第21話 素っ気ない報告書
レイフォードが王都を発ってから十日ほど経った日の午前、国境から戻った伝令の騎士が記録局を訪ねてきた。
「ヴァンス文官はいらっしゃいますか。アシュグレイ隊長から、記録局への報告を預かっています」
名前を呼ばれて席を立つと、旅装のままの若い騎士が一通の封筒を差し出した。長旅の疲れが残っているのか、外套には薄く砂埃がついている。
「私です。ありがとうございます」
封筒を受け取ったところで、表に書かれた宛名が目に入った。角張った、無駄のない筆跡には見覚えがある。資料室で一緒に書類を見ていたとき、レイフォードが記入欄へ書き込むのを何度も見ていた。
国境へ発ってから初めて目にする彼の文字だった。
「隊長は、お変わりありませんか?」
口にしてから、少し唐突だったかもしれないと思ったが、騎士は気にした様子もなく頷いた。
「ええ。相変わらずです。現地でも朝から晩まで動いていますよ」
「そうですか」
それ以上何を聞けばいいのかわからず、リディアは封筒へ視線を戻した。任務の内容を詳しく尋ねるわけにもいかないし、無事だとわかったなら、それで十分なはずだった。
ところが、騎士はすぐには立ち去らず、リディアの持つ封筒を見て少し笑った。
「それにしても、記録局宛てにしてはずいぶん細かく書いていたな」
「細かく?」
「隊長の報告は普段、必要なことしか書いていないんです。読めば用件はわかるんですが、まあ、素っ気ないというか」
「……想像できます」
つい答えると、騎士が笑った。
「でしょう? 今回は別紙まで何枚もつけていたので、珍しいなと思っただけです。それでは、俺は団本部にも報告がありますので」
「お疲れのところ、ありがとうございました」
リディアが頭を下げると、騎士は軽く一礼して記録局を出ていった。
手元に残った封筒は、それほど厚いものではない。それでも、いつも要点しか書かない人がわざわざ別紙を何枚もつけたと聞けば、どんな内容なのか気になった。
リディアはオーウェンに報告したあと、自分の席で封を開いた。
最初の一枚には、国境に到着してから現在までの状況が簡潔にまとめられていた。密輸に関わっているとみられる物資をいくつか押収し、出所を追っていること。調査はまだ継続中であること。そして、その中に一行だけ、記録局への報告としては少し場違いにも見える記述があった。
『現時点で、派遣部隊に負傷者なし。』
リディアの目が、その一文で止まった。
先ほど伝令から聞いたばかりのことなので、新しい情報ではない。それでも活字ではなく、レイフォード本人の字で書かれているのを見ると、ようやく国境で無事に任務を続けているのだと実感できた。
そのまま先を読む。
報告書の後半には、押収された物資の一部に、王国内で使われる魔導文字によく似た紋様があったと記されていた。別紙には現地で写し取ったものが添えられ、どの物資に、どのような状態で残っていたのかも整理されている。
『記録局の過去資料に該当するものがあれば、次便で知らせてほしい。』
最後まで読んで、リディアは別紙をもう一度最初から見直した。
騎士が「細かい」と言っていた意味がわかった。紋様だけを送られても、どこに使われていたのかわからなければ比較しにくい。その点、今回の報告にはリディアが資料を探すときに必要になりそうな情報が最初からまとめられている。
「……これなら探しやすい」
「何が?」
向かいからミラに聞かれ、リディアは報告書を少し持ち上げた。
「国境から、調査用の資料が届いたんです。押収された物に魔導文字らしいものがあったそうで、過去に似た記録がないか見てほしいと」
「国境から? アシュグレイ隊長?」
「はい」
ミラは一瞬だけ何か言いたそうな顔をしたが、今回は珍しくからかうこともなく、別紙を覗き込んだ。
「ずいぶん丁寧ね。現地でこんなところまで調べて送ってくれるの?」
「隊長が必要だと思ったんじゃないでしょうか。情報が多いほうが、こちらとしても助かりますし」
「ふうん」
「何ですか?」
「別に。助かるならよかったじゃない」
妙な返事だったが、リディアはそれ以上気にせず、別紙を机に広げた。
紋様そのものは、これまで記録局で見てきた改ざんの跡とは違っている。今の段階で両者を結びつける材料はなく、報告書にも関連を示すようなことは書かれていなかった。レイフォードも、似た文字を見つけたから記録局へ回しただけなのだろう。
それなら、こちらも頼まれた範囲を調べればいい。
リディアは保管資料の目録を取り出し、送られてきた写しと照らし合わせながら、当たりをつけられそうな資料を書き出していった。
昼過ぎには、国境へ返す簡単な受領報告も用意した。
『資料を受領しました。過去記録との照合を進めます。』
そこまで書いて、一度ペンが止まる。
業務上は、それだけで十分だった。
けれど午前中に読んだ一文が頭に残っていた。部隊に負傷者なし、と、わざわざ記録局宛ての報告にまで書かれていた一文だ。
しばらく迷った末、リディアはその下にもう一行だけ加えた。
『現地の皆様も、どうぞお気をつけください。』
書き終えてから読み返してみたが、特におかしなところはない。国境で任務にあたっている部隊全体への挨拶として、ごく普通の文面だ。
リディアは紙を折り、返送用の封筒へ収めた。
午後になり、朝の伝令とは別の騎士が返送書類を受け取りに来た。リディアが封筒を渡すと、騎士は宛名を確認して鞄へ入れる。
「国境のアシュグレイ隊長宛てですね。次の便で届けます」
「お願いいたします」
「ええ。隊長も、記録局からの返事を待っていると思いますよ」
「調査に必要な資料ですからね」
リディアがそう答えると、騎士は一瞬だけ目を瞬かせた。
「……まあ、そうですね」
なぜ少し笑われたのかわからないまま、リディアは国境行きの封筒が鞄の中へ収められるのを見送った。




