第39話 ふさわしくない
翌朝、記録局の長机には、年代の違う三冊の目録が広げられていた。
フェリクスが残した紙に記されていた管理番号を、リディアとミラは古い版まで遡って確認していた。番号の形式が変わった時期をまたいでいるため、一冊だけを見ても判断できない。前後の番号を照らし合わせ、移管や統合の記録まで拾っていく。
けれど、探している番号だけはどの版にも見当たらなかった。
「前の番号はこっちの目録にもあるし、次も残ってるのよね。途中で体系が変わったなら、まとめて番号が飛ぶはずなのに」
ミラが二冊を並べる横で、リディアはフェリクスの紙をもう一度確認した。
「書き間違いなら、ほかの番号と桁の並びが違っていてもよさそうです。でも、これは当時の形式に合っています。似た数字の見間違いもなさそうですし……」
「なら、番号そのものはあった可能性が高いな」
背後から声がして、二人そろって振り返った。
オーウェンと一緒に、レイフォードが立っていた。
騎士団側にも調査状況を共有するため、朝のうちに呼んでいたらしい。レイフォードは机の端まで来ると、開かれた目録とフェリクスの紙を順に見比べた。
オーウェンは紙に記された番号を指先で示した。
「今のところ、これだけが追えない。廃棄や移管をしたなら、その記録が別に残るはずだが、それも見つかっていない。今日はこちらで旧い保管記録まで当たる。騎士団には、フェリクス先生がこの番号をどこで知ったのか、その経路をもう少し追ってほしい」
レイフォードは頷き、騎士団で確認できた内容をまとめて伝えた。フェリクスが夜会の直前まで古い資料を調べていたこと、ほかの被害者についても王宮内外の閲覧履歴を広げて確認していること。まだ同じ資料名までは出ていないものの、少なくとも一人が記録局とは別の場所で古い宮廷資料を照会していたらしい。
机の上へ新しい記録が一枚加わった。
リディアはそれを引き寄せ、日付を照合する。フェリクスが最後に記録局を訪れた時期と、それほど離れていなかった。
「この方についても、何を調べていたのかまでわかれば、フェリクス先生の紙と比べられます。資料名だけでなく、関連資料として何を取り寄せたのかも確認していただけますか」
「こちらで調査を続ける。わかったものから回す」
打ち合わせが終わる頃には、午前の光が机の半分まで差し込んでいた。
ミラは追加の目録を取りに保管庫へ向かい、オーウェンも照会文を作るため執務室へ戻っていく。リディアは広げた資料を年代ごとに分け、騎士団へ渡す分を一つの束にまとめた。
最後の紙を重ねたところで、まだレイフォードがそこにいることに気づいた。
「こちらはお持ちいただいて大丈夫です。追加分は、確認が終わり次第お送りします」
差し出した資料を、レイフォードは受け取ったものの、すぐには離れなかった。
「先日、俺を探して東棟まで来たそうだな。資料についてはあとで受け取ったが、途中で記録局へ戻ったと聞いた。ほかにも伝えることがあったのか」
リディアの指先が、机に残っていた紙の端を揃えた。
「いえ、あの資料だけです。中庭まで行ったんですが、セシリア様とお話しされているのが見えたので。急いで割り込む必要もありませんでしたし、局長からお渡ししていただきました」
レイフォードは手の中の資料へ目を落とした。
窓の外から、時刻を告げる鐘が遠く響いてくる。記録局の奥では、ミラが棚を開ける音がしていた。
「ロウ家との縁談は、今は止まっている」
リディアは顔を上げた。
「セシリア嬢とは、互いに考えたうえでそうしている」
「……セシリア様からも伺いました。ご自分で決められたことだと」
レイフォードの視線が、わずかにリディアの顔に留まった。
「なら、最近の君が妙に他人行儀なのは、あの縁談だけが理由ではないのか」
手元で揃えていた紙が、一枚だけずれた。
リディアはさりげなく紙を元に戻した。
「以前と変わっていません。必要なことはこれまでどおりお伝えしますし、調査にも支障はありません」
しばらく返事はなかった。
レイフォードが抱えていた資料の端が、制服の金具に触れて小さく鳴った。
「仕事の話をしているわけじゃない」
低い声だった。
リディアは机へ視線を落としたまま、次の言葉を探した。
騎士団の隊長と、記録局の文官。その間なら、報告書も連絡書もある。何を伝えるべきか迷うこともない。
机の向こうに立つ男へ、それ以外の言葉をどこまで渡していいのかは、どの規則にも書かれていなかった。
レイフォードが先に動いた。
「……今すぐ答えを聞くつもりはない。資料は預かる」
それだけ残し、束を抱えて記録局を出ていった。
扉が閉まると、廊下を遠ざかる靴音がしばらく聞こえていた。
◆
昼を過ぎても、欠けた管理番号の所在は見つからなかった。
旧目録、廃棄記録、部署間の移管簿まで調べても、その番号だけが抜け落ちている。オーウェンはこれ以上目録を追うより、フェリクスの紙そのものを詳しく確認したほうがいいだろうと判断し、午後の鑑定をリディアに任せた。
保管用の封筒を受け取り、自分の机へ戻る途中、騎士団へ送る連絡書の束が目に入った。
一番上には、宛先がまだ空欄のものがある。
リディアは足を止め、ペンを取った。
『近衛騎士団第二部隊 アシュグレイ隊長殿』
いつも使っている書式どおりに書き、インクが乾くのを待ってから束の上へ重ねた。
窓の外では、午後の陽が西へ傾き始めている。
リディアはフェリクスの封筒を持って鑑定用の机へ移り、灯りを一つ引き寄せた。古い紙を傷めないよう重しを置き、最初に気になった余白が光の下へ来るよう向きを変える。
それから袖を少しまくり、鑑定用の道具箱を開いた。




