきたのだ。そのくらい大したことではない。では何かといえば、敵意も何もこもらない視線を向けられるのには慣れていないのである。向けられたものが単なる敵意ならばただ無視すればいいのだが、そうでない場合は一体どう対処すればよいのか、ロトには皆目見当がつかなかった。
「足立夏帆っていいます。亮人さんは晴海と付き合ってるんですか?」
「田中真由です。亮人さん、晴海のことどう思いますか」
「加藤杏奈です。ないちゃんとはどういう関係で?」
しかし、少女達にロトのそんな困惑など関係がないのだろう。口々に名乗られ、しかも意味の分からない質問を投げかけられる。正直、三人分の名前をいきなり言われたところで、覚悟も何もしていなかったロトが全てを覚えられる訳もない。
救いを求めるようにちらりと晴海に視線を遣ると、何故かぎろりと睨まれた。余計なことは言うな、ということだろうが、そもそも質問されている内容の主旨すらよく分からないのだが。
「家主と居候」
それでも何とか言葉を返せば、明らかに晴海の友人達はがっかりした顔をした。何か失敗したかと晴海の顔を慌てて見るが、満足そうな顔をしていたのでロトの言葉は間違ったものではないらしい。失敗をしなかったのはよかったのだが、なんだかよく分からない展開だ。
誰よりもショックを受けた顔をしている、三人娘のうちで一番幼い顔立ちの少女がぷぅと頬を膨らませてふてくされる。
「本当に何もないの? つまんなぁい」
その言葉に、窘めるように晴海が言葉をかける。
「だからそう言ったじゃない。私と亮人さんはそういう関係じゃないの」
「照れ隠しかと思ったんだもん」
「あだちゃんはそればっかりだねぇ」
横から更に少女が口を挟む。年齢が中くらいの少女だ。
それらの会話全てが少し顰められた声でなされている。どうやらロトに聞かせないためのものらしいが、正直全く意味を為していない。話しているすぐ近くにいるのだから、他に気を取られていない限り当然その会話は否が応でもロトの耳に入るのだ。この三人はそれを分かっていないのだろうか。
「ま、それより亮人さん、晴海って家でどんな感じなの?」
呆れの入り混じった表情で三人のひそひそ話を見ていたロトに、会話に入っていなかった一番大人っぽい少女が声をかけてくる。自分に話しかけるよりも晴海達と話してほしいロトだが、まさかそれを口に出す訳にもいかないだろう。何を話したらいいのか、と晴海に視線で問うが、晴海は二人との話に夢中でロトの視線に気がつく気配もない。
「普通かと」
結局どこまでがセーフか怪しいので出来るだけ言葉少なに答えて誤魔化す戦法を取ろうとしたロトだが、
「で?」
そんな彼女からの返しに面食らうこととなった。初対面であるロトを相手に、全く何も遠慮がないその発言は最早感嘆せざるを得ないだろう。
「いや、だから」
「具体的には?」
それでも何とかごまかそうとするロトだが、対する少女の方も食い下がってきて、質問の手を緩める気配を見せない。心なしか、少女からは有無を言わせない圧力を感じるような。このまま無視し続ければいいといえばいいのだが、それをやって晴海に迷惑があってもならない。
ここで少女への返答をはぐらかし続けるのと、少女の問いに答えて後から晴海にどやされるのと。果たしてどちらの方がましかと真剣にロトは思案した。




