第56話 交差する調査線
近衛騎士団の記録室には、午後になっても冷えた空気が残っていた。
レイフォードの前には、二十年前の銀翼事件に関わった者たちの名簿と、記録局から共有された現在の被害者一覧が置かれている。
五人の被害者が銀翼事件の関係者だったことは、すでにリディアたちが確認していた。だから今日調べているのは、その五人ではない。
名簿に名前を残しながら、まだ何の被害報告も上がっていない者たちだった。
騎士団で所在を確認できる者から順に、現在の居住地や勤務先を洗っている。すでに王都を離れた者もいれば、亡くなった者もいる。それでも数人は、今も王都で暮らしていることがわかった。
レイフォードは届いた報告を一枚ずつ確認していたが、途中で一通の添付書類に目を留めた。
本人の所在を確認するため騎士が家を訪ねたところ、家人から「最近、昔の資料について問い合わせがあった」と聞いたらしい。
その写しまで回収されている。
レイフォードは椅子へ深く座り直し、文面を最初から読み直した。
古い王宮記録の写しや、本人が残した覚え書きがあれば知らせてほしい。
以前、被害者の家へ届いていたという照会とよく似ている。
違うのは、その家の主がまだ無事だということだった。
「隊長、どうされました?」
向かいの机にいた騎士が声をかけてきた。
レイフォードは書面から顔を上げ、そのまま報告書を閉じる。
「この家には、しばらく人をつけろ。目立たないように頼む」
「護衛ですか?」
「まだ何も起きていない。だからこそだ。本人には不安を煽るような説明はしなくていい」
それだけ指示すると、レイフォードは照会文の写しを自分の資料へ挟んだ。
◆
夕方、記録局では、リディアが前日に確認した魔紋の比較結果を整理していた。
改ざんされた文書と、国境の密輸品に残された封印。その二つには、魔紋の系統だけでなく、魔力を収める際の小さな癖まで共通している。
同じ人物だとは断定できない。
けれど、無関係な技術だと考えるには似すぎていた。
そこへレイフォードが戻ってきた。
「ヴァンス文官。昨日の名簿の件で、見てもらいたいものがある」
リディアが作業を止めると、レイフォードは机の空いている場所へ一枚の写しを置いた。
読み始めて間もなく、リディアの指が文面の途中で止まる。
「これ……同じです」
オーウェンとミラも近くまで来た。
リディアは保管していた四通の照会文を取り出し、新しく届いた一枚を隣へ並べる。言葉の順番に多少の違いはあるものの、尋ねている内容はほぼ同じだった。
「古い王宮記録の写しと、本人の覚え書き。この二つを探しているところまで一緒です」
「その家の人も、銀翼事件の関係者なの?」
ミラが尋ねると、レイフォードは頷いた。
「名簿に名前がある。ただし、今のところ被害は出ていない」
ミラの表情が変わった。
「じゃあ、今までとは順番が違うってこと?」
リディアはすぐには答えず、五通になった照会文を日付順に並べ直した。
これまで見つかった四通は、すべて本人が倒れるか失踪したあとに届いていた。
だから、何かを知っている人間を動けなくしたあと、その手元に残された資料を探しているのではないかと考えていた。
けれど今回は違う。
「まだ決めつけられませんけど……照会が届くのは、被害のあとだけじゃないみたいです」
リディアは新しい一通だけを少し手前へ引いた。
「もし同じところから送られているなら、この人が何か持っているか確かめようとしている途中なのかもしれません」
「そのあとに何かするつもりだった、という可能性もあるな」
オーウェンが低い声で続けた。
「考えたくはないが、先に見つけられたのは幸いだ」
「護衛はつけた」
レイフォードが答える。
「本人の周囲も調べさせている。照会を誰が持ち込んだのか、何か覚えていればそこから追う」
リディアは新しい照会文を見ながら、昨夜まで扱っていた資料へ視線を移した。
机の反対側には、改ざん文書と国境から届いた魔力記録が置かれている。
「隊長。こちらも昨日の続きが出ています」
レイフォードが目を向けると、リディアは二つの記録を彼のほうへ向けた。
「改ざんされた文書と、国境で見つかった封印です。別の押収品でも確認しましたけど、やっぱり魔紋の系統が近くて、力を収めるときの癖も同じでした」
「偶然とは考えにくいか」
「はい。ただ、誰が使ったかまではわかりません。クロノス家だと決めるのも、まだ早いと思います」
「わかっている」
レイフォードは照会文と魔力記録を順に見た。
「国境では『土曜』という言葉が出た。記録の改ざんと密輸には、同じ技術の痕跡がある。銀翼事件の関係者には、同じような照会が届いている」
そこでオーウェンが片手を上げ、続きを止めた。
「並べるところまではいい。だが、まだ一つの犯人にまとめるな。今わかっているのは、それぞれの間に繋がりが出てきたことだけだ」
リディアも頷いた。
「私も、そのほうがいいと思います。今ここで全部を一つにすると、合わないものまで合わせて見てしまいそうです」
「なら、次に必要なのは?」
レイフォードに聞かれ、リディアは少し考えてから答えた。
「この新しい照会文が、どこから来たのかです。もし前の四通と同じところへ辿れたら、銀翼事件の関係者を探している側について、初めて追えるかもしれません」
「そっちは俺が追う」
レイフォードが即座に答えた。
「ヴァンス文官は、照会文のほうで共通点がないか見てくれ。紙や筆跡でも、何でもいい」
「わかりました。ただ、何か見つかったら先に共有してください」
その言い方に、レイフォードが一瞬だけ視線を止めた。
少し前までなら、どちらかが自分のところで答えを出そうとしていた。
「……ああ。そっちもだ」
「はい」
ミラが二人の間を見て何か言いたそうにしたが、オーウェンに先に資料を渡され、結局そのまま仕事へ戻った。
リディアは新しい照会文を自分の手元へ寄せる。
その横へ、レイフォードが国境から持ち帰った報告書を置いた。
二人の資料は机の中央で少しだけ重なったまま、どちらも片づけられなかった。




