第59話 月曜家からの報せ
その封筒が届いたのは、昼休みが終わる少し前だった。
宛名はオーウェンの名だけで、差出人はない。封蝋にも家紋はなく、一見すればどこにでもある白い封筒だった。
けれど、中身を一読したオーウェンは、そのまま扉を閉めた。
「ミラ。悪いが、しばらく誰も入れるな」
「はいはい。そういう顔をしてるときは聞かないほうがいいのよね」
ミラは何も尋ねず、外から扉を閉めていった。
室内に残ったリディアとレイフォードへ、オーウェンは手紙を差し出した。
「セレネ家からだ」
リディアは思わず紙面へ目を落とした。
月曜家――セレネ家。
表立って政治に姿を見せることは少ないが、王国内の情報に関しては七曜家の中でも独自の網を持つ家だ。
「返事が来たんですね」
「ああ。ただし、俺が期待していた返事とは少し違った」
オーウェンの言い方が気になり、リディアは続きを読む。
長い書状ではなかった。
セレネ家はクロノス家との関係を否定している。それだけなら、いくらでも書ける。
リディアの目が止まったのは、その次だった。
――我が家の名を騙る者を三名確認した。
「三人……?」
横からレイフォードも文面を覗き込む。
「続きがある」
オーウェンに促され、リディアは先を読んだ。
一人目は商人に接触し、月曜家からの依頼だと名乗った。
二人目は王都で荷車を手配するときに、セレネ家の使いだと告げている。
三人目だけは途中で不審に思われ、後をつけられた。
その人物が向かった先として、王都の地図に小さな印が添えられていた。
「旧貴族街……」
リディアが呟くと、レイフォードが地図を自分のほうへ寄せた。
王宮から北西へ少し離れた一角だった。
「この辺りは、今は使われていない屋敷が多い」
「知っているんですか?」
「巡回で何度か通った。ただ、この場所まで入ったことはない」
彼が指したのは、大通りから一本奥へ入ったところにある古い屋敷だった。
オーウェンは手紙の残りを読みながら、鼻で小さく息を吐いた。
「セレネ家も中までは追っていない。正確には、入った人間が出てくるのを待っていたらしいが、裏から抜けられたそうだ」
「それでも、場所は残った」
レイフォードが地図を見たまま言った。
「ああ。それに――」
オーウェンが手紙の末尾を指した。
そこには、短い一文だけが添えられていた。
――我が家の名を使う理由まで含め、そちらで確かめられたい。
リディアは少し考えてから顔を上げた。
「どうして、わざわざ月曜家を名乗ったんでしょう」
「便利だからだろうな」
オーウェンが答えた。
「便利?」
「セレネ家は何をしているのかわからんことで有名だ。『月曜家の仕事だ』と言われて、わざわざ中身を聞き返したがる人間は少ない」
レイフォードも地図から目を離さない。
「嘘がばれても、疑いは月曜家へ向く」
「そういう使い方もできる」
オーウェンが頷いた。
リディアはもう一度手紙を見た。
これまで調査の中で、ときどき姿だけ見えていた月曜家の名。
けれど、その向こうにいたのがセレネ家ではなかったとすれば、誰かが意図的にその影へ隠れていたことになる。
「局長。この情報は、どこまで信用できますか」
リディアが尋ねると、オーウェンは一度だけ考えた。
「場所については、かなり信用していい。セレネ家は自分たちで尾行して確認している」
「なら、見る価値はある」
レイフォードが地図を畳み始めた。
動きがあまりに早く、リディアは彼の手元を見た。
「今から行くんですか?」
「今日は行かない」
意外な答えだった。
レイフォードは畳んだ地図を机へ戻す。
「日が落ちてから急に人を出せば目立つ。明日、先に周囲を見る。出入りする人間と時間だけ確認して、踏み込むのはそのあとだ」
オーウェンが満足そうに頷いた。
「ようやく隊長らしいことを言ったな」
「いつも言っている」
「最近はヴァンス文官が絡むと少々怪しかったぞ」
返事はなかった。
レイフォードの眉間にだけ、わずかに皺が増える。
リディアは視線を逸らしながら、机に残った地図へ手を伸ばした。
「この屋敷、記録局のほうでも調べてみます」
レイフォードがこちらを見る。
「何を調べる?」
「昔の所有者と、建物に登録されている魔導設備です。封印を使えるような地下室や保管設備があれば、何か残っているかもしれません」
「できるか」
「全部残っているとは限りません。でも、現地を見る前にわかることがあれば、そのほうが安全ですよね」
レイフォードは少しだけ考え、地図をリディアのほうへ戻した。
「なら頼む。俺は外を見る。ヴァンス文官は中を調べてくれ」
以前なら、危険だから関わるなと言われていたかもしれない。
リディアは地図を受け取りながら頷いた。
「何か見つけたら、先に共有します」
「俺もそうする」
オーウェンが二人を見比べ、呆れたように椅子へもたれた。
「それを最初からやっていれば、俺の胃ももう少し平和だったんだがな」
「局長」
「仕事しろ」
軽く追い払うように手を振られ、リディアは地図と手紙の写しを抱えて執務室を出た。
自分の席へ戻ろうとしたところで、背後からレイフォードに呼び止められる。
「ヴァンス文官」
振り返ると、彼はまだ扉のそばに立っていた。
「屋敷の記録で、妙なものが出ても一人で見に行くな」
「行きません」
迷わず返すと、今度はレイフォードのほうが少し黙った。
「……そうか」
「隊長もです」
「俺は仕事だ」
「私も仕事です」
ほんの一瞬だけ、彼の口元が緩んだ。
「わかった」
それだけ残して、レイフォードは廊下の反対側へ歩いていった。
◆
屋敷の記録が見つかったのは、それから一時間ほど経った頃だった。
古い王都図と照らし合わせながら所在地を確認していたリディアは、一枚の登録簿を引き寄せた。
所有者欄には、今はもう使われていない家名が記されている。
そこまでは珍しくない。
けれど、建物の用途欄に残された古い記述を読んだところで、リディアの指が止まった。
地下保管室。
魔導遮断設備あり。
そして、その設備が最後に更新された日付は――二十年前、銀翼事件が起きる直前だった。




