第54話 重なる名簿
資料室の机に広げられた、社交界で続いた事件の被害者リストと十五年前の銀翼事件の関係者名簿。二つを見比べていたリディアの手が、不意に止まった。
「……これ」
小さく漏れた呟きに、隣で書類を整理していたミラが顔を上げた。
「どうしたの?」
「社交界で続いた事件の被害者……フェリクス様も含めて、全員……銀翼事件の関係者、なんです」
「え?」
ミラが覗き込んだ資料には、赤い線で幾つもの名前が結ばれていた。社交界で立て続けに起きた失踪や体調不良――その被害者一人一人の名を、十五年前の記録と照らし合わせると、驚くほど正確に重なっていく。
「偶然……ではないですよね」
「まさか、そんな数の一致が、偶然のわけないでしょう」
ミラの声にも、緊張が滲んでいた。
「でも、これだけの人数の共通点を、今まで誰も指摘してこなかったなんて」
「事件ごとに、担当部署が違ったから……別々の案件として処理されていたんだと思います」
リディアは震える指先で、資料の端をなぞる。
(フェリクス様は、銀翼事件の調査に関わっていた記録官の一人だった)
夜会で聞いた老学者の名は、当時の資料にも確かに記されている。事件当時、記録の一部を担当していた人物として。
「局長に、報告した方がいいですよね」
「ええ。でも……」
ミラは声を落とし、あたりを窺うように視線を巡らせた。
「これだけの規模の一致が意図的なものだとしたら、報告する相手も、慎重に選ばないと」
その言葉に、リディアの背筋を冷たいものが走った。記録局の中にすら、誰が信用できるのか、もはや簡単には判断できない。
夕方、レイフォードが記録局を訪れると、リディアは資料を手に、迷わず彼のもとへ向かった。
「隊長、見ていただきたいものが」
「どうした、その顔は」
「社交界で続いた事件の被害者が、全員……銀翼事件に関わっていた人たちでした」
差し出された資料に目を通すレイフォードの表情が、みるみる険しくなっていく。
「全員、というのは、確かか」
「はい。名前も所属も、一致しています。フェリクス様だけじゃありません」
レイフォードは資料を握る手に、無意識に力を込めた。
「記録の改ざんも、密輸も、社交界の事件も……すべてが、十五年前の一件に繋がっているということか」
「まだ、断定はできません。でも……」
「いや」
レイフォードは、静かに首を振った。
「これだけ揃えば、もう偶然とは言えない。誰かが、意図的に銀翼事件の関係者を狙っている」
その言葉に、記録局の空気が、一段と張り詰めた。
「十五年前の事件を、今になって蒸し返す理由が、あるということでしょうか」
「わからない。だが、蒸し返しているのではなく……最初から、終わっていなかったのかもしれない」
レイフォードの声には、これまでにない緊張が滲んでいた。窓の外では、夕闇が王都の屋根々を静かに覆い始めていた。
「フェリクス様が襲われたのも、決して偶然ではなかった、ということですね」
「ああ。……そして、狙われるのは、彼一人とは限らない」
その言葉に、リディアは息を呑んだ。銀翼事件に関わった人々――その中には、祖母アデルの名も、そして今は亡き局員たちの名も連なっている。もし黒幕の狙いが、事件の真実を知る者すべてを消し去ることにあるとすれば、まだ見ぬ標的が他にもいるかもしれない。
バラバラだったはずの事件の断片が、今、ひとつの大きな絵として姿を現そうとしている。リディアは資料を胸に抱え、これから向き合うべき真実の重さを、改めて噛みしめていた。




