第20話 既視感の輪郭
騎士団から届いた記録の照合が一段落すると、リディアは調査対象をさらに古い年代まで広げることにした。
これまでに改ざんが見つかったのは、契約書や土地に関する記録だけではない。国庫に関わる書類にも同じような異常があった以上、特定の種類だけを追っていては全体を見落とす可能性がある。確認済みの記録を年代ごとに整理してオーウェンへ提出すると、古い保管記録についても調べる許可が下りた。
保管庫の奥には、普段ほとんど取り出されることのない書類が年代ごとに収められていた。長く動かされていない箱を開けるたびに埃が舞い、中の紙も新しいものに比べればずいぶん黄ばんでいる。魔紋そのものを読むことはできても、紙面の傷みや汚れが重なれば確認には時間がかかるため、リディアは一枚ずつ明かりの下へ運び、書かれた内容と魔紋を見比べていった。
いくつ目かの箱を調べていたとき、一枚の測量記録が目に留まった。
境界を確認した際の古い記録らしく、書かれている内容に目立ったところはない。魔紋にも、これまで見つけたような明らかな異常は見当たらなかったため、そのまま確認済みの束へ移そうとして、リディアの指が止まった。
文末に、ごく小さな一画が残っている。
文字としての意味も、魔紋としての機能も持たない、わずかに弧を描く線だった。
リディアは測量記録を机へ戻すと、手帳を開いた。以前見つけた一画を書き写しておいた頁と並べ、線の入り方や筆先を返した位置を確かめていく。完全に同じだと言い切れるほど単純な形ではないが、偶然似ただけと片づけるには特徴が近い。
「……やっぱり、似てる」
小さく呟きながら、記録の日付も書き留めた。
ただ、年代が離れている以上、これだけで同じ人物が関わっているとは決められない。同じ書き方を知る別の人物かもしれず、何らかの方法だけが受け継がれている可能性もある。今わかるのは、最近見つかった改ざんだけに現れる特徴ではないということだった。
そこまで整理してから、リディアは改めて文末の一画を見た。
最初にこの癖を見つけたときから、どこかで似たものを見た気がしていた。記録局で扱った書類なのか、学生時代に読んだ資料なのか、何度考えても思い出せなかったはずなのに、古びた紙を前にしているうちに、これまでとは違う光景が少しずつ浮かんできた。
高い書棚の並ぶ部屋の窓際に机があり、その上には、幼いリディアには内容のわからない書類がいくつも積まれていた。祖母の持っていた紙には見慣れない文字や魔紋が多く、それが面白くて、そばに立って眺めたことが何度かある。
祖母の書斎だった。
そう思い当たると、それまで形のなかった既視感に、ようやく一つの場所が結びついた。
リディアは目の前の測量記録と、手帳に写した一画をもう一度見比べた。祖母の書斎で見た書類の中にも、これに似た線があったような気がする。ただし、それ以上は思い出せなかった。何の書類だったのかも、誰が書いたものだったのかもわからず、本当に同じ一画だったのかさえ確信は持てない。
幼い頃の記憶だけを頼りに、祖母と改ざんを結びつけるのは早すぎる。
それでも、確認する方法はあった。
祖母が亡くなったあと、書斎にあったものがすべて処分されたわけではないはずだ。実家に何か残っていれば、自分の記憶が勘違いだったのかどうかくらいは確かめられるかもしれない。
そこまで考えたところで、以前オーウェンにこの一画を見せたときのことが頭に浮かんだ。
彼は心当たりがないと言ったが、書類を返すまで視線を文末から離さなかった。その後、原本も自分で預かっている。
あの反応にも、何か理由があるのだろうか。
オーウェンにもう一度尋ねることはできる。けれど、今のリディアが持っているのは、幼い頃に祖母の書斎で見た気がするという曖昧な記憶だけだった。それなら、先に自分で確かめられることを確かめたほうがいい。
リディアは測量記録の管理番号と年代を手帳へ書き加え、元の場所がわかるようにしてから、確認が必要な書類として別にまとめた。
その日の仕事を終えて王宮を出る頃には、空はすでに薄暗くなっていた。いつもの帰り道へ向かいながら、リディアは次の休みの日を思い浮かべる。
実家へ最後に帰ったのは、それほど前ではない。あのときは母の様子が気になって訪ねただけで、祖母の書斎に入ろうとは思わなかった。
けれど今度は、確かめたいものがある。
次の休みには、もう一度実家へ帰ってみよう。




