第57話 つながり
「ヴァンスさん、昨日のこれ。たぶん見つけたわ」
ミラがオーウェンの執務室へ入ってきたのは、昼を少し過ぎた頃だった。腕に抱えていた薄い綴りを机へ置くと、間に挟まれていた細い紙片を指で弾く。
昨日、銀翼事件の名簿を調べていたとき、リディアが「どこかで見た気がする」と印を残した名前だった。
「どこにありました?」
「古い封印関係の資料。昨日あなたが見てた棚の、もう一段下」
リディアは椅子を寄せ、ミラが開いた頁を覗き込んだ。
最初に目に入ったのは、二十年前の日付だった。
銀翼事件のあとに回収された魔導具について、誰が確認に立ち会ったのかが記録されている。その末尾に並んだ名前を追っていくうちに、リディアの指が紙の上で止まった。
「……ミラ先輩」
「そうなのよ」
返事が妙に早い。
リディアはもう一度、上から名前を確認した。
昨日引っかかった一人だけではなかった。少し離れた行にフェリクスの名があり、その下にも、見覚えのある姓が続いている。
社交界で被害に遭った五人だった。
隣から覗いたミラが、小さく息を吐いた。
「こういう一致、仕事ではあんまり嬉しくないわね」
「……はい」
リディアは綴りを閉じず、そのままオーウェンのほうへ向けた。
「局長、これを見ていただけますか」
書類を読んでいたオーウェンが眼鏡を少し上げ、席を立つ。
声を聞きつけたレイフォードも、窓際で確認していた騎士団の報告書を持ったまま近づいてきた。
オーウェンは五人の名前を順に追ったあと、頁の上部へ視線を戻した。
「回収品の検分記録か」
「この五人、全員ここにいました」
「なるほどな……」
オーウェンはすぐに何かを言わず、次の頁をめくった。
その手が途中で止まる。
「リディア。こっちも見ろ」
促された箇所には、回収された魔導具に残っていた封印の形が写されていた。
円を重ねたような複雑な図の脇に、当時の文官が書いた短い注記がある。
――旧土曜家式に類似。
リディアはその文字より先に、封印を示す線の終わりへ目を奪われた。
「……これ」
図を少し手元へ引き寄せる。
魔力の流れを示した線が最後に内側へ折れている。その形を見た瞬間、昨日何度も確認したものが頭に浮かんだ。
「隊長。昨日の写し、持っていますか」
「ああ」
レイフォードは理由を尋ねず、騎士団の報告書から一枚を抜いて差し出した。
国境で押収された密輸品に残っていた封印の記録だった。
リディアは二枚を完全に重ねず、すぐ隣へ置く。
「ここです」
指したのは、術式の終わりだった。
「昨日見つけた癖と同じです。形そのものは違いますけど、最後に力を戻すところが……ほら」
レイフォードが少し身を屈める。
しばらく二枚を見比べたあと、彼は短く尋ねた。
「改ざんにもあったな」
「はい」
それだけ答えてから、リディアは古い綴りをもう一度見た。
改ざん文書と、国境の密輸品。
その二つの間に見つかった癖が、二十年前の記録にも残っている。
しかも、その資料を確認した五人が、今になって次々と被害に遭っていた。
オーウェンが椅子を引き寄せ、腰を下ろした。
「で?」
リディアは顔を上げる。
「え?」
「お前はどう見る」
結論を急かす声ではなかった。
リディアは机の上の三枚へ視線を戻した。すぐに「クロノス家です」と言えば簡単だったが、その言葉だけは飲み込む。
「……まだ、クロノス家がやったとは言えません」
「ああ」
「でも、もう偶然で済ませるのも難しいと思います。国境では『土曜』という言葉が出ていて、この技法も土曜家に結びついている。改ざんにも同じ癖があって――」
途中で言葉を止め、古い検分記録を指先で押さえた。
「この五人が見ていたものまで、ここにあります」
オーウェンは鼻から長く息を吐いた。
「十分だな」
レイフォードが彼を見る。
「動くか」
「動く。ただし、騒ぐなよ」
「わかっている」
「お前はわかっていても、上がわかってくれるとは限らん」
オーウェンが渋い顔をすると、ミラが横から綴りを覗いた。
「局長、それ、上に言って大丈夫なんですか?」
「言わないほうがもっとまずい。書き方は選ぶ」
そう言って、オーウェンは机の端にあった報告用紙を一枚取った。
「見つかった事実だけ出す。土曜家の技法と一致する可能性があること、密輸と改ざんに似た魔力の癖があること。そこまでだ」
「クロノス家が犯人だ、とは書かない」
リディアが確認すると、オーウェンはペンを取ったままこちらを見た。
「書ける証拠が出たら書く。それまでは我慢しろ」
「私、何も言ってません」
「顔に出てる」
隣でミラが吹き出しかけ、慌てて口元を押さえた。
張っていた空気が、ほんの少しだけ緩む。
レイフォードはその間も古い綴りから目を離していなかった。
「この五人が見たものは、これだけか」
「それはまだわかりません」
リディアは綴りの厚みを確かめた。
「前後も調べてみます。同じ時期に、別の資料を確認していたかもしれません」
「なら、そっちは任せる」
レイフォードは国境の報告書を閉じた。
「俺は『土曜』と言った二人をもう一度当たる。言葉をどこで覚えたのか、そこからだ」
数日前なら、「危ないことはしないでください」と先に口にしていたかもしれない。
リディアは一度レイフォードを見てから、自分の前にある古い綴りへ視線を戻した。
「何かわかったら、先に教えてください」
「ああ」
間を置いて、レイフォードが付け加えた。
「そっちもだ」
「……はい」
オーウェンが何も言わず報告書へ筆を走らせる横で、ミラだけがちらりと二人を見たが、今度は茶化さなかった。
レイフォードが部屋を出る前、机に残した国境の写しを指先で軽く叩いた。
「これは置いていく」
「いいんですか?」
「比較に要るだろう」
リディアが受け取ると、彼はそれ以上説明せず扉へ向かった。
「隊長」
呼び止めると、レイフォードが振り返る。
「明日も、この資料を見ると思います」
「ああ。朝に来る」
「……では、お待ちしています」
今度の返事には間がなく、レイフォードは一度だけ頷いて扉を閉めた。




