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氷の騎士様が、なぜか私の残業にだけ付き合ってくれる件  作者: 森凛
第二部「すれ違いと社交界」

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第25話 忍び寄る噂

 国境派遣部隊が王都へ戻ってから数日が経った頃、記録局とは関係のない場所でも、密輸事件の話を耳にすることが増えていた。


 昼休み、ミラと食堂へ入ったリディアは、料理を受け取って席を探している途中、近くのテーブルから聞こえてきた声に足を緩めた。


「国境の密輸と、記録局で見つかった改ざん、同じ連中がやってるんじゃないかって話よ」


「記録局の件まで? それ、どこから出た話なの?」


「騎士団が持ち帰ったものに、王国の魔導文字が使われてたんでしょう? だったら無関係じゃないんじゃない?」


 話しているのは、他部署の官吏らしい。声を潜めているつもりなのだろうが、昼時の食堂では近くの席まで十分に届いていた。


 リディアはそのまま通り過ぎ、少し離れた席に腰を下ろした。


「聞こえた?」


 向かいに座ったミラが、スープを置きながら小声で尋ねる。


「はい。思っていたより広まっていますね」


「しかも、もう同じ犯人ってことになりかけてるし」


 ミラが呆れたように肩をすくめる。


 国境で押収された物資に、王国内で使われるものとよく似た魔導文字があった。それはリディアも、レイフォードから届いた報告で知っている。


 けれど、そこから先はまだ何もわかっていない。


「騎士団から届いた報告には、そこまで書いてありませんでした。似たものが見つかったから、記録局でも調べてほしいという話だけです」


「でしょうね。人づてになると、途中がどんどん抜けていくのよ」


「その代わり、結論だけ増えていくんですね」


 リディアがそう返すと、ミラは「嫌な増え方ね」と苦笑してパンをちぎった。


 食堂の向こうでは、先ほどの二人がまだ同じ話を続けている。


 聞くつもりはなかったが、「王宮の中の人間じゃないと無理なんじゃない?」という声まで耳に入り、リディアは思わずそちらへ目を向けた。


 朝までは聞いたこともなかった話だった。


 ◆


 午後、オーウェンに呼ばれて執務室へ入ると、机いっぱいに資料が広げられていた。


 国境から以前送られてきた写しだけではない。騎士団が持ち帰った押収品の記録や、記録局で見つかった改ざん資料の一覧も並んでいる。


「戻ったか。これを見てほしい」


 オーウェンは一枚の資料を手前へ滑らせた。


「騎士団が現地でまとめたものだ。最初に届いた写しより詳しい」


 リディアは椅子を引き寄せ、資料に目を通した。


 押収品に残されていた魔導文字の位置や形が、一つずつ記録されている。以前は紋様だけを見ていたため気づかなかったが、周囲との組み合わせまで見ると、確かに妙なところがあった。


「この部分、正規の魔導文字をそのまま使っているわけではないんですね」


「ああ」


「でも、崩し方に覚えがあります」


 リディアは隣に置かれていた改ざん記録を引き寄せ、二枚を並べた。


「文字そのものは違います。でも、元の形を残したまま一部だけを変えるやり方は似ています。見た目だけ真似したというより、どう組まれているかを知っている人が手を加えた感じです」


 オーウェンは二つの資料を見比べながら、しばらく黙っていた。


「騎士団も同じところを気にしている。今後は、国境で回収されたものもこちらの記録と一緒に見ていくことになった」


 昼に聞いた話が、ふと頭をよぎった。


「食堂では、もう二つの事件は同じ犯人だという話になっていました」


 オーウェンの眉が寄る。


「そこまで広がっているのか」


「王宮の中に協力者がいるんじゃないか、という話まで出ていました。少なくとも、私はそんな報告を見ていません」


「私もだ」


 オーウェンは資料をまとめながら、少し考えるように手を止めた。


「似た点が見つかったことと、同じ者が関わっていることは別だ。そこを混ぜて話されると厄介だな」


「記録局の中でも、必要以上に話さないほうがよさそうですね。ミラ先輩にも伝えておきます」


「ああ。頼む」


 それだけ確認すると、リディアは資料を受け取って執務室を出た。


 廊下へ出ると、少し先で数人の官吏が立ち話をしていた。昼休みに見かけた顔ではない。


 その横を通り過ぎようとしたとき、声が耳に入った。


「――密輸品に王宮の印が残っていたらしいぞ」


 リディアは足を止めなかった。


 そんな話は、今しがた見た資料のどこにも書かれていなかった。


 それでも背後では、「やっぱり内部の人間がいるんじゃないか」と別の声が続いている。


 昼に聞いた話とも、また少し違っていた。


 リディアは抱えていた資料を持ち直し、そのまま廊下を歩いていった。

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