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前半

 ある男と出会った時、わたしは自分が求める未来の形がはっきりしたと思った。自分の生きる意味を、進むべき道を、何を目的とし、そのために何をなすのか、そんなことを、決めてしまったと思っていた。

 その男と出会った時の自分の正確な年は解らない。わたしは孤児で、物心ついたときには独りだったから。自分がいつ生まれて何歳になっていたのか、正確なことは解らないが、それでも誰がどう見てもまだ幼いと解る容姿の、十にも満たらないようなそんな年齢で、わたしはそんなことを思ったのだ。

 それからずいぶんと永い時を、ただただ自分の目的を果たすためだけに費やして生きてきた。

 そして、全てが終わって思う。

 結局、自分が求めていたものは何だったのだろう。全て、自分の望んでいた通りになったはずなのに、心の中にはどこかぽっかりと穴が開いてしまったような虚しさだけがあって、やりきった達成感も、満足感もそこにはなにもありはしなかった。

 あの男と出会った時、わたしが知った未来。わたしの中に芽生えた感情。わたしに宿った想い。その全ては幻だったのだろうか。

 わたしの護りたかったもの。生かしたかった人。例え、自分がその傍らに存在することができなくても、深く、強く、想い続けていたはずの相手。その何もかもが、今のわたしにはどうでも良い物のように軽くて、そこにあることが解っていても確かめに行く気持ちも、あの人々の中で自分も生きられたらという願いさえも生まれてこなくて、この胸に思い浮かぶのはただ・・・。


 「どうやらわたしは、自分が思っていたよりずっと、お前のことを好きだったようだぞ。今になって、あの時、お前の手を取らなかった事が悔やまれるんだ。結局、手を取ったところで、一緒に宙へはいけないことは解っていたが、それでも、一緒に夢を見て、一緒に散ることはできたのにな、なんて。お前の夢が叶わないこと、お前があの場所で散ること、それを解っていて見殺しにしたくせに、身勝手だろ?」

 傍らに置いた鉢植えの中で、風に吹かれ揺れる苗に、一人の男の姿を重ねて語りかける。

 一時だけ共に暮らし、目的のために利用した。それだけの存在だったはずだった。それこそ本当にどうでも良い存在のはずだった。そんな男のことばかりが思い出されて、虚しくなる。

 そんな男が残した苗を、男の妹たちから譲り受けて育てている自分が可笑しくて仕方がない。男の妹たちが妄信したように、この苗が、力を失い擬態が解けたあの男だったらいいなんて。長い年月をかけて力を蓄えて、いつか花が開いたら、また、出会うことができるのではないかなんて。そんな未来は存在しないことを、自分はよく解っているのに、それでもまた出会えたらを妄想してしまうのは、きっと、わたしがあの男に恋をしていたからなんだろう。

なくしてから気付くなんて、つくづくどうしようもないなと思う。


 あの男にわたし達の祖先は宇宙から来たのだという話をしたのはわたしだった。

 あの男が宇宙に憧れを持って、いつかここではない星を目指して旅に出たいと夢を見たのは、きっと、わたしがその話をしたからだった。

 わたしが初め視た未来でも、あの男は宇宙船の開発をしていた。でもそれは、夢や希望を求めてのことではなかった。同じ道筋をたどっても、その中身は全然違っていたのだ。道筋さえ同じなら、アレは細かいことは気にしないから。アレに目を付けられてしまえば、この世界はやり直しをさせられてしまうから。そうしてやり直しをさせられた世界では、わたし達と同じような道筋をたどる別の誰か達がいても、今ここにいるわたし達は存在しないから。結局、やり直しをしているのはアレだけで、わたし達の人生はこの一度きり。だから、わたしはわたし達の未来を先に繋げるために、あの男を見殺しにした。あの男の宇宙船開発は、完成を間近に敵対勢力の襲撃に遭い、頓挫する。それはアレが定めた道筋で、変えられないもの。だけど、あの男を生かす道はあった、自分が一緒に散る選択も。だけど、わたしはそのどちらも選ばなかった。

 ただあの男は、わたしに一緒に行かないかと誘った。

 最初は宇宙船開発を一緒にしないか誘われた。

 断った。

 次は、宇宙船が完成したら一緒に宇宙旅行に行かないかと誘われた。

 断った。

 最後に、試作宇宙船の試運転に乗船しないか誘われた。

 それが運命の時だった。わたしは、自分の知っている未来をあの男に教えた。あの男は、もう既に勘付いていた。あの男は、自分が生き残る選択ではなく、自分が散った先で自分が築き上げた物を誰かが繋げてくれることを願った。そして、自分がただの宇宙船の開発者ではなく、強敵として立ち塞がることで、未来につながる者達を成長させること、未来に希望を託すことを選んで、覚悟を決めていた。

 あれがわたしの選択の時だった。そして、わたしはその誘いも断った。

もし、運命を覆すことができたなら、その時こそは一緒に旅に出ないかなんて、そんな言葉をいつも通りの軽い調子で、でもいつもとは違う覚悟を決めた強い眼差しをもって言い残して、あの男は去って行った。

