第44話 邪魔の入る夜
夜番の鐘が鳴る頃には、記録局に残る灯りも、リディアたちのいる資料室だけになっていた。
机の上には第二保管庫から持ち出した移管控えと受領簿が何冊も開かれている。消された移管先を拾い、前後の記録と照らしていく作業を続けた結果、行き先のわからなかった資料のうち三件が、同じ保管区分へ送られていたところまでは絞り込めていた。
「この二件も、おそらく同じです。消された文字の位置が一致していますし、前後の資料番号も同じ区分へ移されています。それに、ここに残っている記号も」
リディアが帳簿を並べ直すと、レイフォードも机越しに身を寄せた。二冊の欄外には、現在の記録局では見かけない小さな記号が残されている。
「今も使われているものなのか?」
「少なくとも、私が記録局に入ってからは見ていません。古い管理方式だとは思いますが、いつまで使われていたのかまでは確認できていないので、明日、旧規定と照合してみます」
「消された資料にだけ残っているなら、それも控えておいたほうがいい。行き先を追う材料にはなる」
リディアは頷き、一覧の横へ形を書き写した。これまで番号ばかりだった紙面に同じ記号が三つ並び、ようやく次に調べる場所が見えてきたところで、目の前へ湯気の立つカップが置かれる。
「今日はそこまでにしろ。少し前から読む速度が落ちている」
「あと一冊だけなんですが……」
「その一冊は明日に回せる。今ここで読み違えるほうが困るだろう」
そう言われると返す言葉もなく、リディアは手を止めて紅茶を受け取った。立ちのぼる香りには覚えがあり、最初の頃にも何度か嗅いだ気がしたものの、帳簿を閉じたレイフォードが向かいへ戻ったので、そのままカップへ口をつける。
護衛が始まってから、二人で過ごす時間は明らかに増えていた。昼間は職員の出入りも多く、話すことといえば調査や移動のことばかりだが、こうして夜の静けさに包まれると、同じ机を挟んでいるだけなのに距離の測り方がわからなくなる。
リディアはしばらくカップを両手で包んでいたが、昼間オーウェンから聞いた話が頭を離れず、やがて視線を上げた。
「隊長、護衛のことなんですが、局長から聞きました。隊長ご自身が申し出てくださったそうですね。調査内容を知っている方のほうが都合がいい、という理由もわかっているんですが……それだけなら、隊長でなくても務められたのではないかと思って」
レイフォードはすぐには答えず、閉じた帳簿の上に置いていた手をゆっくり離した。
「他の者へ引き継げば、その分だけ事情を知る人間が増える。国境の件から今までの経緯も、俺なら把握している。その意味では、俺が担当するのが一番手間が少ない」
やはり仕事上の判断だったのだと受け取って、リディアがカップへ目を戻しかけたとき、その声がもう一度続いた。
「だが、それだけなら、俺でなければならない理由にはならない」
指先が止まった。
顔を上げると、レイフォードは先ほどまでとは違って、資料ではなくリディアを見ていた。
「ヴァンス文官が狙われるかもしれないと聞いたとき、他の誰かに任せればいいとは思えなかった。なぜそこまで気になるのかと聞かれれば……今の俺にも、うまく説明できない」
そこで一度言葉を切ったものの、視線は逸らさなかった。
「ただ、任務だからここにいるわけではない。それだけは――」
続きは、廊下を走る足音に遮られた。
夜の記録局ではほとんど聞かない速さで足音が近づき、資料室の前で止まる。間を置かず扉が叩かれ、騎士団の制服を着た男が姿を見せた。
「アシュグレイ隊長、失礼します。国境部隊から追加報告が届きました。先日押収した荷から、新たな書類が見つかったそうです」
差し出された封書を受け取ったレイフォードは、その場で封を切った。数行に目を通したところで表情が変わり、同封されていた一枚の写しを抜き出す。
「積荷の管理票らしい。記録局で使われている形式か確認してほしい、とある」
その写しがリディアの前へ置かれた。
商会名と積荷番号が並んでいるだけなら、記録局で扱う資料とは似ても似つかない。ところが紙の下部に押された小さな記号を見た瞬間、リディアの視線が止まった。
先ほど一覧の横へ三つ書き写したばかりの形と、よく似ている。
リディアは自分の控えを引き寄せ、国境から届いた写しと並べた。片方は潰れていて細部までは読めないものの、外側の囲みと内側の線の位置は重なって見える。
「同じものか?」
「この写しだけでは断定できません。ただ、少なくとも同じ形式に見えます。今は使われていないはずの記号が、国境の積荷に付いている理由は確認したほうがいいです」
レイフォードは報告書へ視線を戻し、伝令の騎士へ顔を向けた。
「押収品と書類は、こちらから指示を出すまで現状のまま保管させろ。管理票の原本も動かすな。写しだけでは判別できない箇所があるから、こちらで確認方法を決めてから送らせる」
「承知しました」
騎士が足早に去ると、レイフォードは国境から届いた写しを机へ戻した。
「オーウェン局長はまだ残っているか?」
「今夜は局長室で報告をまとめると言っていました。この時間なら、まだいらっしゃると思います」
「なら、このまま見せに行こう。古い記録局の記号なら、俺たちだけで調べるより早い」
リディアは第二保管庫の控えから該当する頁を抜き出し、国境から届いた写しと一緒に抱えた。席を立った拍子に、飲みかけの紅茶がわずかに揺れたが、二人とももう手を伸ばさなかった。
レイフォードが扉を開けると、リディアも資料を抱え直し、そのまま局長室へ向かう彼の後を追った。




