第35話 共通点
フェリクスが倒れてから数日が経ったが、意識はまだ戻っていなかった。
容態そのものは安定しているものの、宮廷医にも原因はわかっていないという。持病の悪化とも食事による中毒とも考えにくく、夜会で口にしたものを調べても、ほかの招待客に同じ症状は出ていなかった。
その報告を受けた翌朝、オーウェンはリディアとミラを執務室へ呼んだ。
「フェリクス先生の件について、医務局から過去の報告をいくつか回してもらった。ここ半年ほどの間に、似たように原因を特定できないまま倒れた者や、突然消息がわからなくなった者が何人かいるらしい。これまでは別々の案件として扱われていたが、一度まとめて見ておきたい」
机の上に置かれたのは、医務局の診療記録そのものではなく、各部署へ共有された事故や休職、失踪に関する報告の写しだった。
「私たちは、この方たちについて記録局側に何か残っていないか調べればいいんですね」
「そうだ。仕事上の所属だけでなく、閲覧申請や資料の照会歴も含めて見てほしい。ただし、最初から共通点があるものと思って探すな。名前が出てくる記録を拾ってから並べるんだ」
オーウェンの言葉に、リディアは頷いた。
最初から「古い記録に関わった人」を探せば、そう見える材料ばかり集めてしまう。まずは被害に遭った人物の名前から、記録局に残る履歴を遡るほうがいい。
リディアとミラは五人分の名前を分担し、保管されている閲覧申請や照会記録を調べ始めた。
対象には、引退した史官、古書や古文書を扱う収集家、以前王宮で文官を務めていた者などがいた。所属も立場もばらばらで、最初のうちは目立った共通点が見つからなかった。
ミラが古い閲覧簿をめくりながら、向かいの席から声をかけてきた。
「こっちの二人、記録局に来た時期は全然違うわね。一人は春、もう一人は夏。見ていた資料の分類も別々だし、同じ日に顔を合わせた様子もなさそう」
「私のほうも、所属ではつながりません。フェリクス先生は宮廷史ですが、こちらの方は財務関係ですし」
「それなら、閲覧目的も拾ってみましょうか。申請書に残っていれば、少なくとも何を探しに来たのかはわかるはず」
二人はそれまで書き出していた所属や年代の横に、新しく閲覧資料の欄を加えた。
しばらくすると、ミラが一枚の申請書を取り出して手を止めた。
「ヴァンスさん、この人。半年前に旧宮廷議事録を閲覧してる」
リディアは自分の前に置かれていた記録と見比べた。
「こちらの方もです。資料そのものは違いますけど、二十年以上前の宮廷記録を何度か照会しています」
「フェリクス先生についても残っていないかしら」
二人で閲覧簿をさらに遡ると、フェリクスの名前も見つかった。
研究者だった頃ではない。ごく最近の日付で、複数回の閲覧申請が残されている。対象になっていたのは宮廷史に関する古い資料で、夜会で聞いた「最近また昔の記録を調べていた」という話とも合っていた。
リディアは五人分の記録を机の中央へ並べた。
そのうち四人の名前に、過去一年以内の閲覧や照会の履歴がある。調べていた資料は同じではないものの、いずれも現在の業務で日常的に扱うものではなく、かなり古い年代の宮廷資料だった。
「四人ですね」
ミラも一覧を覗き込んだ。
「残りの一人は?」
「今のところ、記録局の閲覧履歴には名前がありません。ただ、ほかの部署から資料を取り寄せていた可能性までは、ここではわからないです」
「だったら、まずは見つかった四人分を局長に見せましょう。ここから先を私たちだけで広げるより、そのほうが早いわ」
リディアも同意し、申請書の管理番号と閲覧した資料を一覧にまとめた。
◆
オーウェンは机に広げられた一覧を、最初から最後まで黙って読んだ。
以前のように顔色を変えることはなかった。ただ、四人の名前の横に並んだ閲覧履歴を確認すると、椅子から立ち上がり、棚から別の資料目録を取り出した。
「資料の内容はばらばらだな。宮廷史、財務記録、過去の人事資料……年代にも多少幅がある」
「はい。ただ、最近になって古い宮廷資料を調べていたという点は四人に共通しています。フェリクス先生も、夜会の少し前まで何度か閲覧していました」
リディアが説明すると、オーウェンはもう一度一覧へ目を落とした。
「なら、次はこの四人が何を探していたのかを見る。閲覧した資料の名前だけでは足りない。同じ人物名や出来事を辿っていた可能性もある」
ミラが一覧の余白を指で押さえながら続けた。
「記録局以外の閲覧履歴も必要になりますね。王宮図書庫や各部署の保管資料までとなると、こちらだけでは追えません」
「私から照会を出そう。それと、この一覧は騎士団にも共有する。フェリクス先生以外の案件について、向こうがどこまで把握しているか確認してもらう」
話が決まると、オーウェンはすぐに必要な書類を分け始めた。
これまで原因不明の急病や失踪として別々に処理されていた名前が、初めて同じ一覧の上に並んでいる。
リディアはその中からフェリクスの閲覧申請を取り上げた。最後に記録局を訪れたのは、ロウ家の夜会より少し前だった。
申請欄には、閲覧した資料の名称とともに、関連資料としてもう一つの管理番号が書き添えられている。
「局長、この番号は?」
オーウェンが手を止め、リディアの示した箇所を確認した。
「別保管の資料だな。通常の書架には置かれていない。申請があれば保管庫から出すものだ」
「では、フェリクス先生はこれも見ていたんですね」
「おそらくな。先に現物を確認しよう。ほかの三人の申請にも、同じような関連番号が残っていないか見てくれ」
リディアとミラはそれぞれ一覧を引き寄せた。
一人目にはない。
二人目にもない。
三人目の申請書をめくったところで、ミラの指が止まった。
「……同じ番号があるわ」
リディアは椅子を寄せ、二枚の申請書を並べた。
閲覧した資料の表題は違っている。
けれど、関連資料として記された管理番号は、確かに同じだった。
オーウェンは二枚を見比べると、そのまま立ち上がった。
「保管庫へ行く。現物を確認するぞ」
リディアは申請書を手に取り、ミラとともにあとを追った。




