↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷の騎士様が、なぜか私の残業にだけ付き合ってくれる件  作者: 森凛
第三部「事件と危機」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/68

第47話 一歩踏み出す決意

 翌朝、記録局の高い窓から差し込む光は、まだ青みを残していた。昨夜、実家から官舎へ戻ったのはかなり遅かったはずなのに、リディアはいつもより早く席についていた。


 机の脇には、父から預かった古い木箱がある。明るい場所で見ると、蓋の角は丸く擦れ、金具には細かな錆が浮いていた。祖母が使っていた頃からついたものなのか、その後ずっとしまわれていた間についたものなのか、今となってはわからない。


「ヴァンスさん、その顔で『ちゃんと寝ました』は通らないわよ。しかも朝からずいぶん大荷物ね」


 帳簿を抱えて通りかかったミラが、リディアの目元と木箱を交互に見た。


「睡眠については反論できません。これは祖母が残したものです。昨日、父が記録局へ持っていっていいと言ってくれました」


 事情を聞いたミラは、それ以上問い詰めずに空いている机を一つ寄せてくれた。


 ほどなく出勤したオーウェンが木箱の蓋を開けると、室内に古い紙特有の乾いた匂いが広がった。処分通知、封を切られた手紙、日付の古い書類。彼は一枚ずつ確かめていたが、アデルの名がある紙だけは、重ねる前にほんの少し長く目を留めた。


「昨日の話を聞いたうえで、これをどう調べたい?」


 オーウェンが木箱を閉じずに尋ねた。


 リディアは机の上に散らばった紙を見渡してから、記録局に関係するものと家の私信とを左右へ分けた。


「まず、仕事に関係するものを日付順に並べます。銀翼事件の前後に集中しているものがあれば、その期間の記録から確認したいです。祖母が何を探していたのかは、まだ推測しません。局内の資料と照らして、実際に重なるものがあるかを先に見ます」


「外部への照会まで必要になったら?」


「その時点で一度止めて、局長に相談します。保管庫へ入る場合も一人では行きません。私にしか読めない部分は私が見ますが、それ以外まで一人で抱えるつもりはありません」


 言い終えると、オーウェンは手元の書類から目を上げた。すぐに返事はせず、箱の中へ戻しかけた封筒をもう一度机へ置く。


「なら、その順番でやれ。ミラ、分類を手伝ってやってくれ。俺は古い規定を当たる」


「任せてください。ヴァンスさんは放っておくと、箱の底まで一気に読もうとしますから」


 ミラが椅子を引き寄せる音に紛れて、オーウェンが小さく息を吐いた。


 午前中は、三人で役割を分けて箱の中身を整理した。


 祖母の仕事に直接関係しない紙も多く、家から届いた知らせや使いかけの便箋、何のために残したのかわからない古い控えの合間に、記録局の印がある封書や公的な通知が混じっていた。


 リディアは一枚を手に取るたび、内容より先に筆圧や折り目を見てしまった。祖母について覚えているのは、幼い頃に聞いた声や、髪飾りを手渡されたときの指先くらいだ。それでも、机の上に残された紙を並べていると、家族から聞く「祖母」ではなく、同じ机に向かって働いていた一人の文官の姿が、少しだけ近くに感じられた。


 窓から差し込む光が机の中央まで移った頃、ミラが作っていた一覧をリディアの前へ滑らせた。

「仕事関係と断定できるものは、ここまで。日付を見ると、銀翼事件の前後に少し固まってるわね。ただ、これだけで意味があるとは言えないけど」


「十分です。全部を探すより、ずっと範囲を狭められます」


 リディアは一覧を受け取り、午後に確認する資料を書き足した。


 その様子を少し離れた席から見ていたレイフォードが、騎士団の報告書を閉じて近づいてくる。護衛の任が始まってから、彼は必要以上に作業へ口を出さない代わりに、リディアが席を離れる気配には妙に早く気づくようになっていた。


「午後、保管庫へ行くつもりか」


「はい。まずこの期間だけ確認します。隊長にも同行をお願いしていいですか。今日は少し時間がかかると思います」


 リディアが一覧を差し出すと、レイフォードは日付を追ったあと、そのまま紙を返さずに顔を上げた。


「昨夜、あれだけの話を聞いたばかりだ。それでも続けるのか」


 問い方は静かだった。止めるとも、行けとも言わない。


 リディアは机の端に置かれた木箱へ一度目をやった。父が最後まで閉じなかった蓋も、母が箱の埃を払った手も、まだ鮮明に残っている。


「続けます。でも、一人で先へ行くつもりはありません。祖母は途中から、誰にも頼れないまま調べていたのかもしれません。私は同じやり方を選ばなくてもいいと思うんです」


 レイフォードの指が、一覧の端で止まった。


「読めるものは読みます。必要なら自分から保管庫にも行きます。その代わり、見つけたものは局長にもミラ先輩にも話しますし、移動するときは隊長に付き合ってもらいます。それなら、止まらずに進めます」


 窓の外から、訓練場で剣がぶつかる乾いた音が届いた。レイフォードはしばらく何も言わなかったが、やがて一覧を机へ戻した。


「二時なら空けられる。騎士団の用はそれまでに片づける。ただし、保管庫で別の手がかりが出ても、そのまま次へ行くな。一度ここへ戻って共有する」


「はい。そのつもりです」


 今度はすぐに答えられた。


 午後、オーウェンから鍵を受け取り、リディアはレイフォードと保管庫へ向かった。昼を過ぎた廊下には人の出入りが増え、開け放たれた窓から秋の乾いた風が吹き込んでいる。壁際に積まれた書類の角が風に鳴るたび、レイフォードの視線がそちらへ動いた。


 保管庫の中は外よりひんやりしていた。高い棚の間には古い紙と木の匂いがこもり、窓から細く差し込んだ光の中を埃がゆっくり漂っている。


 リディアは一覧にある年代の棚から帳簿を抜き、閲覧台へ運んだ。髪飾りに指を添えて文字を追うと、薄れた魔紋の輪郭がわずかに拾いやすくなる。


 一冊目には目立ったものがなく、二冊目も同じだったが、三冊目を半ばまで進めたところで、ある記録の欄外に小さな参照記号が残っているのを見つけた。


 その先を辿れば、別の資料へ移れる。


 リディアは反射的に棚の奥を見たものの、すぐには立たず、参照先だけを控えて帳簿の頁番号と一緒に一覧へ書き込んだ。


 向かい側にいたレイフォードが、その手元を見ていた。


「行かないのか」


「今日はここまでです。参照先が今も局内にあるか、先に局長へ確認します。場所がわかってから、また一緒に来てください」


 レイフォードは少しだけ目を細めたあと、閲覧台の端に置かれていた残りの帳簿を持ち上げた。


「わかった。なら戻ろう」


 リディアも開いていた帳簿を閉じ、元の棚へ戻した。扉の鍵を掛ける頃には、廊下の向こうから午後の鐘が聞こえていた。


 鍵を手の中に収めたまま、リディアは先を歩き出さず、レイフォードが隣へ並ぶのを待ってから記録局へ戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。