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恋も仕事も大騒ぎ!婚約破棄から始まる王宮大喜劇!  作者: よみなぎ


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3/5

第3話「伯爵令嬢、真実の愛に異議あり!」

「…………」


 ミレーユは北部街道再整備計画を開いた。


 三分後。


 閉じた。


「何も分からない」


 廊下には台車が二台あった。


「帰ってくれないかな」


 台車は帰らなかった。


 もう一度開いた。


『王家負担率再算定に伴う地方徴収分の――』


 閉じた。


「やっぱり分からない」


 十五分後。


「ミレーユ!」


 救世主が来た。


「アルフレッド様!」


 ミレーユは立ち上がった。


 王太子である。


 幼い頃から帝王学を学び、将来この国を背負う男性である。


 この書類だって当然――


「どれからやる?」


「こちらです!」


 アルフレッドが北部街道再整備計画を開いた。


「…………」


「…………」


「…………」


「アルフレッド様?」


「レオナード呼ぶ?」


「あなたも分からないんですか!?」


「全部は分からない!」


「どこまで分かります!?」


「北部に街道を作る!」


「題名です!!」


 救世主ではなかった。


 ミレーユは頭を抱えた。


「どうするんですか、これ!」


「待て。こういうときは最後を見るんだ」


「最後?」


「クラリスがまとめた書類は、最後の二ページを読めば大体分かった」


「それ、クラリス様がまとめてくださっていたからですよね?」


「…………」


「アルフレッド様?」


「クラリスすごいな」


「今!?」


 二人は顔を見合わせた。


 そして。


「レオナードを呼ぼう」


「呼びましょう」


 意見が一致した。



「まず、前提となる知識が足りません」


 戻ってきたレオナードは言った。


 とても嫌そうだった。


「例えば北部街道再整備計画ですが、王家、公爵家、沿線領主、各都市で費用と利益が異なります」


「はい」


「誰がどれだけ負担し、どこを優先して整備するか。殿下には各案を理解したうえで、王家としての方針を決めていただきます」


「なるほど」


 ミレーユは頷いた。


「では私は?」


「将来、王太子妃として殿下を補佐するのであれば、同じ案件について意見を求められることもあります」


「なるほど」


 ミレーユはもう一度頷いた。


「何を勉強すれば?」


「まず国内法と財政制度を」


「はい」


「加えて主要貴族家と各領地の事情を」


「はい」


「外交案件もございますので、外国語と周辺諸国の政治情勢も必要ですね」


「増えた!!」


「減ると思いました?」


「少しくらい!」


「国家運営ですので」


 ミレーユは隣を見た。


「アルフレッド様」


「なんだ?」


「全部できます?」


「…………」


 アルフレッドは窓を見た。


「いい天気だな」


「こっち見てください」


「秋晴れだ」


「こっち!!」


 レオナードが書類を置いた。


「殿下も復習なさったほうがよろしいでしょう」


「俺も!?」


「先ほど北部街道について『北部に街道を作る』と説明されたそうですね」


「誰から聞いた!?」


「ミレーユ様です」


「早い!」


「隣にいましたので」


 ミレーユは考えた。


 これは大変だ。


 ものすごく大変だ。


 だが。


 アルフレッド様と一緒なら――


「二人で頑張りましょう!」


「ミレーユ!」


 アルフレッドが彼女の手を握った。


「俺が絶対に支える!」


「アルフレッド様!」


「分からないところは一緒にレオナードに聞こう!」


「はい!」


「私の仕事もあるんですが」


 二人は聞かなかった。



 それから一時間。


 ミレーユは知った。


 王太子妃は、舞踏会で笑っていればいい仕事ではない。


 外国の賓客を迎えるなら、その国との関係を知らなければならない。


 慈善事業を後援するなら、名前を貸すだけではなく、王家として何を支援するのか判断しなければならない。


 大貴族同士の利害が衝突すれば、王家の一員として調整に関わることもある。


「……クラリス様、これを七年間?」


「はい」


「十一歳から?」


「はい」


「十一歳の私は木登りしてました」


「健康的ですね」


「王太子妃になれます?」


「木から降りてください」


「もう降りてます!」


 ミレーユは机に突っ伏した。


「私、アルフレッド様のことは大好きです」


「俺もだ!」


「でも王太子妃は嫌です」


「俺も――え?」


 アルフレッドが止まった。


 ミレーユは顔を上げた。


「アルフレッド様」


「な、なんだ?」


「恋人のままでいません?」


「え?」


「結婚しないんです」


「真実の愛は!?」


「あります!」


「結婚は!?」


「しません!」


「なぜ!?」


「仕事が多い!!」


 アルフレッドが衝撃を受けた。


「俺と王太子を分けられない?」


「分けられるなら今すぐお願いします!」


「父上に聞いてみる!」


「聞くんですか!?」


 アルフレッドは本気だった。


「待ってください!」


「なんだ?」


「その前に一つだけ」


 ミレーユは机の書類を指した。


「アルフレッド様は、王太子になりたいんですか?」


「…………」


 今度は窓を見なかった。


 アルフレッドは書類を見た。


 北部街道。


 水害対策。


 その他、たくさん。


「……考えたことなかった」


 ミレーユは目を丸くした。


「ないんですか?」


「生まれたときから、なるものだと思ってた」


 アルフレッドは少し困ったように笑った。


「だから、なりたいかって聞かれると……分からない」


 初めてだった。


 ミレーユが好きになったのは王太子ではない。


 アルフレッドだ。


 けれどアルフレッド自身も、自分と王太子を分けて考えたことがなかったらしい。


 ミレーユは彼の手を取った。


「じゃあ、一緒に考えません?」


「結婚を?」


「人生を」


「重くなった!」


「王太子ですから!」


「さっき嫌だって言っただろ!」


「仕事としては嫌です!」


「複雑だな!?」


「愛です!」


「愛ってこんなに複雑なの!?」


 レオナードが咳払いした。


「お二人とも」


「何?」


「はい?」


「人生を考えるのは結構ですが」


 書類を二人の前へ戻した。


「北部街道は今日中です」


「現実が早い!!」



 夕方。


 ミレーユは玄関までアルフレッドを見送った。


「では、結婚については保留ということで」


「真実の愛なのに?」


「真実の愛です」


「結婚しないのに?」


「大好きです」


「分からない!」


「私も今日分からなくなりました!」


 アルフレッドは馬車へ乗った。


「明日も来る!」


「はい!」


「一緒に勉強しよう!」


「はい!」


「北部街道も!」


「それは今日中です!」


「そうだった!!」


 馬車が走り去った。


 ミレーユは笑顔で手を振った。


 そして屋敷へ戻った。


 机の上には書類。


 廊下には台車。


「…………」


 ミレーユは使用人を呼んだ。


「はい、お嬢様」


「確認なんだけど」


「はい」


「私、まだアルフレッド様と婚約してないわよね?」


「しておりません」


「つまり私は、まだ王太子妃候補でもない?」


「はい」


 ミレーユは書類を見た。


「これ、今日中にやる義務ある?」


「ございません」


 ミレーユは扉を開けた。


「レオナード様ー!!」


 廊下の向こうで足音が止まった。


「台車、持って帰ってくださーい!!」


 足音が走り出した。


「逃げた!!」


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