異世界人から見たところ
ロトはその問いに晴海の顔を見つめた。何かを読み取ろうとしたのかもしれない。数秒そうしてから、ロトは手にしていたフォークを皿に置いた。それから右手を広げて、親指を手のひらへと折ってみせた。それが何を表すのか分からずきょとんとする晴海に、ロトは口を開いた。
「変な物がたくさんある」
続く言葉も理解しがたいもので、晴海はただ黙ってその補足がなされるのを待つ。ロトはそんな晴海を知ってか知らずか、続いて人差し指を折って。
「小難しい」
そこに至って晴海はロトがどうやらこの世界について思うことを数えているのだということを知った。高度文明へと成長した世界の細やかな決まり、例えば戸籍制度だとか交通規則だとか。それがロトには小難しく思えたのだろうか。言葉が足りないロトの言わんとすることを想像してみる。一番目の変なものはエスカレーターだとかその辺りかもしれない。ロトは妙に興味を示していた。
三つめの指を折りながら、ロトは尚も言葉を重ねる。
「人が多い」
それは中世ヨーロッパみたいな世界に比べれば、アジアの、しかも死亡率の下がった国の繁華街ともなれば当然のことだった。ロトの世界が中世ヨーロッパと聞いた訳ではないが、最早晴海の中ではそれは確定事項にも等しい状態だった。革命だとか帝政だとか、そういうものが続きそうな世界観など、中世ヨーロッパ以外に相応しいものはあるまい。
「平和だ」
薬指を折ると共に、そう口にしてロトが四つ目を数え上げる。戦乱の世に比べれば、確かにこの日本は平和だ。毎日のようにどこかで犯罪が起ころうとも、少なくとも目が届く範囲ではほとんど何も起こらない。ただ昨日の続きが静かに流れていくだけだ。革命などというものが起こった国からすれば随分と白々しいほどの平和かもしれなかった。
最後に、という言葉と共にロトが小指を折った。ロトの右手の指は全て折られた状態となる。
「食事が上手い」
そのとき言葉と共にロトが見せた表情に、晴海は魅せられた。少し頬を緩めたそれが、酷く晴海の視線を引き付けて止まない。
ロトが、家に帰る前に見せたような辛うじて表情に見えなくもないものではなく、控えめであるが確かな笑みを浮かべていた。
それを見たら、晴海はなんだかそれだけで十分であるような気がした。無表情を崩さなかったロトが初めて見せた笑顔、それはつまりロトがそれなりにここに流された意味があったと判断してもよいのだろう。それが食事であっても、ロトはこの世界に価値を見いだせたのだ。
そして今こう笑うことが出来るのなら、それでいいのかもしれない。
「そっか」
そう思った晴海はそう口にして、食べかけのパスタをまた口に運ぶ。少し伸びてしまった麺は普段の晴海には耐えがたいもののはずだが、今はあまり気にならなかった。
その後は妙に言葉をかけづらく二人で黙々と皿を片づけた後は、晴海は一人で皿を洗い、その後一番風呂に入った。その間暇を持て余すだろうロトには、捨て忘れていた先月のファッション雑誌を渡した。晴海が風呂を出るより前に読み終わることはないだろう。
春休み、四月も目前とはいえ、まだ少し肌寒い季節だ。さっさと湯船に浸かって晴海はその温かさにふぅ、と息をついた。どうしてこう湯船に浸かると生き返るような心地がするのだろう。毎日風呂に入るという日課を作り上げた日本人の偉大さを改めて噛み締めながら、晴海はぐ、と伸びをする。
そして目を閉じて今日の疲れを癒そうとして、今日はそこまで目が疲労していないことに疑問符を浮かべる。いつもテレビを見ている晴海の眼は夜かなり疲労しており、湯船で目を癒すときにはその疲労が痛いほど感じられるのだが、何故今日に限って目に疲れが全くないのか。
疑問に思ったところで、そういえば、と晴海は気がつく。
今日は、結局ロトが来てから此方テレビを一度たりとも付けていなかった。そもそもつける必要がなかったのだ。何故ならばこの広い家に一人ではなかったから、寂しくなかったから。それを誤魔化す必要などどこにもなかった。テレビは晴海にとって孤独を癒すための道具であったのだから。
ああ認めなければならない、と晴海は気がついた。
晴海は寂しかったのだ。一人でいることが。自分から亮人を待つのだとここに単身残ったくせに、両親と別れて一人でいることが堪らなく寂しかった。誰でもいいから、誰か傍にいる人を求めていた。
もしかすると、だからロトを受け入れることにしたのかもしれない。晴海がロトを受け入れたのはいつものお人好しのせいだけではなくて、そういう理由があったのでは――。
そして晴海の孤独は癒された。だからこそ、晴海はロトが今この世界をどう感じているのかが気になったのではないだろうか。
先程考えついた理由だってないわけではない。それでもその問いを発した主な理由は、晴海だけが救われた気分を味わっていると思うと、非常に利己的な選択肢を選んだようであまりのエゴに嫌気がさすから。だからなのではないだろうか。
その事実に気がついて、否、気がつかされたことに怒りと悔しさと安堵と――そして様々な筆舌しがたい想いが胸を駆け廻って。
晴海は頬を赤く染めた。
晴海はまだその感情につける名を知らない。
漸く一日め終了です。




