↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷の騎士様が、なぜか私の残業にだけ付き合ってくれる件  作者: 森凛
第三部「事件と危機」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
53/68

第53話 忍び寄る土曜家の影

 午後から降り始めた雨は、夕刻になっても止む気配がなかった。


 記録局の高い窓を細かな雨粒が絶え間なく叩き、普段なら廊下の向こうまで響く文官たちの声も、今日は湿った空気の中へ沈んでいる。リディアは被害者の家へ届いた四通の照会文を机いっぱいに並べ、ミラがまとめた閲覧記録と一件ずつ照らし合わせていた。


 どの家にも、本人が倒れるか失踪したあとで、古い王宮記録の写しや覚え書きの有無を尋ねる手紙が届いている。


 けれど、それを誰が送ったのかまでは、まだ辿れていなかった。


 リディアが四通目の日付を一覧へ書き込んでいると、入口の近くから騎士の声が聞こえてきた。


 少し遅れて、濡れた外套を脱いだレイフォードが記録局へ入ってくる。雨の中を急いできたらしく、肩にはまだ細かな雫が残っていたが、いつものようにリディアの席へまっすぐ来ることはせず、まずオーウェンの机で短く言葉を交わした。


 やがて二人揃ってこちらへ来る。


「ヴァンス文官、少しいいか」


「はい。ちょうど区切りがついたところです」


「見てほしいものがある。鑑定できそうか、まず確認してもらえるか」


 レイフォードが机へ置いたのは、手のひらに収まるほどの小さな木箱だった。


 留め具を外すと、中には緩衝用の布に包まれた黒灰色の破片が収められている。石にも焼き物にも見えたが、表面には細い溝が何本も走り、その一部だけが鈍い光を返していた。


「国境で押収した荷の中に入っていた。魔導具を収めていた木箱の内側に、これが固定されていたらしい」


 リディアはすぐには触れず、箱の縁へ身を寄せて破片を観察した。


「見られます。ただ、これだけで誰が作ったかまではわからないと思います。残っている魔力と、何に使われていたものかなら、ある程度は絞れそうです」


「それで十分だ」


 レイフォードが一歩下がり、机の前を空けた。


 リディアは薄い手袋をつけてから破片を布ごと持ち上げ、まず表面の溝を光へ傾けた。刻まれた線そのものは魔導文字ではない。装飾とも違い、一定の間隔で折れながら破片の縁へ続いている。


 髪に留めた祖母の髪飾りへ意識を向けると、視界の奥にあった曖昧さが少しだけ薄れた。


 残っている魔力は弱い。


 それでも、何かを発動させるために外へ広がる流れではなく、内側へ押さえ込むような癖がある。

「……攻撃に使うものではなさそうです」


 リディアは破片を元の布へ戻し、見えた線を手元の紙へ写しながら続けた。


「たぶん、中にあった魔導具の力を外へ漏らさないためのものです。ただ、今使われている封止材とは作りが違います。私もこの形は見たことがありません」


「古いものか?」


 オーウェンが紙の横から覗き込む。


「その可能性はあります。古い封印の資料と比べれば、もう少しわかるかもしれません」


 リディアがそう答えると、レイフォードは木箱の横へ一枚の紙を置いた。


「もう一つある。こっちも見てくれ」


 騎士団の尋問記録だった。


 国境で拘束された運び屋の供述が短くまとめられている。密輸品の仕入れ元について尋ねられても、その男は長く黙っていたらしい。ただ一度、荷の扱いについて話している途中で、妙な言葉を口にしている。


 ――土曜の印がある荷には触るな。


 リディアはその一文へ視線を留めた。


「土曜……?」


「最初は、ただの符丁かと思った」


 レイフォードは供述書の該当箇所へ指を置いた。


「だが、別の男も似たことを言っている。そっちは『土曜から来た荷』だった。二人続くと、さすがに無視はできない」


 オーウェンの表情から、先ほどまで残っていたわずかな緩みが消えた。


「七曜家の土曜家を指しているかもしれない、と?」


「まだそこまでは言えない。密輸業者の間だけで使っている呼び名かもしれないし、誰かが家名を借りているだけかもしれない」


 レイフォードはそこで言葉を切り、木箱の中の破片へ視線を落とした。


「ただ、この破片は何かを封じるために使われていた。それと同じ荷を扱う連中が『土曜』と言っている。そこは気になる」


 土曜家――クロノス家。


 七曜家の一角で、封印や禁術の管理に関わってきた家だった。


 リディアは供述書の一文と、黒灰色の破片を交互に見た。


 数日前から追っている不審な照会とは、まだ繋がらない。


 社交界で被害に遭った人々とも、銀翼事件とも、今の段階では結べる根拠がない。


 けれど、ずっと仕入れ元の奥が見えなかった密輸事件に、初めて具体的な家名へ繋がるかもしれない言葉が現れた。


「土曜家に関する古い技術記録なら、記録局にも残っています」


 リディアは先ほど線を写した紙を見ながら、少し考えた。


「この形をそのまま探すより、古い封印や封止材の記録から当たったほうが早いと思います。似たものが残っていれば、そこで拾えるはずです」


「できそうか」


「はい。ただ、今から全部見ようとすると、たぶん見落とします。まず範囲を絞って、順番に見たほうがいいです」


 レイフォードがわずかに目を上げた。


 リディアは机の端に積んでいた四通の照会文へ手を添えた。


「こっちもまだ途中ですし。土曜家の名前が出たからって、全部そこに結びつけるのは危ないと思います。封印の資料は別で見て、共通するものが出てから並べたいです」


「それでいい」


 レイフォードはすぐに頷いた。


「こちらも供述の裏を取る。『土曜』の一言だけで、クロノス家だと決めつける気はない」


「そのほうがいいな」


 オーウェンも木箱の中をもう一度覗き込みながら、机の空いた場所へ供述書を移した。


「この破片はこっちで預かる。ヴァンス文官はミラと古い資料を当たってくれ。ただし、棚を端から全部見るなよ。まず封印と魔導具管理に絞れ」


「はい。そこから見ます」


 リディアは新しい紙を一枚取り、調べる項目を書き出していった。


 封止部材。


 旧式の封印技法。


 土曜家――クロノス家。


 最後の家名まで書いたところで、横からレイフォードの手が伸び、少し離れた場所に置かれていた四通の照会文を指した。


「そっちは、まだ混ぜないほうがいい」


 リディアは新しい紙と照会文との間に残った隙間へ目を落とし、ペン先を止めたまま頷いた。


「はい。今は、別で見ます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。