外出前の心配事
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ロトと晴海が生活を共にし始めてから、優に三日が過ぎ去った。その間に晴海は出来る限りの現代日本での生活に必要な知識をロトに説明した。三日も日数をかけたことで、凡そ現代日本で送る日々の生活に必要なあれこれについては粗方言い聞かせることが出来たと自負している。
とはいえ、口で言われたからといって、その生活をしたことがない人間が単なる与えられた知識に過ぎないその価値観を実体験なしに体得できるはずもなく、晴海は今日も朝から頭を抱える羽目に陥っていた。
晴海はただ風呂の掃除を頼んだだけのはずなのだ。折角家に人出があるのだし、ロトとて日がな一日中雑誌を眺めているのもそのうち飽きるだろう。そう考えてのことだったのだが。
「どうしてそうなったの……」
三日間もあれば、初対面の相手であろうともそれなりに遠慮やらがなくなるものだろう。多聞に漏れず、晴海もロトへの口調は当初よりも更に砕けたものとなっている。一方のロトの方はといえば、相変わらずの簡潔というか素っ気ないというか判断しかねるもののままだ。
さて、そんな風にげんなりとした声を吐きだした晴海の目前に広がるのは、廊下まで広がる水。シャワーの使い方を何度教えても、ロトはシャワーを上手く使えず、魔法に頼った。蛇口に馴染みのないロトからすれば、魔法で水を出す方が遥かに容易いのは分かるが、ここで問題がある。
「蛇口を使ってよ……」
「つい」
ロトの魔法は非常に大雑把なのだ。最初の日の床の水浸しもまた、ロトの魔法の制御不足によるものであったらしい。大雑把に出して、全部一度に消す。それがロトの魔法の使い方だった。適量だけを出すだとか、そういうロト曰く高度なことはできないらしい。晴海からすれば出来ないというよりは、やるつもりがないだけのように思えたが。
ロトが魔法を消し去ったことで片づけをする必要がなかったからすっかり忘れていたし、また今回の廊下まで迫りくる水とてロトが魔法を消してしまえばなくなるのだからそこまでの問題はないのだが、それでも晴海の心境として酷く疲れるのだ。視覚に訴える暴力というか。
全て消し去ることができると分かってはいても、びしょ濡れになった廊下など見ていて気分のいいものではない。
魔法というものが得てしてそういう大雑把なものなのか、はたまたロトの性格によるものなのかは知らないが、どちらにしてもロトに魔法を使わせていては家の中がちょっとした嵐にでも巻き込まれたのかと思ってしまうような被害を食らうことは、既に今までの流れから晴海にも十分に予想がついていた。
そのためロトに魔法を使うことを禁じたのだが、慣れ親しんだ習慣なのか無意識のうちに使ってしまうのだとロトは免罪符とばかりに口にして、さっぱり魔法を行使することをやめようとはしなかった。本人曰く体が覚えてしまっていて、水が欲しいと思ったらもう魔法を繰り出している、とそういった状態であるらしい。寒いと思ったらついエアコンをつけてしまうようなものだろうか、と晴海は考えているが、それが適切な例であるかは分かりかねた。
そういうわけであるので、異文化交流とは斯くも難しいものであるようだ、と晴海は早くもそれを悟らされた。
「まぁしょうがないけど」
言って晴海は時計を見た。時計は午前十時を少し過ぎたところを指している。
今日晴海は十一時に友人達と待ち合わせをしている。三日前にも行ったファッションビル、そこで昼を食べようというものだ。チェーン店のスイーツ食べ放題は、安価であることもあって以前から行こう行こうと言っていたが中々行けなかったのだ。そのために晴海の心は今日のことを思うと浮かれた。
ただ一点、ロトを家に一人残していくのはかなり不安だ。何をしでかすか三日が過ぎた今でも晴海には全く読めない。本来なら傍で見張っていたいくらいなのだが、友人達との面識もないのに他人を、しかも異性を連れていく訳にも行かない。そんなことをすれば初日に八坂に会ったときの二の舞になりかねないだろう。
かといって、折角誘ってくれた友人達に断りを入れるのも、前々から立てていた予定であるだけにやりにくくてならない。
一人で暇を持て余すだろうロトに何とか仕事を押し付けようにもこの調子ではろくに何もできないだろうし、一人でいて大丈夫なのだろうか、と晴海は帰宅後の家の惨状を思って嘆息した。
一時間の間に着替えて準備をしながらも、晴海はぎりぎりまでロトのことに頭を痛め続けた。そして、出ていくときになってもそれが頭から離れず、口を酸っぱくしてロトに言い聞かせる。
「じゃあ行ってくるけど、絶対なんか変なことしないでね!」
「変なこと?」
晴海の言葉に不思議そうな顔をするロトに、ロトからすれば何でも変なことに入ってしまうということに気がついて、晴海は言葉を変えた。
「余計なこと」
今度は晴海の言いたかったことが分かったようで、ロトは首を一つ振って了承する。
「分かった」
その物わかりのいい反応ですらも、今の晴海には心配を禁じえないものとしか映らないのだが、それでも晴海はそろそろ家を出なければならない。何ぜ時計はもう遅刻ぎりぎりの時間を示している。朝早くの待ち合わせならばともかくも、昼間のそれで遅刻などすれば、一体どんな顔をされることか。救いは走ればまだ辛うじて間に合いそうな時間帯であることか。
「絶対だからね! 絶対!」
最後にもう一度言い聞かせ、それでも何事も起こりませんようにと何度も心中で祈りながら晴海は玄関を駆けだした。




