第43話 護衛の任
翌朝、始業前の記録局に近衛騎士の制服が現れると、まだ席についていなかった職員まで何人か入口を振り返った。
レイフォードはその視線を気にする様子もなく、オーウェンへ一枚の書面を渡したあと、リディアの机から少し離れた場所で足を止めた。
「昨日の協議を受けて、警護の命令が下りた。当面、ヴァンス文官の移動には俺が同行する」
ミラが手元の書類から顔を上げた。
「隊長ご本人が、ですか?」
「騎士団との連絡も含めたほうが早い。調査内容を知る人間をこれ以上増やさずに済む」
それだけ告げると、レイフォードは記録局の出入口と廊下を一度見渡した。見慣れた部屋なのに、誰がどこから入れるのかを測るような視線を向けられると、昨日までとは違って見える。
リディアは机の上に用意していた第二保管庫の帳簿番号をまとめ、立ち上がった。
「では、私は保管庫の続きを確認してきます。昨日の受領簿と照合したい資料が二冊ありますので」
いつものように鍵を受け取ろうとすると、レイフォードも扉のほうへ向かった。
「同行する。保管庫までの経路も確認しておきたい」
「中での作業は、かなり時間がかかりますよ」
「問題ない。待つのも護衛のうちだ」
言い方があまりに事務的で、それ以上断る理由も見つからなかった。
廊下へ出ると、レイフォードは普段リディアが使っている近道ではなく、人通りの多い中央階段へ向かった。少し遠回りになるので理由を尋ねると、彼は歩調を緩めないまま、窓と脇道の位置へ視線を配った。
「東側の通路は曲がり角が多いうえ、途中に使われていない部屋がある。急ぐ必要がないなら、しばらくはこちらを使ってくれ」
「そこまで変えるんですか?」
「狙われると決まったわけじゃない。だからこそ、今のうちに避けられるものは避けておく」
昨夜まで何度となく通っていた道だった。
危険を感じたことなど一度もない。それでも、レイフォードが角を曲がる前に少し先を確認するのを見ていると、何も考えず一人で歩いていたことのほうが、急に遠い出来事のように思えた。
第二保管庫では、リディアが閲覧台へ帳簿を広げている間、レイフォードは作業を覗き込むこともなく扉の近くに立っていた。
紙をめくる音だけがしばらく続いたあと、外から足音が近づいてくる。
「ヴァンス文官はいらっしゃいますか?」
扉越しに聞こえた声に、リディアが顔を上げるより早く、レイフォードが廊下へ出た。
訪ねてきたのは地方記録院との連絡を担当する若い文官だった。昨日出す予定だった照会について確認
に来ただけらしく、所属と用件を告げると、レイフォードはそこで初めてリディアを呼んだ。
「地方記録院への照会なら、局長名義へ差し替える予定です。午後には新しいものを回します」
「承知しました。では、古い申請は破棄しておきます」
文官が去ってから、リディアは閉じた扉をしばらく見ていた。
「今の方まで確認する必要があるんですね」
「顔見知りでも、用件まで毎回同じとは限らない。少なくとも、この件が片づくまでは確認する」
レイフォードはそう言って元の位置へ戻り、再び扉の外へ注意を向けた。
仕事を急かされるわけでも、手元を見張られるわけでもない。それなのに、頁をめくるたび、数歩離れた場所に彼がいることだけは妙にはっきりわかった。
昼を過ぎて記録局へ戻ると、オーウェンがレイフォードを騎士団からの伝令に呼ばれた。彼が廊下へ出ている間、リディアは第二保管庫で見つけた番号を一覧へ書き加えていく。
「ずいぶん徹底してるな」
向かいの机で書類を確認していたオーウェンが、何気なく呟いた。
「上からは近衛を一人つけるという話だったんだが、アシュグレイ隊長から自分が担当すると申し出があったらしい」
ペン先が、数字の途中で止まった。
「隊長から?」
「ああ。調査内容を把握している自分なら引き継ぎも要らない、と。筋は通っているから、そのまま認められた」
オーウェンはそれ以上何も言わず、別の書類を開いた。
リディアも途中だった数字を書き終えたが、一度曲がった線がいつもより少しだけ太くなっていた。
ほどなくレイフォードが戻ってくると、机の脇へ一枚の紙を置いた。
「今日からの移動予定を確認したい。記録局と第二保管庫以外へ行く場合は、先に教えてくれれば経路を見ておく」
「……わかりました。ただ、隊長には騎士団のお仕事もありますよね。私についている間は、そちらは大丈夫なんでしょうか」
レイフォードは予定表に視線を落としたまま答えた。
「部隊の指揮は副官に一部移した。緊急時の連絡経路も決めてある。こちらを受ける前に調整したから、ヴァンス文官が気にする必要はない」
そこまで準備したうえで来ていたらしい。
リディアは何か返そうとして、結局、予定表へ明日の移動先を書き加えた。
夕刻、仕事を終えて記録局を出ると、レイフォードは当然のように隣へ並んだ。これまでなら東棟の出口で別れていたはずなのに、そのまま中央階段を下り、王宮の門を抜けても足音は離れない。
官舎へ続く道に入ったところで、リディアはようやく横を見た。
「ここから先も、ですか?」
「今日は入口まで確認する。明日からの経路も見ておきたい」
少し前を歩いていたレイフォードが、そこで初めて歩調を落とした。
リディアが追いつくと、今度は半歩ほどの距離を残して、二人の足音が同じ速さで官舎へ向かっていった。