 あの時はまだ、わたしは自分が他の男を想っていると、心の底から慕っているのだと、信じ切っていた。十にも満たないあの時に、わたしを迎えに来た男と出会って、自身の能力が覚醒し、制御できずにただただ視続けた膨大な未来の情報。その中にいた、迎えに来た男の手を取ってついて行った場合に出会うはずだった、自分と年も近く、自分と似たような境遇にいた男。実際には、会ったこともなければ、見かけたことも声を聞いたことすらない男に、わたしは自分が心底惚れ込んでいると思い込んでいた。それこそ、自分の人生の全てをかけてでも、その男の死の運命を覆そうとするくらいに。

だけど、実際に宇宙船の試作機の試運転の日に襲撃があり、わたしを誘い続けていたあの男が予定通りに戦闘で散ったのを知ったとき、自分の目的のためならばその他なんてどうでも良いと思っていたはずのわたしの心が、不安定に揺れてきしんだことを覚えている。

 あの時、わたしは、戦場となり瓦礫となった宇宙船の残骸に足を運んでいた。別に、悲しいとは思わなかった。涙も出てこなかった。それでもなんだか心に隙間風が吹くようで、気がつけばあの男の妹たちと一緒に遺品探しをしていた。そうして見つけた一株の苗。あの男の妹たちが、これはきっとお兄様だわと言う言葉を信じたわけではない。だけど、あの男の妹たちに頭を下げて、わたしはその苗を譲り受けていた。

 それからずっと、あの男に語りかけるように、その苗に、わたしは語りかけ続けている。

 あたかもあの男が傍にいるかのように、わたしはずっと苗を傍に置き、語りかけている。返事など返ってくるはずもなく、あの男にわたしの声が届いているはずもないと解っているのに、そうせずにはいられない自分がいて。きっと、本当は、あの時にはもう、わたしは自分が本当に大切なものを失ってしまったことに気がついていたんだろう。自分が本当に心を寄せていたのが誰だったのか、本当は誰の手を取って誰の傍にいたかったのか。気がついていて、蓋をした。十にも満たないあの時からずっと、妄信し続けて、突き進んできた道を、今更外れることなんてできなかった。わたしには、自分が願うことと信じ続けてきたものをやり遂げる以外なかった。立ち止まってしまえば、自分の中の何かを認めてしまえば、全てが崩れてしまう、そんな気がして。


 永い、永い年月が過ぎた。

 それはとても綺麗な満月の夜だった。

 傍らの鉢植えの中で、いつかの苗木が蕾を付けて揺れていた。

 蕾がふくりと花開く気配がして、淡く光ったような気がした。

 あぁ、今日がその日かと思う。

 何かが起きるような気配を感じさせ、下から順に一つ二つと花開いていき、雲一つない空の下、月光の淡い青い光にさらされて、このスズランの花は清廉な光を纏いながら満開を迎えるのだ。わたしはその姿に、起こるはずのない奇跡を願ってしまう。もしかしたらなんて、どうしようもない期待をして、そして。

 待ち続けた結果、朝を迎えると共に、この花は枯れてしまうのだ。

 十にも満たないあの時に、迎えに来たあの男と出会って視た未来とは違う。実際に自分の身に起きたかのように視て、見聞きしたかのように感じ、想い、恋い焦がれ、決意した、あの時とは違う。あれは、自分がそれまでに得たことがなかった幸福に対する憧憬のようなものだった。だから、それがとてつもなく掛け替えのない大切な物だと、それしか自分には大切な物などないのだと思い込んで、それを失いたくないと奔走した。だけどこの鉢植えに視た未来は。その先には・・・。

 まだその時は来ていない。なのに、ぽろぽろと涙が溢れて止まらなかった。

 嫌だ。嫌だ。と心が叫ぶ。

 逝くな。逝くな。と心が喚く。

 耐えられない。耐えられない。耐えることなんてできない。だから。

 わたしは、その花が枯れる前に、ずっとわたしの傍らに在った大樹の根元に、その花を埋めることにした。

 大樹の根元に穴を掘る。掘って、掘って、その中にそっと鉢を置く。可憐に咲いた花が、りんりんと音を鳴らすようにその鐘型の花弁を揺らすのを見て、その上に土をかぶせることに躊躇し手が止まる自分がいて苦しくなる。

 「これはもしかしたら、お前の父親かもしれない花だよ。どうかお前の一部にしておくれ。そしていつか、わたしのこともお前の一部にしておくれ。今からでも良い。一緒に・・・。」

 口からこぼれたそれが、わたしの本音なのだろう。

 あぁ、そうだ。もっと大きな穴を掘ろう。わたしが横たわれるくらいの大きな穴を。

 大樹の根元。人一人が横になれる穴を掘る。そして、鉢植えを抱えてわたしは空を仰ぎ見ながら穴の底で横になる。

 月が綺麗だな。いつか、あの空の向こうに行きたかったな。あの時、お前の手を取って、ありもしない未来を夢見て、バカみたいに一緒に旅をする話しをしていたかった。わたしはバカだ。本当に、バカだ。なんで、あの時お前を見殺しになんてしたんだろう。何であの時、お前の隣にいなかったんだろう。今になってこんなに辛いなんて。あり得ない希望に縋って、絶望しかない未来に泣くなんて。

でも、もうこれでお終いだ。全て終わったから。終わったんだから。だから、わたしももう、ここでお終いにしていいよね。

 そうしてわたしは、自ら土の中にその身を埋めた。


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